短編集

サヨナキドリ


古海 七帆(うるみ ななほ)。

家は小さな二階建てで小さな庭がある。
ごく普通の一般的な家庭。
父は会社で係長という微妙な中間管理職。

母は専業主婦。
生活は苦しいけれど、良い所の生まれで働くのは無理だから、しょうがない。

それを甘やかすような朝の光景に、慣れ始める自分。
狭い台所では優雅な朝食中の両親と……
流しに立つ父と同年代の男性。

「おはようございます。」

私の挨拶に振り返って、おじさんは穏やかな笑顔。

「おはようございます。お嬢様。」

挨拶の後、丁寧に深々とお辞儀。
見慣れた風景。止めて欲しいと何度も言ったのに。

「愚息が何か失礼を致しましたか?」

私の傍に姿が見えないことで、怪訝な表情を見せる。

「いいえ。何も。」

私は父に視線を向ける。

「おはよう。ケンカは駄目だぞ、未来の婿だからね。」

「あらあら、パパったら。うふふ。喧嘩するほど仲が良いのよ。ねぇ?」

ウフフ……
口元が引きつりながら、目だけは笑っている様に見えるだろうか。

私は、この家が嫌いだ。

風間 藤九郎(かざま とうくろう)。
幼馴染を未来の婿にしようとする環境も。


「藤九郎は、先に学校へ行ったわ。……彼女が出来たの。」

私の言葉に、3人が固まった。
そうだろう。それが狙いで、私は嘘をついたのだから。

「朝食はいらない。おじさん、いつもありがとう。お弁当だけもらって行くね。行ってきます。」

早口で言い終え、私は学校へと向かった。
父方は普通の家庭。母方はお金持ち。だった。

「七帆(ななほ)。約束は守れよ。」

家から出て、角を曲がったすぐに待ち伏せしていたのはウワサの藤九郎(とうくろう)。

「約束?何の事かしら。うふふ。さぁ、愛しの彼女が待っているわよ。急がないと、『何も』残らないかもしれないわね。」

私は突き放すように、彼と視線を合わせずに通り過ぎながら言い捨てる。

約束など。
破る為にするのよ。

過去に言った事を守るなんて、純粋だからじゃないわ。
一番よく知っているのは藤九郎、あなたじゃない。

私も巻き込まれただけ。
怖いのよ、変わっていく事が。変わらないと思っていたことが覆る。
望んでいない未来を押し付けられて。
望んでいたことを裏切られるくらいなら、私は自分を欺く方を選ぶわ。

年に何度か母の実家である大きな屋敷に、連れられて行ったことがある。
幼馴染の藤九郎と何度も遊んだ。
それは幼い頃の話。

おじさんは、その屋敷の執事。
敷地内には別宅があって、執事とは言え大きな家に住んでいた。
屋敷は取り壊されてしまったけれど、そこは今も昔と変わらず存在する。

それなのに。
大人の考えが怖い。

新聞やニュースで落ちぶれた母の実家についての報道が流れた。
結婚して家を出た母には、何の影響もなかったけれど。
一般家庭には十分の相続金。
それと共にやってきたのが、おじさんだった。

由緒ある執事の家系。
歴史を途絶えさせるわけにはいかないと。
賃金もなしで、我が家の家事などを母の代わりにしてくれると言う。

お嬢様育ちの母にとって、小さな家の管理も出来ていなかったから少し楽なんだけど。

何かが違う。
洗濯は私がすると、譲らなかった。
何故なら、執事として藤九郎が同居すると言うからだ。

父は家を建てるとき、子供は2人以上を計算して部屋を作ってしまった。
だから小さな我が家なりにも、藤九郎を置ける部屋があるのだ。


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