短編集
馬鹿な話に、自分と同い年の彼が承諾するとは思わない。
懐かしい幼馴染は立派な男に成長して目の前に登場。
漫画や小説なんかでは、夢のような設定。
冗談じゃない、何て窮屈な生活を強いられるのか。
「執事なんて認めない!」
反対する私を無視して、トントンと物事は進み。
自分の部屋の隣と、学校の同じクラスに藤九郎。
金持ちの家の執事として由緒ある家系。
それなりの賃金を得てきたから、藤九郎は私立の学校で優雅に生きてきたはずだ。
大人の勝手な考えに、私を巻き込まないで欲しい。
そんな精神的な限界に、藤九郎はトドメを刺すような事を言ってきた。
「俺は、ずっと七帆(ななほ)の事が好きだった。どんな方法でもかまわない。お前に近づけるなら。」
好き?ずっと?
何を言っているのか理解が追い付かない。
だけど。
黙ったままでいることも出来ず。
「ごめんなさい。私の中では、あなたは幼い幼馴染の思い出で止まったまま。今のあなたを受け入れる事なんて、考えられない。まして。」
こんな異常な状況に追い込まれているのだから。
嫌いじゃない。
かといって、男女の仲で言う好きの部類でもない。
「……俺は君だけの執事。君を護るためなら、命も懸ける。七帆、傍に居てもいいかな?」
狡い。
優しい言葉を跳ね除けるほど、私の心は強くない。
今、藤九郎に厳しい拒絶の言葉を述べる事など。
「私が認めなくても、周りが押し通す……藤九郎、あなたは。」
視線を合わせたまま、私は言葉を途中で閉ざす。
優しい眼差しに心が揺らいでしまいそうになる。
「そうだね、君の気持ちは俺を含めて無視しているから。だけど。覚えていて欲しいんだ。俺は決して、周りに感化されたわけじゃない。俺の意志で、ここにいるんだと……忘れないで。」
遠慮気味な手が、私の頬に触れる。
ゆっくり指でなぞるように撫でて、愛おしいものを見るような視線を注いでいく。
沁み込むような熱。
息詰まるような苦しさ。
それなのに。
甘い。
優しい声が頭に響く。
幼い頃と違って、低くなった男性の声。
まるで知らない人のような気がして戸惑いつつ、彼の視線を逸らすことが出来ない。
「大事にするね、この貴重な時間を。俺は味わうよ、例え誰かから与えられた状況だとしても……っ」
何かに駆られる様に、私は藤九郎の口を塞いだ。
これ以上、甘く囁かないで。
惑わされてしまうから…………