【短編集】あなたのおかげで今、わたしは幸せです

1.

 真新しい寝台の上に並んで座る二人の男女。
 一人は美しい白銀の長い髪にアクアマリンのような水色の瞳をした美しい女性だ。名をアデリナといい、感情のちっともうかがえない冷めた表情を浮かべている。

 もう一人は緋色の髪と瞳を持つ男性で、穏やかで優しい表情を浮かべている。騎士という職業柄、身体はガッチリと鍛え上げられており、細く儚げな印象の女性とは対極的だった。


「アデリナ、愛してるよ」


 男性がそう言いながら、アデリナの頬をそっと撫でる。けれど、彼女はクッと喉を鳴らしてから、小さく首を横に振った。


「そのような嘘をつく必要はありません。今日はじめて会った女を愛せるはずがありませんもの」


 冷たい声音。アデリナの氷のような瞳が男性を見上げる。


「え? だけど、婚約期間中は何度も手紙でやり取りをしたし、夫婦が愛し合うのは当然のことだろう?」


 男性は見るからに困惑していた。大きく首を傾げ、アデリナの肩をそっと抱く。彼女は静かに目を閉じたあと、男性のほうへと向き直った。


「別に……夫婦が愛し合うのは当然のことではありません。貴族の夫婦のほとんどが仮面夫婦です。ヘラー様はご存じないのですか?」

「え? そうかなぁ? 俺の両親はとても仲がいいし……それに、別に俺たちが仮面夫婦でいる必要はないだろう?」


 男性――ヘラーはそう言ってアデリナの頭をそっと撫でる。とてもひどいことを言われているはずなのに、ちっとも意に介してなさそうな優しい微笑みだ。


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