【短編集】あなたのおかげで今、わたしは幸せです
(なんなの、この人)


 アデリナがムッと唇を尖らせる。

 今日、アデリナとヘラーは結婚式をあげた。式の最中、アデリナは終始笑顔で、こんなふうに冷めた表情を浮かべることは一度もなかったのだが。


「ヘラー様、あなたに他に好きな人がいることはわかっています」


 アデリナが言う。ヘラーは小さく目を見開いた。


「え? えっと……」

「結婚する相手のことですもの。事前に確認するのは当然のことでしょう? お相手はレニャ・ニルヴィン侯爵夫人――ヘラー様の従姉妹です。幼い頃から互いに思い合って来たものの、レニャ様の政略結婚のために結ばれなかった。違いますか?」


 アデリナがまっすぐにヘラーを見上げる。淡々とした口調に感情のうかがえない表情。ヘラーは大きな瞳をしばたかせつつ、アデリナの顔を覗き込んだ。


「違ってはないけど……もしかして、それが気に喰わないの?」

「いいえ、そうではありません。そうではなくて、無理に私を愛する必要はないと伝えたいだけなのです」


 これは貴族の義務を果たすための結婚。愛情など伴う必要は一つもない。他に好き人がいるのに『愛している』と嘘をつかれるのはかえって不快だ。公の場で仲のいい夫婦を演じてくれればそれでいい――アデリナの主張はそんなふうに続く。
 それらをすべて黙って聞いたのち、ヘラーはそっと目元を和らげた。


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