【短編集】あなたのおかげで今、わたしは幸せです
「楽しかった?」


 けれど、アデリナのそっけない態度にもめげず、ヘラーは嬉しそうに笑っている。


 彼はいつもそうだった。
 単調で代わり映えのしないアデリナの生活を聞いては大げさに驚き、共通点を見つけて話を広げ、アデリナとの仲を深めようと努力している。


(そんなこと、していただく必要ないのに)


 けれど、そう伝えたところで効果はない。ヘラーは穏やかで優しいくせに頑固だった。おまけに、恐ろしいほど真面目で、一度決めたことを簡単に覆すタイプではない。アデリナはそっとため息をついた。


「そういえば、今度休暇をもらえることになったんだ。一緒に旅行に行こうよ」

「旅行ですか?」

「うん。新婚旅行! 楽しみだなぁ。アデリナも楽しみにしていてね」


 ヘラーはそう言ってアデリナの手をそっと握る。握りだこができてゴツゴツした、けれど温かい手のひらだ。
 アデリナは戸惑いながら、ヘラーからふいと視線をそらす。「わかりました」と小さくつぶやいたら、ヘラーは満足そうに微笑んだ。


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