【短編集】あなたのおかげで今、わたしは幸せです
 以降もヘラーは変わらなかった。
 毎朝毎晩アデリナに愛を囁き、彼女のことを大事にする。どれだけそっけない態度を取られようとまったくめげなかったし、むしろ愛し気に彼女のことを見つめるのだ。


(この人は、どうして私に構うのだろう)


 夫婦といっても、親同士が決めただけの相手だ。無理に愛してもらう必要などない。……そう思っていたはずなのだが。


「アデリナ、こっちにおいで! ここから海が綺麗に見えるよ」


 満面の笑みを浮かべたヘラーがアデリナを呼ぶ。ブンブンと大きく手を振りながら――まるで大きな子どもみたいだ。


(まさか本当に旅行に来ることになるなんて)


 アデリナはヘラーの元に向かいながら、ほんのりと唇を尖らせる。ヘラーはアデリナを抱き寄せると彼女の頬に顔を寄せた。


「ほら、水面がキラキラ光ってる。まるでアデリナの瞳みたいだね」

「……嘘ばっかり。私の瞳はあんなふうに温かな色をしていません。父からも母からも氷のように冷たいと評されておりましたのに」


 空の色をうつした優しい色。アデリナとは似ても似つかぬ色だ。……そう思うのに、アデリナの胸がドキドキと高鳴り、瞳に涙がじわりと滲む。ヘラーは穏やかに微笑みながら、彼女の頭をそっと撫でた。


「そんなことない。アデリナはとても温かい人だよ。俺は君の瞳が――アデリナのことがとても好きだ」

「っ……!」


 こういうことを恥ずかしげもなく言うのだからたまらない。
 けれど、ヘラーが言えば、たとえ嘘でも事実に変わるような気がしてくる。氷のように冷たい自分も、いつかは温かい人になれるような、そんな気がしてくるのだ。


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