【短編集】あなたのおかげで今、わたしは幸せです
「あの……旅行先にこの場所を選んだのはどうしてなのですか?」


 このままでは涙がこぼれ落ちてしまう。アデリナは意図的に話題をそらした。


「え? だって、結婚前にくれた手紙に『海が見たい』って書いてくれていただろう? だから、はじめての旅行はここにしようって決めていたんだ」

「そ、そんなことを覚えていたのですか?」


 アデリナの頬が真っ赤に染まる。

 手紙なんて、書いたところで目を通していないと思っていた。あんなものは良好な関係を築いているとごまかし合うためのツールでしかなく、家の人間に適当に代筆させているとばかり思っていたのに。


「もちろん、覚えているよ。アデリナのことだもの」


 ヘラーはそう言ってアデリナの手をギュッと握る。剣の握りだこでゴツゴツとした、けれど温かな手のひらだ。はじめは痛くて違和感しかなかったのに――いつの間にかヘラーと手をつなぐと心が安らぐ。これまで目を背けていた事実にも向き合えるような気がしてくるのだ。


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