【短編集】あなたのおかげで今、わたしは幸せです
「……私、旅行ってはじめてなんです。両親はその……お世辞にも仲がいいとは言えなくて。家の中で会話をしているところは見たことがないほどでしたし」


 言いながらふと、幼い日の自分の姿を思い出す。


『あの……お父様とお母様はどうして家ではお話をなさらないのですか?』


 あれはたしか、別の貴族の屋敷に招かれた日のことだ。
 普段はひとことも会話を交わさない両親が、仲よさげに話をしていることが嬉しくて……もっと話をしてほしくて。期待に満ちた表情でそう尋ねたことを覚えている。


『アデリナ、覚えておきなさい。貴族の夫婦なんてそういうものよ』


 けれど、両親から返ってきたのは至極冷たい言葉と表情だった。

 二人の間に愛情はなく、貴族としての義務感しか存在しない。
 加えて『お前が息子だったらよかったのに』とつぶやかれたのだ。当時のアデリナには相当なショックだった。

 跡継ぎを残すこと、家門のために公の場では仲睦まじい夫婦を演じること――それだけが貴族の結婚だと思ってしまうのも無理はない。


「――だったら、これからは俺と一緒に色んな場所に行ってみよう。海でも、山でも、アデリナが行ってみたい場所全部に」


 ヘラーはそう言って、アデリナの額に口づける。おひさまのような笑顔がまぶしい。アデリナは涙を流しながら「ええ」と返事をした。




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