【短編集】あなたのおかげで今、わたしは幸せです
「……なるほどね。それで妃候補を辞退したい、と」
「はい。母はああいう人ですから、私がこの場に参加をしないという選択肢はまずもってありませんでした。殿下には無駄なお時間をとらせて申し訳ないとは思っています」
今回の令嬢による力比べ――妃選びにおける候補者は私を入れて十人。
彼はその十人と交流を重ねながら、誰を最上位におくか――すなわち妃にするかを選ばなければならない。公務で忙しい合間を縫って。まったく御苦労なことである。
「だけど、それだけじゃないだろう?」
「え?」
「クラウディア嬢がこの場に来た理由だよ。単に参加せざるを得なかったから、ってだけじゃないだろう?」
ユリウス様が尋ねてくる。彼の瞳は確信に満ちているように見えた。……だったら、誤魔化したところで意味がない。私は静かに息をついた。
「おっしゃるとおりです。私はね、母を思いきりがっかりさせてやりたかったんです。自分の人生をここまで捧げてきたのに『また選ばれなかった』ってね」
言いながら鼓動が早くなっていく。母の絶望に歪んだ顔を、悲鳴を想像するだけで、身体がゾクゾクするようだった。
「母親への復讐、ねぇ」
「十七年間も母に自分の人生を乗っ取られていたんですよ? このぐらいしてやらなきゃ割に合いません」
幼い頃は自分の境遇に特に疑問を抱かなかった。どこの令嬢も『こういう教育を受けているのだろう』と思っていたので、反発なんてしようがなかったし、言われるがままに母の教育を受けていた。
おかしいと気づいたのは今から五年前。父に誘われて、はじめて王都を訪れたときのことだ。
同年代の令嬢たちを前に、私は言葉を失った。
だって、彼女たちの誰も、王太子妃になることを強要なんてされていない。私が受けてきた無駄に高度な教育だって受けていない。
……そりゃあ貴族の令嬢だから、完全に自由ってわけではないかもしれない。けれど、彼女たちは今を自由に生きていた。未来を自由に思い描いていた。
羨ましかった。……と同時に、自分がものすごく空っぽで、なんにもない人間だってことに気づいてしまった。
私の人生は母と決別した先にある……そう信じて、今日まで必死に生きてきた。ようやくこれで、私は私の人生を生きることができるって。
「はい。母はああいう人ですから、私がこの場に参加をしないという選択肢はまずもってありませんでした。殿下には無駄なお時間をとらせて申し訳ないとは思っています」
今回の令嬢による力比べ――妃選びにおける候補者は私を入れて十人。
彼はその十人と交流を重ねながら、誰を最上位におくか――すなわち妃にするかを選ばなければならない。公務で忙しい合間を縫って。まったく御苦労なことである。
「だけど、それだけじゃないだろう?」
「え?」
「クラウディア嬢がこの場に来た理由だよ。単に参加せざるを得なかったから、ってだけじゃないだろう?」
ユリウス様が尋ねてくる。彼の瞳は確信に満ちているように見えた。……だったら、誤魔化したところで意味がない。私は静かに息をついた。
「おっしゃるとおりです。私はね、母を思いきりがっかりさせてやりたかったんです。自分の人生をここまで捧げてきたのに『また選ばれなかった』ってね」
言いながら鼓動が早くなっていく。母の絶望に歪んだ顔を、悲鳴を想像するだけで、身体がゾクゾクするようだった。
「母親への復讐、ねぇ」
「十七年間も母に自分の人生を乗っ取られていたんですよ? このぐらいしてやらなきゃ割に合いません」
幼い頃は自分の境遇に特に疑問を抱かなかった。どこの令嬢も『こういう教育を受けているのだろう』と思っていたので、反発なんてしようがなかったし、言われるがままに母の教育を受けていた。
おかしいと気づいたのは今から五年前。父に誘われて、はじめて王都を訪れたときのことだ。
同年代の令嬢たちを前に、私は言葉を失った。
だって、彼女たちの誰も、王太子妃になることを強要なんてされていない。私が受けてきた無駄に高度な教育だって受けていない。
……そりゃあ貴族の令嬢だから、完全に自由ってわけではないかもしれない。けれど、彼女たちは今を自由に生きていた。未来を自由に思い描いていた。
羨ましかった。……と同時に、自分がものすごく空っぽで、なんにもない人間だってことに気づいてしまった。
私の人生は母と決別した先にある……そう信じて、今日まで必死に生きてきた。ようやくこれで、私は私の人生を生きることができるって。