【短編集】あなたのおかげで今、わたしは幸せです
「……作り直します。というか、白地で提出しますから」

「ダメ、却下。クラウディア……本気で自分の実力に気づいてなかったんだな。おまえの母親、娘にどんだけハイレベルな要求をしてたわけ?」


 ユリウス様はそう言って、私からハンカチを没収する。


「……知りません。それが当然だと言われて育ちましたから。他の人と比べたこともほとんどありませんし」


 父が私を連れ出してくれたのは五年前の一回きり。あれだって、母にバレないよう、色々と誤魔化してくれた末のことだった。

 正直、あの経験がなかったら、私はなんの疑問も抱くことなく、今でも母の言いなりになっていたと思う。ユリウス様が今持っている作品とは比べ物にならないほど手の込んだ作品を仕上げて、出来栄えに満足していたんじゃなかろうか。


 ……とそのとき、ユリウス様の向こう側の令嬢が目について、私は思わず目を瞠った。
 栗色の髪の毛に青色の瞳、ふわふわとした愛らしい印象の女性で、なんとなくだけど見覚えがある。


(ナターシャ様……だったっけ)


 ほんの一回。父に連れて行ってもらったお茶会で出会った同い年の女の子。
 たしか、伯爵家のご令嬢で、女性らしく向上心の強い性格だったのを覚えている。


 私の視線に気づいたのだろう。ナターシャ様が私に向かって微笑んでくれた。
 可愛い。ものすごく癒やされる。
 ユリウス様は『こういう女性がタイプだ』と母が話していたとおりの見た目をしている。


 ……というか、よく見たら、周りはみんな似たようなふわふわした女性ばかりだ。きっと本気でユリウス様の妃になりたがってるんだろう。彼の理想のタイプを聞きつけて、それに近づけるようにと頑張っているんだと思う。


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