【短編集】あなたのおかげで今、わたしは幸せです
「ナターシャ嬢」


 ナターシャの名前が呼ばれ、彼女はニコリと微笑んだ。広間にワッと祝福の拍手が沸き起こる。私は思わず目を細めた。


「なんですって!?」


 広間の雰囲気を変えたのは、絶叫にも似た母の声だった。ゆっくり母のほうを振り返ると、彼女の顔は真っ赤に染まり、身体は怒りのあまりぷるぷると震えていた。


「どうして!? 私は――? 私のクラウディアは?」

「彼女は儀式を辞退しました」

「辞退ですって!?」


 ユリウス様の返事に対し、母が半狂乱に返事をする。彼は私のほうをちらりと見て、ふぅと静かに息をついた。


「そんなバカな! あの子はあなたの妃になるために生まれてきたのよ!? そのためだけに今日まで生きてきたのよ!? それなのに、儀式を辞退するなんて」

「……クラウディアから話には聞いてましたが、本当に自分勝手なひとですね」


 ユリウス様がゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。彼は私をかばうようにして背後に隠し、母をしげしげと見下ろした。


「クラウディアの人生はクラウディアのためだけにあります。あなたのものではありません。生まれてきた理由も、生きている理由も、彼女自身が自由に決めていいんです」

「ユリウス様……」


 言葉が心に染み入る。
 本当はずっと、私の願いを叶えてくれるつもりだったんだろうか? 私が母と決別できるように。私が私の人生をはじめられるように。

 涙がポタポタとこぼれ落ちる。私はずっと、誰かにこんなふうに言ってほしかった。……他でもない、ユリウス様にそう言ってほしかったんだと思う。


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