泡沫の恋
「もう言ってくんねぇの。帰りたくないって。」


そう言うと朔夜はテーブルに置いている私の手をスルッと撫でる様に握って、誘ってくる。

あの日、大学の帰り。

帰りたくないって言って一夜の過ちを犯した。

今だってまだ鮮明に思い出せる。

忘れられるわけが無い。

もうずっと会えないって思って、一生の思い出にって思ってた。


「…また居なくなるの?」

「…一緒に居てほしいなら、ずっと一緒に居るよ」


嘘だけは吐かない朔夜の事だから分かるよ、その言葉が嘘じゃないのも。

そんな朔夜も好きだった。

というか今も変わらず好き。

答えなんて分かってるくせに、本当ずるくて嫌になる。


「…帰りたくない。一緒に居たい。」

「今夜は俺が帰すつもりなんてなかった、見つけた時から。」


なんて笑ってマスターを呼びつけてお会計を済ませる。

6年ぶりで知らない男の人みたいになっているところもあれば変わってないところもあった。
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