どんな愛でも大歓迎です!~初めての愛は、歪んだ愛でした~

 私の働くカフェには、毎日午後三時に来店される男性のお客様がいる。

 そのお客様は必ず窓際の席に座り、ブラックコーヒーとスコーンを注文する。
 少しゆっくりしてからパソコンを広げて、何かお仕事を始める。

 何のお仕事をされているのかは分からないけれど、いつも片耳でイヤフォンをしていて、何か話している時もある。打ち合わせや会議の類かしら。

 私は大学を卒業してから、在学中もバイトとして在籍していたこのカフェに就職した。
 会社や企業のことはまったく分からないけれど、きっと忙しい人なんだろうと思う。

 その人をついつい見つめてしまっていると、男性はこちらに気が付いてにこりと微笑んだ。
 私は慌ててぺこりとお辞儀をして、キッチンの方へと引っ込む。

「ひゃあ~、目が合った~!」

 見過ぎてた…と反省しつつも、微笑んでくれたことに喜びを感じる。
 ついつい目が吸い寄せられてしまうほど、その男性は格好良く体格もいい。
 高そうなスーツもびしっと着こなしていて、大人の男性って雰囲気を醸し出している。
 切れ長の瞳も素敵だけれど、なんと言っても微笑みかけてくれるあの笑顔が堪らない。

「私の好みどんぴしゃなんだよおぉ~~」

 キッチンからまたこっそりパソコンに向き合う男性を覗いていると、ばしんと背中を叩かれる。

「あ痛っ!」
「ちょっと!サボってないで仕事なさいな!」

 そう少し眉を釣り上げて私の背中を叩いてきたのは、同期のまゆ子。

「まあたあのお客さん見てたわけ?そんなに好きなら連絡先訊いたらいいじゃない」
「いやいや無理無理無理!!そんなこと私なんかができるわけないじゃんっ!」
「どうしてよ?」
「だって私…今まで全然男性とそういうふうになったことないし……」

 そうなのだ。
 小中高大と女子校出身かつ、生真面目だった私は、男性と接点を持つことがないまま26歳という年齢を迎えていた。
 今になって思うけれど、もっと合コンに参加しておくべきだったよ…。
 気になる男性が目の前にいると言うのに、一歩の踏み出し方がまったく分からない…。
 まゆ子は呆れたようにため息を零す。

沙織(さおり)は本当に奥手なんだから。ほら、コーヒーのおかわりでも訊いてきて」
「そ、そっか!その手があった!」

 そうやって自然に話しかけて、あわよくば連絡先を訊く流れにもっていけばいいのね。
 私は緊張しながらも、例の男性の方へと踏み出す。

「し、し失礼いたします。おおお客様、コーヒーのおかわりはいかがでしょうか?」

 そう私が声を掛けると、男性はパソコンから顔を上げて、優しくにこりと微笑んだ。

「ありがとうございます、いただきます」
「かっ、かしこまりましたっ」

 若干声が上擦ってしまって恥ずかしく思いながらも、空になったコーヒーカップにコーヒーを注ぐ。
 うわぁ…やっぱりかっこいい…!!
 見た目はもちろんだけれど、スマートな対応とか、優しい声色とか、もう何もかも素敵!
 この人はどんなものやことが好きなんだろう?
 いつもここで仕事しているけれど、どんな仕事をされているんだろう?
 彼女はいるのかな?好みのタイプとか、ものすごく訊きたい。でも……。

「あ、あの!」
「へっ!?」

 男性が慌てたような声を出すので、はっと我に返ると、注いでいたコーヒーはとっくにカップから零れ、男性のズボンを汚していた。
 浮かれていた気持ちから、一気に体温が冷えて行くのが分かる。

「もももも申し訳ございませんっ!!今タオルをお持ちしますっ」

 私は慌ててキッチンからタオルを持って来て、男性のズボンをぱたぱたと叩く。
 もう、何やってるんだろう!お近づきになりたいどころかご迷惑掛けて!

「すみません…!」

 謝る私に、男性はこれまたいつものように朗らかに返す。

「大丈夫ですよ、これくらいならすぐ落ちますから」
「で、でも、クリーニング代とか…!」

 焦る私の手を握った男性は、優しく微笑む。

「では、ひとつ私からお願いしてもよいでしょうか?」
「は、はい!もちろん!なんなりと!!」

「貴女の連絡先を教えてください」

「へ?」

 男性は少し照れたように頬を掻く。

「実は、貴女のことがずっと気になっていたんです。素敵な方だなって」
「え、え……?」
「こんな卑怯なやり方で情けないですが、貴女の連絡先を訊く機会を窺っていたんです。貴女が嫌でなければ、ですが」

 恥ずかしそうに眉を下げる男性に、私はこくこくと勢いよく頷く。

「あ、あの!私もずっと気になっていて!連絡先を訊きたかったんです!あの、ぜひ、お願いしますっ!」

 私の返答に、男性は嬉しそうに顔を綻ばせた。



「うそ…連絡先、ゲットできちゃった……」

 私は手の中の小さなメモに目を落とす。
 そこには電話番号とメッセージアプリのIDが、とても几帳面そうな文字で書かれていた。
 飛び跳ねたい気持ちをぐっと堪えながらも、ついつい顔が緩んでしまう。
 なんてラッキーなんだろう…!こんなことがあるなんて…!

「ていうかもしかして私達って、もう両想いなのでは……?」


 恋愛経験の疎い私はこのとき、きっと少女漫画みたいな綺麗な恋が始まるんだって、少女のように浮かれていた。



*   

 彼女に触れられた太腿を触りながら、触れた彼女の手を思い出す。
 小さく柔らかい彼女の手。
 申し訳なさそうに不安そうにこちらを見上げてくる可愛らしい瞳。
 自然と笑みが零れてしまう。

「ようやくだ……、ようやく彼女が手に入る…」

 スマホの中で笑う彼女の頭を優しく撫でる。
 そこにちょうどメッセージアプリの通知音が鳴った。差出人はおそらく……。

「やっとだね。やっと君と僕とのラブストーリーが始まるんだ」






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