シンデレラ・プロジェクト~魔法のワンピースと体重計の精霊~

なんて最悪の日なの

 お金は使っちゃったから、当然、そのまま、店員さんに道を聞いて、行く予定だった本屋には寄らずに家に帰った。
 わたしは、早速、紙袋からワンピースを取り出して、部屋で確認する。
 見れば見るほど可愛いワンピース。わたしの好みだ。わくわくしてくる。

 あの店員が、シンデレラとか魔法とか、そういう怪しいことを言わなかったらきっと普通に売れてたんじゃないだろうか。うん。こんなに素敵だもの。

 鏡の前に立って、わたしは、ワンピースを着ようとしてみた。
 うそ。ファスナーが上がらないのだけれど。
 
 頑張って手を伸ばして、無理矢理ファスナーをあげてみるが、体がつっかえて、着れない。
 だめだ! あと少しだと思うんだけれど、今のままでは、絶対無理!
 こんなことなら、新刊、買えば良かった。二冊買えたのに!
 泣いたって後悔したって、仕方ない。
 素敵な服でも、入らない物はいらないのだ。
 
 私は、買ってきたばかりのワンピをベッドの上に放り投げる。
 今日はなんて日なんだろう。
 よく知ったお店に行くだけなのに、迷子になって。変なお店で買ったワンピは、可愛いけれどもサイズが少し小さい。目当ての新刊は買えなかった。
 散々な日だ。ううっ!

 イライラした気分を抑えたくって、お風呂に向かえば、ふと、体重計が目にとまる。入るかもと思っていたワンピが入らなかった……。ひょっとして……。
 気になった私は、体重計にのってみる。

「やだ、嘘でしょ! 前に計ったの二週間前なんだけれど?」

 体重計の表示した数値は、私の本日の不幸にさらに追い打ちをかける。
 二週間前に計った時よりも、四キロも増えているのだ。
 
 やばい!

 私は、一旦体重計から降りて、もう一度、静かに乗り直す。
 だめだ……。やっぱり数字は変わらない。
 この二週間……お菓子を沢山食べちゃったからな……
 私は、後悔する。
 友達の誕生日会が、続いたのだ。
 プレゼントを渡して、お祝いして、ケーキを食べて、お菓子も食べた。
 それが、三回。とっても楽しかったけれども、つい浮かれた気持ちで、食べすぎちゃったかもしれない。
 友達が悪いのではないし、お祝いする気持ちに後悔はない。でも、美味しく食べちゃったからには、普段の食事は、セーブするべきだったかも。

 誰も悪くない。自分が悪いのだ。そんなのは、分かっている!
 でも……どうしよう! このままで、大丈夫なのだろうか? 二週間に四キロって、まずくない? あり得ない。
 後悔したって、増えた体重は元には戻ってくれないのだ。
 あ! まさか、この四キロの体重が、ワンピースが入らなかった理由なのかも!
 自分の感覚では、絶対に着られると思ったワンピが入らなかったのは、この四キロ分のお肉のせい?
 どうりで、最近、普段着ている服がきつくなった気がしていた。
 もっと早く気づくべきだった。……落ち込む。

 ……本当に本当になんて日だ!!
 
 色んなことに絶望しながら、わたしは、お風呂に入ろうと服を脱いで、ポケットの中の瓶に気づく。

「ワンピースのおまけでもらった薬だ」

 あの怪しい店員が、私にサービスだと言ってくれた瓶。確か、『従者のしずく』とか言っていた。小さな瓶に、ほんの少しだけ淡いピンクの液体が入っている。

『はあい。シンデレラをお城に連れて行ったカボチャの馬車、その馬車を運転したのは、この薬で従者になったねずみさん~! あなたの夢を叶えるために、サポートしてくれる仲間を与えてくれるのよ!』

 なんて、言っていたっけ。
 うん。怪しい。にわかには信じられない話だ。
 いくら業績が悪くってワンピースを売りたいからって、怪しすぎる。
 もっと小さな子ならともかく、中学生にもなって、そんな遊園地の裏設定みたいな内容は、信じないのだ。

 だいたい、どうやって使えというのだろう。ハムスターも飼っていない我が家では、ねずみにこの薬を使うのは、無理という物だ。
 じゃあ、どうする?
 瓶のふたを開ければ、花のような甘い香りが漂ってくる。
 ……いい香り……。
 
 香水として……使える? あ、でも、人体に付けるのはちょっと怖いから……お部屋の芳香剤とか? 枕に使えば、甘い花の香りを包まれて眠れるのは、ちょっと素敵かも。
 ワンピはダメだったけれども、この薬を買ったのだと思えば、まぁちょっとは報われる。そう思えるくらいに良い香りの薬だったのだ。

 しかし、この日のわたしの運勢は、最悪だったようだ。
 あれこれ使い道を考えていた時に、またまた悲劇はおきた。

 落としたのだ。瓶を。体重計の上に。
 さかさまに落ちた瓶から、液体は全てこぼれ落ちて、体重計にかかってしまった。

「わ、なんで?」

 わたし、ちゃんと持っていたよ? 
 なのに、瓶が突然、ツルッと手から滑って、落ちてしまったのだ。

「拭かなきゃ」

 慌ててティッシュを持って、体重計を拭けば……何かが変だ。
 体重計が濡れていない。
 確かに液体は体重計にかかったし、瓶は空っぽになっているのに、拭いてもティッシュは濡れていないのだ。
 こんな一瞬で乾いてしまうことってあるのだろうか?

 私は、首を傾げる。
 とにかく、今日は、変なことばかりだ。
 疲れちゃった。

 お風呂から出て、不機嫌な顔をしていると、「あら、どうしたの?」と、お母さんが声を掛けてくる。

「ちょっと……太っちゃったかも……」
「なんだ。そんなこと?」
「そんなことって何よ!」

 私には、重大事件だ。

「だって、生まれた時は、三千グラム、三キロぐらいだったのよ? それが大きくなったんだから今さら! それに今からも大きくなるんだから!」

 そんな十年以上前の話をされても困るのだ。赤ちゃんだった頃と比べられても、お話にならない。
 てか、今はそんな話じやないの。
 大事なのは、ニ週間で増えた四キロ問題だ。お母さんはノンキすぎる。
 
 これは、自分でなんとかしないと。
 わたしは、脱衣室から体重計を持っていって、自分の部屋にこもる。
 そして、あの入らなかったワンピースを壁に掛け、その下に体重計を設置して、一つの誓いを立てる。

「わたし、このワンピース、絶対に着られるようになる! そして、このワンピースを着て告白するの!」

 わたしの切なる願い。

――うけたまわった!

 え……? 誰の声?
 体重計が、ピンク色に光っている。体重計から、スウッと白い珠が浮かびあげる。

「やだ……幽霊?」

 わたしは、当然、この得体のしれない物体に怯えて後ずさる。

「なんだよ。お前が呼び出したんだろう?」
「え、わたし、幽霊なんて呼び出してない!」

 白い珠に、わたしが呼び出したなんて言われたが、そんな記憶はない。
 白い珠は、みるみる人型に変化する。
 気づけば、わたしと同じ年くらいの男の子が立っていた。

「え、誰?」
「俺は、体重計の精、ええっと、付喪神っていうのかな?」
「は? え?」

 ニコリと笑う顔は、けっこうなイケメンだ。
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