シンデレラ・プロジェクト~魔法のワンピースと体重計の精霊~

中庭

 ケイ君が来てから一週間。
 わたしの体重は、一キロだけ減った。少しだけれども、減ったのは嬉しい。
 でも、本当に少しだけだ。
 毎日、登下校の時間に歩いているし、食事量にも気を付けて、食べ過ぎないようにしているというのに。
 本当、大丈夫なのだろうか。

 お昼ご飯の時間、私は、学校の中庭のベンチで、ケイ君と二人でお弁当を食べる。
 ケイ君は、ハムスターの姿のままで、わたしの横に座って、一生懸命に茹でたブロッコリーを齧っている。

 「大丈夫だって、ここから、もう少し運動を増やすから!」
 「ええ! 増やすの? 運動?」

 相変わらず運動嫌いなわたし。
 運動を増やすと言われて、露骨に嫌な顔をしてしまうが、ケイ君は、全く気にしない。

 「でも、試験勉強があるんだよ? これ以上は、ちょっと無理だよ」

 わたしの通っている学校は、夏休みに入る直前に、まとまった試験をする。
 中学二年生、大事な試験で、その試験の成績は当然のことながら内申点に反映されるし、内申点に反映されるということは、高校受験にも響くのだ。

 幸い、それほど偏差値の高い学校を希望していないわたしは、学校の授業を一生懸命頑張って聞くことで、塾にも通わずに生活しているが、偏差値の高い高校に行こうと頑張っている生徒は、塾にも通っている。そんな頑張っている他の生徒達の間でそこそこの成績を取るためには、やっぱり、わたしも頑張らなければならないのだ。

 「うーん。勉強は……大事だよな」

 ブロッコリーの最後の一かけらを頬袋に収めながら、ケイ君はうなる。
 わたしは、ブロッコリーでぷっくりと膨れたほっぺたがなんだか可愛くて、ツンツンとつついてしまう。

 「何するんだよ! 頑張って考えているのに!」

 ブウブウとケイ君が文句を言う。

 「ごめんごめん。あんまり可愛かったから!」
 「なんだよ。ちっとも悪いって思ってない!」

 ぷんすこと怒るケイ君。お手々をジタバタさせているのも、可愛いのだ。

 「じゃあ、いっそ、断食とかは? 食べなきゃ痩せるってだけじゃない?」
 「ぜっっったいダメ!」

 ケイ君が、強い口調で否定する。
 そんなに否定しなくても良くない? 食べないのは、ダイエットの王道でしょ? SNSでも、絶食とかしている人、いるじゃない。

 「まりあ、成長期なんだよ? 成長期の人間が食事を制限し過ぎたら、それこそ病気になっちゃう」
 「病気に?」
 「そう。酷い時には脳や心までやられて、ご飯を食べなきゃ死んじゃうのに食べられなくなったりするんだ」
 「え……怖い」

 ケイ君があまりに真剣に言うから、余計に怖くなる。

 「でも、ケイ君。運動量を簡単に増やせないとしたら、どうすればいいの?」

 日常生活って、けっこうやることが多い。そんな中で、運動をする時間を取るなんて、なかなか難しい。
 運動部に入っているわけではないわたし。
 放課後は、図書委員として、決まった時刻まで図書室で本の整理や修復を司書の先生と一緒にするのが役割だ。
 将来、図書館司書になりたいわたしにとっては、うってつけの仕事だし、仕事は多い。毎月のおススメの図書をピックアップして原稿を書いたり、新しく入った図書のデータを入力したりと忙しい。

 学校に行って、授業を受けて、図書委員の仕事をして、家に帰る。それだけでも、結構な時間が掛かるし、それから、家に帰ったら、試験の勉強も始めなければならないのだ。
 とても、運動量を増やす余地はない。

 「そうだな……ちょっと弱いけれど、ながら運動をしてみるか……」
 「ながら運動?」
 「そう。忙しいから、運動しながら英単語を聞くとか、風呂に入りながら足上げ運動とか、簡単な運動をするとか……」
 「せっかくのリラックスタイムのお風呂が……」
 「また、泣き言をいう! いいか? 一ヶ月だ。一ヶ月で、お前は、あのワンピを着れるようになって、告白するんだ。絶対だ!」
 「待ってよ、ケイ君。どうして、そんなに一ヶ月にこだわるの? 変だよ」

 変なのだ。
 ケイ君は、最初から、一ヶ月にとってもこだわっている。
 確かに、わたしがお店で契約書に一ヶ月と書いた。でも、あんなの七夕の短冊と一緒でしょ? そこまでこだわって書いたわけではない。
 別に、告白は、夏休み明けでもいいんじゃないだろうか? どうして、そんな風に一ヶ月にこだわるのだろう。

 「それは……」

 ケイ君が言いよどむ。

 「何よ? 教えてよ」
 「お、俺のこだわりだ!」
 「は? 何よ。こだわり?」

 意味が分からない。
 いつもは説明上手なケイ君。どうしてそんな言い方をするのか。

 「何か隠して……」
 「ねえ、誰としゃべっているの?」

 聞き覚えのある。というか、忘れるわけない声がして、わたしは、そろりと振り返る。

 「祐樹君……」
 「お前、最近、ずっと中庭で一人で弁当食べているだろ? 大丈夫なのかよ? クラスでいじめられた?」

 わたしを心配してくれたの? まさか、わたしが昼に中庭にいることを、祐樹君が知っているとは思わないかった。
 なんだか嬉しい。

 「ううん。大丈夫」
 「なら、いいけれど……」
 「ありがとう。心配してくれて」

 祐樹君は、やっぱり優しい。
 祐樹君は覚えていないだろうけれども、幼稚園の時にわたしが虫が怖くて泣いていた時も、虫を掴んで外へ捨ててくれたのは、祐樹君だ。
 他の男の子が、みんな怖がるわたしを面白がって、笑っているだけだったのに、祐樹君だけは助けてくれたのだ。
 わたしは、そのときからずっと、祐樹君に叶わぬ恋をして、拗らせている。
 
 いつからだっけ。祐樹君と話さなくなったの。小学校の高学年には、もうほとんど話なんてしなかったから……げ、最後にまともに話したのは、もう五年くらい前かも。

 「で、誰と話していたの?」
 「え?」
 「ここで誰かと、話をしていただろ?」

 キョロキョロと周囲を祐樹君が見渡す。

 「いや~、聞き間違いではないかな?」
 「絶対に違う。誰かいた」

 まずい。これは、とってもまずい状況だと思う。
 だって、ケイ君のことを話したら、祐樹君は、どうするだろうか? みんなにケイ君を見せる? そうしたら、ケイ君は、どうなるの? 不思議な生き物だって、どこかに連れ去られたりしない?
 そんなのは、いやだ。

 「あ……ええっと……」
 「チチィ!」
 「え、ケイ君?」

 ピョンと跳び出して、ケイ君がわたしの頭の上に乗る。
 祐樹君の目の前で、クルンと回って「チイ!」と、ケイ君が鳴いてみせる。

 「わ、ハムスター?」
 「そ、そう。最近、飼い始めたの。部屋に一匹で置いておくと寂しがるから、内緒で学校に連れて来ていて……」
 「なんだ。それで一人で、中庭で一人で弁当を食べいていたのか」
 「そ、そうなの。会話も、わたしが、ハムスターに話しかけていたのを聞いただけじゃない?」
 「なるほどね」

 祐樹君は、納得してくれたようだ。

 「おいで! ええっと……」
 「ケイ君」
 「おいで! ケイ君」

 祐樹君が手の平をケイ君の前に広げてみせると、ケイ君はフイッとそっぽをむく。

 「ちょっと、ケイ君! 祐樹君に失礼でしょ?」

 ケイ君、わたしの恋を応援してくれる従者ではなかったのか? 祐樹君との仲を取り持ってくれるはずなのに、こんな風に拗ねちゃったらダメじゃない?
 そもそも、どうしてケイ君は拗ねているのか。祐樹君の何が気に入らないのか、さっぱり分からない。
 わたしが手の平をケイ君の前に広げると、ケイ君は素直に乗ってくる。

 「すっげえ。まりあちゃんに慣れているんだな」

 祐樹君は、ハムスターのケイ君に興味深々だ。

 昔みたい。
 祐樹君にまりあちゃんって呼ばれたのは、いつぶりだろう。
 こんなにゆっくりと祐樹君と話ができたのは、ケイ君のお陰かもしれない。
 ちょっと、わたしは、ケイ君に感謝する。

 昼休憩が終わる合図のチャイムが鳴る。

 「おい、急げよ。授業始まるぞ!」
 「うん。片付けてから行くから、先行ってて」

 わかったと言って走り出す祐樹君を、わたしは、笑顔で見ていた。
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