言葉の先にあるもの

のど自慢

のど自慢

康二と真子は、毎週土曜日に頻繁に会い、話をするようになった。ある日、真子が言った。
「最近、図書館であなたに会うのが楽しみになっています。」
康二は心の中で小さくガッツポーズをしながら、微笑んで答えた。
「僕もです。これからも一緒に本の話をしましょう。」
こうして、康二の計画は成功した。
しかし、数ヶ月が経つと、土曜日に真子の姿を見ることがなくなった。紗希に電話で尋ねると、最近は音信不通だという。真子は大学生時代にうつ病を発症し、2年で中退したらしいが、それ以上は聞かないことにした。体調でも崩しているのだろうか。
テレビを見ていると、来月、NHKのど自慢が熊本市にやってくるという情報が流れた。出演希望者は往復ハガキに出場の動機を書き、来週までに応募しなければならない。出演しようとは思うものの、動機を書くのがなかなか難しい。これが予選3度目の挑戦に1度目は郷ひろみの「素敵にシンデレラコンプレックス」。この時は好きな彼女の誕生日にぴったりの曲だったが、力及ばず不合格。2度目は山内惠介の「スポットライト」。これも結果は振るわなかった。動機に「3度目の挑戦」と書くことはアピールになるのだろうか。今回の動機は、「96歳の認知症の父親の前で歌うこと」。そして選んだ曲は、軍歌も考えたが、それではさすがにあんまりだと思い、冠二郎の「炎」に決めた。予選通過発表は一ヶ月後だ。その予選を通過した。予選の日は、2024年2月。康二は近くにある
カラオケホールに顔を出す。

荻野カラオケホール。カラオケボックスとは異なり、歌が好きな人たちが集まり、皆に囲まれながら順番に小さなステージで歌うことができる。特に高齢者の人たちにとっては、年に一度の市民会館でのカラオケ大会で歌うことが生きがいになっている。グループのようなものである。予選の日を前日に控えてやってくると、まだ誰も来ていないらしい。ひとりお茶を飲んでいると、入り口で大きな女性の声が聞こえてきた。どうも、聞き覚えのある声。それは、荻野真子だった。  
荻野カラオケホール。カラオケボックスとは異なり、歌が好きな人たちが集まり、皆に囲まれながら順番に小さなステージで歌うことができる。特に高齢者の人たちにとっては、年に一度の市民会館でのカラオケ大会で歌うことが生きがいになっている。グループのようなものである。予選の日を前日に控えてやってくると、まだ誰も来ていないらしい。ひとりお茶を飲んでいると、入り口で大きな女性の声が聞こえてきた。どうも、聞き覚えのある声。それは、荻野真子だった。
「久しぶり、元気してた?ここは爺ちゃんの店やん」そういえば、店の名前が荻野だった
「のど自慢に出るん。でも、市内じゃなくて地元じゃないのに出れるの?」
のど自慢の予選は広範囲で募集されているらしい。真この前で冠二郎の「炎」を披露すると、真子は西野カナの「トリセツ」を歌ってきた。その歌声の声質は、いきものがかりと西野カナの声質の中間あたりで、心地よく、上手だった。康二が真子に楽器は弾けるか尋ねると、真子はピアノを弾くらしい予選当日。観覧は誰でも自由にできるため、紗希と真子も会場にやってきた。紗希は「最前列に座ろう」と提案するが、最前列はやめた方がいいらしい。審査員の目には、応援タイムの騒ぎ方が合否に影響を与える可能性があると聞いたからだ。一方で、ディレクターは「とにかく盛り上げろ!」とうるさく指示してくる。予選には全部で250組が出場し、最後の歌が終わるのは18時頃。そしてその後、結果発表が行われる。
「炎」を歌い終えたのは早めの時間で、まだ2時間の余裕がある。せっかく二人が来てくれたのだから、パフォーマンスをもう少し工夫すべきだったかもしれない。しかし、応援の盛り上がりが控えめだったのは少しマイナスに感じられた。頭の中に南アルプス市の予選に出た時の光景が浮かんだ。あの時はひとりで来てひとりで歌いひとりで、終わった。全てが歌い終えたのは、18時。皆んな会場に集まってきた。司会者が1番から順に読んでくる。康二は190番。司会者の声が。198番と読んだ時。全ては終わった。落選だ。合格したものはこのあとリハーサルがあり当日も朝からリハーサルらしい。そして。会場を後にした
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