僕の10月14日

 次の日、久しぶりに雨が降った。ひどい雨だった。さすがに今日はあのベンチに行けない。でも気になって病院内をウロウロして、あのベンチが見える場所を探した。いつものリハビリの部屋の隣の廊下から例のベンチがギリギリ見えた・・・彼女はいなかった。良かったと思う反面、寂しさもあった。

ー いるわけないのに・・・よく考えたら彼女の苗字も知らない。病棟も・・・
― こんな日は病室で話しても良いのに・・・


 次の日、昨日の雨がウソのように晴れた。夏の日差しで暑くなった。僕はまたコンビニによって飲み物やちょっとかわいいチョコを買った。そして念のためベンチを拭くタオルも買った。

「こんにちは。」

「おう。」

「昨日はひどい雨だったわね。ずっと外見てた・・・」

「ホントだね。それで気が付いたことがある。」

「えっ、何?」

「僕は君の苗字を知らないし、病棟も知らない。昨日みたいな日は病室で話してもいいのにって思った。ねえ、今後の為にも教えて。」

「うーん。どうしようかな・・・教えたくないかな。」

「えっ、なんで?」

「私、ここで亨さんに会うのが好きなの。何だか病室だと現実に戻されてしまうというか・・・なんかイャ。」

「そうか・・・」

「ねえ、病院にいる間は会うのはここだけ。そして、どちらかが退院するときに苗字や連絡先を教えるっていうのはどう?」

「わかったよ。君がそうしたいならそうしようか。それもなんだか楽しい。」

「良かった。」

「それで、退院したら何をしたいか考えた?」

「いっぱい考えた。考えすぎて寝られなくなった。」

「そんなにやりたいことあるの?」

「フフフ、一つ一つ亨さんとこれをしたらどうなるのかなって妄想した。そうしたらおかしくて、その妄想を止められなくなった。」

「華菜ちゃんは妄想好きなの?」

「こんなに妄想したの初めて。昨日なんて雨だったからさらに一日妄想してた。」

「妄想の中の僕は何しているのかな?」

「私を笑わせてくれているか、困った顔をしているか・・・一番多いのは・・・笑ってる。」

「良かった。ドジでまた怪我しているかと思った。」

「今度は何で怪我するの? 蛙の次は?」

「なんだろうね。猫かな? それともヘビ?」

「イャ。ヘビ嫌い。考えるのもイャ。」

「ゴメンゴメン。でももう怪我しないよ。」

「うん、そうね。でも、怪我してくれなかったら会えなかった・・・」

「そうだね。痛い思いした甲斐があった。」

「イャなことでもそれで何かが変わるとかいいことがあるとそのイャなことも忘れられるかも・・・」

「きみの病気もそうなるといいね。」

「フフフ、ホント。」

「それで、退院したらやりたいことランキング教えてよ。」

「えーっと、では、退院したらすぐにやることは、携帯電話の契約をします。今はスマホっていうのかな。」

「今持ってないの?」

「うん。入院するとき親に取り上げられて持っていない。」

「みんなこっそり持っているよね? 僕も持ってる。」

「病室だと使えないし、いらないでしょって。」

「親御さん厳しいの?」

「そうね。厳格な人。お父さんは商社マンで今はブラジルにいるの。遠いからあまり帰ってこない。お母さんは元先生。見たからに先生!って感じの人。それに私には年の離れた弟がいるの。まだ11歳。受験やなんかで忙しそう。私もこんなだからお母さんは大変だよね。」

「そうか・・・」

「でもね、私あんまり電話とかメールとか好きじゃないから甘んじてた。」

「どうして?」

「やっぱり顔見て話したい。電話やメールだと心が読めない・・・」

「へー。そんなこと考えているんだ・・・」

「なんだか子供のころから弱くて入退院を繰り返していたからか、いつも先生や親の顔色を見ていた。この人本当のこと言っているのかな? とかね。」

「ふーん。で、僕の心も読んでるの?」

「あなたは、読めない。読むところがない。こんな人初めて。」

「うーんと、それは喜んでいいのかな? それとも?」

「フフフ、喜んでください。」

「あまり詮索しないほうがよさそうだ。では、ありがとうございますと言っておこう。それで、スマホ契約したらその次は?」

「亨さんに連絡する。ラインしたことないからラインもしたいの。そして、デートに誘う。」

「華菜ちゃんからデートに誘ってくれるんだ。それはうれしいね。で、どこに行くの?」

「チョコレートパフェを食べに行きたいの。」

「どこのお店の?」

「それは亨さんに探してほしいの。」

「僕が探せばいいんだね。で、君の好きなチョコレートパフェのポイントなんかヒントちょうだい。」

「うーんと、フルーツがいっぱい入っててマンゴーは絶対。チョコレートアイスが美味しくて、あとパフも入っていて、最後にカラーチョコスプレーがかかっているのがいい。」

「おいおい、パフとカラースプレーって何?」

「教えちゃつまらないでしょ。頑張って調べてね。」

「ハハ、ハイハイ、リョーカイ。で、パフェ食べたら次は?」

「映画を見に行きます。それで、カップルシートに座るの。」

「ふーん。何の映画を見るの?」

「えっ? 考えてなかった・・・」

「は? 映画見たくて映画館に行くんだよね。」

「私の妄想では、ポップコーンとコーラを買って、カップルシートに座るんだけど、映画が始まって5分で亨さんは寝てしまって、私もつられて寝てしまって、気が付いたら映画が終わっていて、周りには誰もいなくて、まだポップコーンもコーラもいっぱい残っていて、二人でどうしようと笑って、こっそりその場に置いて走って映画館を出るの。」

「ハハハ、ダメカップルだね。」

「そう。ダメカップル。ずっとずっと笑っているの。」

「楽しいね。それで、次は?」

「今日はここまで。」

「そうなの? じゃあまた明日続きを教えて。」

「あっ、明日は来られないの。検査入っちゃった・・・」

「そっか、じゃあ明後日だね。」

「うん。じゃあ、明後日。」

華菜ちゃんは今日もルンルンしながら戻って行った。
僕は華菜ちゃんがいなくなったペンチに座ったまま、さっきの映画館のカップルシートのことを考えていた。

― カップルシートに座ると・・・手握るよな・・・その後は・・・
ー 何考えているんだ・・・でも・・・なんで俺は5分で寝るんだ???
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