迷子な私を拾ってくれたのは運命の人でした
『駅から歩いて十分かかるかなぁ?tsukiyoさんてケーキ屋さん、一度は食べておくのおすすめ!』
職場の先輩が教えてくれたケーキ屋さんがある最寄り駅で下車してみたものの、道のことになるとさっぱり頭がまわらない。
地図を見ても迷える方向音痴代表、小倉雫。
早々に敗北の白旗を上げながら、駅の近くのコンビニへと道を尋ねに立ち寄った。
見知らぬ土地で闇雲に歩いて迷子になるよりはマシだ。
いや、すでに迷子のようなものなのだが。
「すみません、あの……tsukiyoさんというケーキ屋さんを探しているんですが」
接客を済ませ手の空いた女性店員さんにおずおずと尋ねると、「あぁ!」と明るい声とともにぱっと笑顔を向けられる。
有名店らしく、これはわかりやすく教えてもらえそうだ。
そう思いほっとしていると、彼女は「花村さん!」と先ほどまで接客していたスーツ姿の男性を呼び、にこやかに彼を見つめた。
思わず私もその男性へと視線を向ける。
すると、立ち止まってこちらを向いていた彼と目が合い、優しく微笑まれてドキっとした。
整った顔立ちにスーツがよく似合うスタイルの良さ。
そんな彼が手にしている淹れたばかりのホットコーヒーは、よく見るコンビニのコーヒーとは思えないくらいお洒落に見えてしまうから不思議だ。
「tsukiyoのオーナー花村と申します。これからお店に顔を出しに行くところなんですが、良かったら僕に案内させてもらえませんか?」
花村さんに丁寧に挨拶され名刺を差し出されると、私にはもはや断る理由がどこにもなかった。
気がつけばコンビニの駐車場にとめてあった花村さんの車の助手席である。
「tsukiyoにはどうして足を運んでくださったんですか?」
「しょ、職場の先輩のおすすめで……」
「嬉しいなぁ……ちょっとわかりづらい場所なので、迷わせずにすんでよかったです」
「すみません、方向音痴なもので。……まさかオーナーさんに案内していただくことになるとは」
「はは。僕もお客様をお店までこうして案内するのは初めてです」
「……ですよね」
安全運転で進む道中、花村さんは気さくに優しく、私へと声をかけてくれる。
私は車で案内してもらい申し訳ない気持ちや、ありがたい気持ち、優しいイケメンを直視出来ない緊張などで忙しく、受け取った名刺『花村和海』という彼の名前を見つめて心を落ち着けようとするが上手くはいかない。
「今日は何か特別な日だったりするんですか?」
「いえ……特には。……でも、なんでもない日にケーキを食べる特別な日です」
「そんな特別な日にうちのケーキを選んでもらえるなんて、いい日だな」
しみじみと花村さんが呟くと、ゆったりと車が停車する。
着いたお店の入り口には『tsukiyo』の文字が入った看板が控えめに飾られて、三日月のイラストが店名に寄り添っていた。
隣の敷地には二台分の駐車スペースがある。
「ごゆっくり」
にこやかにそう言って私をお店の前で降ろすと、花村さんは車を駐車スペースへと移動させた。
花村さんと一緒にいて緊張したドキドキと、tsukiyoの佇まいがとても素敵であることに私はさらに胸を高鳴らせながら、お店の扉を開ける。
小さな店構えだけど、ショーケースの中は美味しそうなケーキでいっぱいだ。
どれにしようか、いくつ買おうかと、つい迷いに迷ってしまう。
三個買おうかと数は決めてみたけれど、なかなかどれにするかは決められない。
散々迷って、厳選するまで何分かかってしまっただろうか。
もう一生来られないということもないのにと、決めたあとはそんな自分を笑いそうになった。
店員さんが丁寧に箱へとケーキを詰め、看板と同じ『tsukiyo』の文字と三日月のイラストに星が散りばめられた可愛らしい紙袋に入れて手渡してくれる。
「あの、お会計は……?」
「オーナーから受け取っておりますので」
にっこり微笑まれて、私は思わず店内を見渡した。
ケーキ選びに集中しすぎて花村さんの姿なんて店内で見かけた覚えがない。
あわててお店の外へと視線を向けると、いつの間にか花村さんの車がお店の前にとまっていて、運転席から降りた彼が店内への扉を開く。
「は、花村さん!?あのっ……」
「帰りも送りますよ」
「え、あっ……いや、あの……ケー」
「来た道、覚えてますか?」
「……いえ」
ケーキのお代を渡したくても受け取ろうとしないどころか、帰り道も送ると言い出した彼に問われて、またしても私には断る理由がどこにもない。
気がつけば私は再び花村さんの車の助手席にいる。
「お家までは送れませんけど、さっきのコンビニまでは」
そう言って、ハンドルを握る彼は優しい運転でコンビニへと向かう。
「あの……!何か、お礼くらいはさせてください……!」
「気にしなくていいのに」
「このままじゃ……ケーキが喉を通りません……」
「それは困るかな」
真剣に頭を抱える私の隣で、彼は可笑しそうに笑った。
コンビニの駐車場に停車すると、花村さんは「じゃあ……」と言いながらもう一枚、名刺とペンをスーツの内ポケットから取り出す。
名刺にスラスラ文字や数字を書き綴ると、にこりと微笑み私にそれを差し出した。
「ケーキの感想が聞きたいです。電話でも、メッセージでもいいので」
受け取った名刺には携帯番号と、メッセージアプリのIDが書かれてある。
名刺に書かれてあるものと違いプライベートなもののように思えた。
「ほ、他に何か出来ることは……?」
「お名前、聞いてもいいですか?」
「小倉雫です!……か、感想は、絶対にご連絡します!」
「待ってます」
微笑むばかりの花村さんに何度目かわからないお礼を言ってお辞儀し、彼の車が走り出すのを見送った。
ケーキは絶対に美味しい。
それはもう食べなくてもわかる。
でも『美味しかったです』だけじゃなく詳細に感想を語らねば。
読書感想文も苦手な私に、ケーキの感想が上手く伝えられるだろうか。
電話にしようか、メッセージにしようか。
悩めば悩むほど私の頭の中には花村さんの笑顔が浮かんでいた。
職場の先輩が教えてくれたケーキ屋さんがある最寄り駅で下車してみたものの、道のことになるとさっぱり頭がまわらない。
地図を見ても迷える方向音痴代表、小倉雫。
早々に敗北の白旗を上げながら、駅の近くのコンビニへと道を尋ねに立ち寄った。
見知らぬ土地で闇雲に歩いて迷子になるよりはマシだ。
いや、すでに迷子のようなものなのだが。
「すみません、あの……tsukiyoさんというケーキ屋さんを探しているんですが」
接客を済ませ手の空いた女性店員さんにおずおずと尋ねると、「あぁ!」と明るい声とともにぱっと笑顔を向けられる。
有名店らしく、これはわかりやすく教えてもらえそうだ。
そう思いほっとしていると、彼女は「花村さん!」と先ほどまで接客していたスーツ姿の男性を呼び、にこやかに彼を見つめた。
思わず私もその男性へと視線を向ける。
すると、立ち止まってこちらを向いていた彼と目が合い、優しく微笑まれてドキっとした。
整った顔立ちにスーツがよく似合うスタイルの良さ。
そんな彼が手にしている淹れたばかりのホットコーヒーは、よく見るコンビニのコーヒーとは思えないくらいお洒落に見えてしまうから不思議だ。
「tsukiyoのオーナー花村と申します。これからお店に顔を出しに行くところなんですが、良かったら僕に案内させてもらえませんか?」
花村さんに丁寧に挨拶され名刺を差し出されると、私にはもはや断る理由がどこにもなかった。
気がつけばコンビニの駐車場にとめてあった花村さんの車の助手席である。
「tsukiyoにはどうして足を運んでくださったんですか?」
「しょ、職場の先輩のおすすめで……」
「嬉しいなぁ……ちょっとわかりづらい場所なので、迷わせずにすんでよかったです」
「すみません、方向音痴なもので。……まさかオーナーさんに案内していただくことになるとは」
「はは。僕もお客様をお店までこうして案内するのは初めてです」
「……ですよね」
安全運転で進む道中、花村さんは気さくに優しく、私へと声をかけてくれる。
私は車で案内してもらい申し訳ない気持ちや、ありがたい気持ち、優しいイケメンを直視出来ない緊張などで忙しく、受け取った名刺『花村和海』という彼の名前を見つめて心を落ち着けようとするが上手くはいかない。
「今日は何か特別な日だったりするんですか?」
「いえ……特には。……でも、なんでもない日にケーキを食べる特別な日です」
「そんな特別な日にうちのケーキを選んでもらえるなんて、いい日だな」
しみじみと花村さんが呟くと、ゆったりと車が停車する。
着いたお店の入り口には『tsukiyo』の文字が入った看板が控えめに飾られて、三日月のイラストが店名に寄り添っていた。
隣の敷地には二台分の駐車スペースがある。
「ごゆっくり」
にこやかにそう言って私をお店の前で降ろすと、花村さんは車を駐車スペースへと移動させた。
花村さんと一緒にいて緊張したドキドキと、tsukiyoの佇まいがとても素敵であることに私はさらに胸を高鳴らせながら、お店の扉を開ける。
小さな店構えだけど、ショーケースの中は美味しそうなケーキでいっぱいだ。
どれにしようか、いくつ買おうかと、つい迷いに迷ってしまう。
三個買おうかと数は決めてみたけれど、なかなかどれにするかは決められない。
散々迷って、厳選するまで何分かかってしまっただろうか。
もう一生来られないということもないのにと、決めたあとはそんな自分を笑いそうになった。
店員さんが丁寧に箱へとケーキを詰め、看板と同じ『tsukiyo』の文字と三日月のイラストに星が散りばめられた可愛らしい紙袋に入れて手渡してくれる。
「あの、お会計は……?」
「オーナーから受け取っておりますので」
にっこり微笑まれて、私は思わず店内を見渡した。
ケーキ選びに集中しすぎて花村さんの姿なんて店内で見かけた覚えがない。
あわててお店の外へと視線を向けると、いつの間にか花村さんの車がお店の前にとまっていて、運転席から降りた彼が店内への扉を開く。
「は、花村さん!?あのっ……」
「帰りも送りますよ」
「え、あっ……いや、あの……ケー」
「来た道、覚えてますか?」
「……いえ」
ケーキのお代を渡したくても受け取ろうとしないどころか、帰り道も送ると言い出した彼に問われて、またしても私には断る理由がどこにもない。
気がつけば私は再び花村さんの車の助手席にいる。
「お家までは送れませんけど、さっきのコンビニまでは」
そう言って、ハンドルを握る彼は優しい運転でコンビニへと向かう。
「あの……!何か、お礼くらいはさせてください……!」
「気にしなくていいのに」
「このままじゃ……ケーキが喉を通りません……」
「それは困るかな」
真剣に頭を抱える私の隣で、彼は可笑しそうに笑った。
コンビニの駐車場に停車すると、花村さんは「じゃあ……」と言いながらもう一枚、名刺とペンをスーツの内ポケットから取り出す。
名刺にスラスラ文字や数字を書き綴ると、にこりと微笑み私にそれを差し出した。
「ケーキの感想が聞きたいです。電話でも、メッセージでもいいので」
受け取った名刺には携帯番号と、メッセージアプリのIDが書かれてある。
名刺に書かれてあるものと違いプライベートなもののように思えた。
「ほ、他に何か出来ることは……?」
「お名前、聞いてもいいですか?」
「小倉雫です!……か、感想は、絶対にご連絡します!」
「待ってます」
微笑むばかりの花村さんに何度目かわからないお礼を言ってお辞儀し、彼の車が走り出すのを見送った。
ケーキは絶対に美味しい。
それはもう食べなくてもわかる。
でも『美味しかったです』だけじゃなく詳細に感想を語らねば。
読書感想文も苦手な私に、ケーキの感想が上手く伝えられるだろうか。
電話にしようか、メッセージにしようか。
悩めば悩むほど私の頭の中には花村さんの笑顔が浮かんでいた。