ティラミスよりも甘く

夕食を二人で

店員が見送りをするのを尻目に、陽翔はゆっくりと、しかし足早に歩き出す。急ぎたいのは山々なのだが、手にぶら下げている四角い箱を強く意識してしまうと、間違っても走る訳にはいかないのだ。もどかしい思いを抱えつつ、陽翔は家のドアを開ける。

「ただいま」

夜の帳が下りた自宅に、寂しげな声が帰宅を告げる。最近は百子の方が仕事が長引いており、専ら陽翔が夕食を作って彼女を待つことになっていた。

(今日は何を作ろうか)

陽翔は持っていた箱を冷蔵庫に入れ、その代わりに牛乳と鶏肉を取り出し、牛乳は計量カップで分量を量り、鶏肉は白だしと胡椒で下味をつける。さらに野菜室から人参やキャベツ、玉ねぎを取り出して、それぞれを刻む間に、鍋に入れた、コンソメを溶かした水を火にかけた。沸騰したそこに刻んだ野菜を入れて蓋をし、中火で煮込む。再度沸騰したので、弱火に近い中火にした直後に、鶏肉を焼いていた陽翔は、玄関からの音に気づいて、台所を慌てて出る。

「ただいま、陽翔。いい匂いするね。いつもありがとう」

「おかえり、百子。今日は早かったな」

陽翔は片手で百子を抱き寄せ、彼女の唇にそっと口付けを落とす。そのまま離れようとした陽翔だったが、百子が背中にがっちりと両手を回すものだから、彼女の頭をそっと撫でる。

「すまん、今鶏肉焼いてんだ。また後でな」

彼女の額に軽くキスをした陽翔は、声に大さじ程度の寂寥を滲ませる。百子はハッとして陽翔から離れた。

「あ、ごめん……」

フライ返しを片手に、すごすごと台所に戻る彼の背中を尻目に、鞄を部屋に置きに行く。そして陽翔がキャベツを切って、それを胡麻だれと和えている間に、百子は鶏肉をひっくり返し、コンソメスープの火加減を調節して味を整えた。

「百子、ありがとうな」

「陽翔こそ、ありがとう。お腹空いちゃったから早く食べよ?」

二人はお互いに感謝を述べ合い、協力して配膳し、向かい合ってテーブルにつく。いただきますとユニゾンがダイニングを僅かに震わせ、他愛もない話をしながら夕食を取った。鶏肉のクリーム煮を頬張って、目元の緩む百子を見ると、陽翔もつられて笑顔になる。

(百子は本当に嬉しそうに飯食うよな)

緩みきった表情を引き締めようとした陽翔だったが、百子が今朝通勤中に見つけた白黒の柄の猫について話すため、その試みはあっけなく失敗する。

(可愛いのは猫じゃなくて、そんな話を嬉しそうにする百子の方だ)

陽翔はだらしない顔を隠すのをついに諦め、残っていた鶏肉のクリーム煮を一気に平らげてトレイを下げる。その様子に目を丸くした百子は、箸のスピードを早めた。
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