ティラミスよりも甘く
「百子、ゆっくり食べろよ。俺に合わせる必要はないからな」

ニヤニヤとしながら釘を刺す陽翔に、百子は眉を僅かに顰める。百子が彼の早食いを指摘して以来、すっかり鳴りをひそめていたというのに、どういう風の吹き回しなのだろうか。陽翔に倣って、残りのサラダを掻き込もうと思った百子だが、以前指摘した手前もあり、ゆっくりとよく噛んで食べる羽目になる。完食した百子は、足早にトレイを持って台所へ向かい、陽翔が四角い箱から何かを取り出しているのを目撃した。

「何だ、バレたか……まあ隠すほどのもんじゃないが」

陽翔は一瞬しまったという顔をしたが、デザート用の丸く小さな皿に、ふんわりと洋酒の香りのする、ココアパウダーが乗ったそれを丁寧に乗せ、それを百子に渡す。

「あれ? もしかしてそれ……ティラミス? 帰りに買ってきてくれたの? ありがとう!」

「ああ。百子はティラミス好きだろ? だから近所で美味しいって評判のケーキ屋さんで買ってきたぞ。この前ティラミスあげるって約束したし」

きょとんとした様子の百子が、みるみると頬を染め、うきうきとテーブルまで運ぶ様子を、陽翔は好ましそうに見つめる。彼女の後を追う陽翔だが、百子が慌てたように台所に消えてしまい、目をぱちくりさせた。

「陽翔、お茶淹れてない! 今から準備するから待ってて!」

陽翔は百子の言葉で、ようやくティラミスを用意しながら、小さな違和感がちらちらと脳裏を掠めていたのだが、どうやらそれは百子が払拭してくれたらしい。陽翔は椅子から立ち上がり、お湯を注いだ2つのカップを睨んでいる百子を、後ろからそっと抱きしめる。振り返った彼女の唇を軽く啄み、彼女を抱きとめる腕に力を込めた。

「ありがとうな。何か忘れてると思ってたんだ」

「私が気づいたから大丈夫。陽翔が忘れてても、私が覚えてたらいいもん」

百子は陽翔に微笑んで見せ、少し背伸びをして彼の唇に、自身の唇を重ねる。一瞬目を見開いた陽翔は、彼女の後頭部に手を回し、するりと彼女の口の中に舌を踊らせた。やや身を固くした百子だったが、すぐに陽翔にその身を委ね、陽翔の大きな背中に手を回す。お互いがお互いを求める、小さな水音だけが、二人の耳をそっと撫でた。
だが二人を繋ぐその音は、無機質な高音が切り裂いてしまう。

「……タイマー、鳴っちゃったね」

「そうだな……冷たいうちにティラミスも食うか」

陽翔が腕を緩め、百子が用意した2つのマグカップに、爽快な香りのするそれを注ぎ、あっという間にテーブルへと運ぶ。百子は香りと陽翔の背中を追ってソファーに座り、爽やかな香りと、芳醇な洋酒の香りを肺腑いっぱいに吸い込んだ。
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