想っていたのは私だけでした

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「しっかりされてください!でん━」

「あの、すみません紫色の瞳の方、少しこちらに下がっていただけますか」

「これは失礼。私の名前は」

「結構です」

「は?」

「いえ、治療に名前は必要ありませんので。申し訳ないのですが、そこから水の入った桶を持ってきていただけますか」

「水、すぐに」

名前を遮ったのは正解だと思う
紫色の瞳持ちなのに、明らかに不釣り合いな平民の服装
面倒事の予感しかない
詮索しないのが賢明

ベッドに横たわる男性を観察する
血まみれだが大きな傷はない
魔物の返り血か、はたまた吐血したものが混じっているのだろう
 魔物のひっかき傷はあるが、この程度なら治せる

「傷は治せますが、毒を吸い出さないといけません。噛まれた場所を特定しないと」

「そんなことをどうしてご存知なのですか?」

「いえ、なんとなく…」

魔物の牙には毒がある
噛まれた所から毒が侵入し、全身へと回ると死に至る
噛まれた所から毒を吸い出すのが正しい処置
そしてその後に治癒
そうでないと治癒しても毒が回って死んでしまう
魔物の解毒薬はこんな田舎では入手できない
私も見たことすらない

厄介なのは牙に幻影の効果があり、噛んだ場所の特定が難しいということ

「足元の辺りということは、わかるのですが」
「失礼します」

私は足元の布団を捲り目を凝らす

「私が吸い出します」

「紫の方正確な場所分かるのですか?」

勝手な呼び方をして気分を害するかしら

「だから私の名前は…あなたこそ分からないでしょ、手当たり次第に━」

「ここですね、失礼します」

紫の方の言葉を遮り、私は男性の足首に口をつけた
毒を吸い出し桶に吐き出す

「ペッ、ペッ、」

紫の方は驚愕していたが、無視してひたすら続ける

あともう少し

「も、もう大丈夫です。」

毒は吸い出したので、あとは治癒魔法をかけるだけ

「待ってください!本当に大丈夫なのですか?毒が残っていないと言い切れますか」

「黒い影がなくなったので大丈夫です」

「黒い影…見えるのですか?」

「邪魔しないでください」

「失礼」

スミレは紫方の手を振り解くと、治癒魔法をかけた

「怪我は治癒しましたが、体力が戻るまでは安静にしてください」

身体を清潔に
と言うよりも早く、紫色の方は男性の身に魔法をかけていた

血の跡がなくなり綺麗になったので、洗浄魔法だろう

「私は隣にいますので、何かあれば声かけてください」

「あ、ありがとう!本当にありがとう」

深々と頭を下げてお礼を言われ、恥ずかしくなり退室した

自分の寝台は使えないけど、診察するところにある簡易ベッドで寝ることにする

そういえば紫の方は椅子で寝るのかしら

モヤモヤ気になって、毛布を持ってそっと部屋を覗く

疲れていたのだろう
椅子に座ったまま目を閉じているので、スミレは毛布をかけてそっと退室した

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