身代わりの少女騎士は王子の愛に気づかない
【3-1】逃げている場合ではなく
アシュレイによる前回までの振り返り:アホの子呼ばわりされました。
(アリシア姫にはブスって言われて、カイルにはアホって言われているんですけど……!)
エグバード様は? エグバード様は何か言っていたっけ? と記憶をさらってみようとするが、正直それどころではない。
「いっ……痛い……っ」
俊足のカイルは、宿の裏手の畑を走り抜けて木立の間に飛び込む。
道なき道を駆ける振動がびしびしと脇腹に伝わってきて、アシュレイは呻き声を上げた。
「うう、カイル……!」
怪我ごときでぴーぴー言うのは我ながら情けないとは思うものの、数日生死を彷徨ったという認識がカイルにもあるなら、もう少し遠慮して欲しい。
その気持ちが通じたわけではないだろうが、一瞬速度を落としたカイルに、ごく優しい口調で囁かれた。
「舌噛むから、喋らない方が良いよ」
騎士団仕込みの優しさは、「いのちだいじに」だった。
(舌噛んだら死んじゃうもんね! だけど、追手がエグバード様だったらしい件は話し合いたいな!)
アシュレイはなんとか「カイル」と声に出してみる。
「なに?」
聞く耳持ってた。良かった。
「なん、で、逃げて、んの?」
揺れと痛みに耐えながら尋ねる。
梢からの陽の光と葉の影をまだらに少年めいた面差しに受けつつ、カイルはこともなく答えた。
「追いかけてきたから」
無力感に襲われて、アシュレイは瞑目する。
(カイルもよっぽどアホの子だと思うんですけど……!!)
エグバードは敵ではないはずだし、彼はアシュレイを庇護対象として考えているはずなので、誘拐に気付いたら追ってくるのはごく自然な成り行きだ。
アシュレイとしても、エグバードのことを敵だとは思っていない。それどころか、名目上とはいえ夫だ。ここまで問答無用に拒否するのはさすがに気が引ける。
「逃げるから、追いかけて、くると、おもう!」
舌を噛まないように注意して訴える。
飛び出てきていた枝をけるため、身をかがめたカイルはその隙に口を開いた。
「そもそもなんで追いかけてくるんだ」
「私が妻だからです」
森の深いところへ入り込んでしまったらしく、さすがに走ることはできなくなったカイルが、片手で枝葉をよけながら答える。
「アシュレイは姫様の身代わりだよな? アシュレイを追いかけるくらいなら、姫様が逃げたときに本気を出して『姫様を』追いかければ良かったんじゃないか? 本気出すの遅すぎないか?」
……ド正論!!
(たしかに、本気を出すタイミング、間違えている。あの時きちんと姫様を追いかけていれば……。だけどそうすると、姫様の不貞の責任を問わなければならなくて、国際問題的にも面倒だし。その上、せっかくの一目ぼれで、一度は恋愛成就したかのように見えたのに、実際は「ふられていた」わけだから、直視すると傷つくだろうし)
そういった諸事情を鑑みて、残された面々には「駆け落ちされた」ことを隠すべくアシュレイを身代わりにたてたわけだが。
文武両道の王子様なのに、結構不憫だな……とアシュレイは同情をしてしまった。
「だけどカイル。逃げてどうするの? 何かあてがあるの?」
(そもそもどうしてここに来たの?)
聞きたいことはたくさんあったが、カイルの空気が変わったのを感じてアシュレイは口をつぐんだ。
アシュレイを抱え直して、カイルは振り返る。
「お前、足早いな」
そこには、苦み走った笑みを浮かべたエグバードが、息を切らせて追いついてきていた。
(アリシア姫にはブスって言われて、カイルにはアホって言われているんですけど……!)
エグバード様は? エグバード様は何か言っていたっけ? と記憶をさらってみようとするが、正直それどころではない。
「いっ……痛い……っ」
俊足のカイルは、宿の裏手の畑を走り抜けて木立の間に飛び込む。
道なき道を駆ける振動がびしびしと脇腹に伝わってきて、アシュレイは呻き声を上げた。
「うう、カイル……!」
怪我ごときでぴーぴー言うのは我ながら情けないとは思うものの、数日生死を彷徨ったという認識がカイルにもあるなら、もう少し遠慮して欲しい。
その気持ちが通じたわけではないだろうが、一瞬速度を落としたカイルに、ごく優しい口調で囁かれた。
「舌噛むから、喋らない方が良いよ」
騎士団仕込みの優しさは、「いのちだいじに」だった。
(舌噛んだら死んじゃうもんね! だけど、追手がエグバード様だったらしい件は話し合いたいな!)
アシュレイはなんとか「カイル」と声に出してみる。
「なに?」
聞く耳持ってた。良かった。
「なん、で、逃げて、んの?」
揺れと痛みに耐えながら尋ねる。
梢からの陽の光と葉の影をまだらに少年めいた面差しに受けつつ、カイルはこともなく答えた。
「追いかけてきたから」
無力感に襲われて、アシュレイは瞑目する。
(カイルもよっぽどアホの子だと思うんですけど……!!)
エグバードは敵ではないはずだし、彼はアシュレイを庇護対象として考えているはずなので、誘拐に気付いたら追ってくるのはごく自然な成り行きだ。
アシュレイとしても、エグバードのことを敵だとは思っていない。それどころか、名目上とはいえ夫だ。ここまで問答無用に拒否するのはさすがに気が引ける。
「逃げるから、追いかけて、くると、おもう!」
舌を噛まないように注意して訴える。
飛び出てきていた枝をけるため、身をかがめたカイルはその隙に口を開いた。
「そもそもなんで追いかけてくるんだ」
「私が妻だからです」
森の深いところへ入り込んでしまったらしく、さすがに走ることはできなくなったカイルが、片手で枝葉をよけながら答える。
「アシュレイは姫様の身代わりだよな? アシュレイを追いかけるくらいなら、姫様が逃げたときに本気を出して『姫様を』追いかければ良かったんじゃないか? 本気出すの遅すぎないか?」
……ド正論!!
(たしかに、本気を出すタイミング、間違えている。あの時きちんと姫様を追いかけていれば……。だけどそうすると、姫様の不貞の責任を問わなければならなくて、国際問題的にも面倒だし。その上、せっかくの一目ぼれで、一度は恋愛成就したかのように見えたのに、実際は「ふられていた」わけだから、直視すると傷つくだろうし)
そういった諸事情を鑑みて、残された面々には「駆け落ちされた」ことを隠すべくアシュレイを身代わりにたてたわけだが。
文武両道の王子様なのに、結構不憫だな……とアシュレイは同情をしてしまった。
「だけどカイル。逃げてどうするの? 何かあてがあるの?」
(そもそもどうしてここに来たの?)
聞きたいことはたくさんあったが、カイルの空気が変わったのを感じてアシュレイは口をつぐんだ。
アシュレイを抱え直して、カイルは振り返る。
「お前、足早いな」
そこには、苦み走った笑みを浮かべたエグバードが、息を切らせて追いついてきていた。