身代わりの少女騎士は王子の愛に気づかない
【3-3】優しさ
エグバード:“明けの明星”の二つ名を持つ文武両道の美丈夫。なお、夫。
VS
カイル:俊足にして剣の達人。元同僚。
「嬉しいですね。噂に名高いエグバード様とお手合わせ頂けるなんて」
剣を構えたカイルが楽し気に言う。
一方のエグバードもまた、苦み走った笑みを浮かべて剣を構えていた。
「本気でいくぞ」
(えーと……えーと……)
残念ながら、ちらちら見た限りライアスは止める気配がない。
アシュレイは諦めて、脇腹の痛みに耐えながら精一杯の声を上げた。
「や、やめて、くださーい。ここ狭いので。ほんっとーに巻き込まれの危険がある、ので。私。私が踏まれたり、蹴られたりとか。最悪切られたり。いい加減にして頂きたい、でーす」
森の中で立ち回りをしようという無理に気付いて欲しい。
呼びかけに対し、カイルが振り返る。
状況が状況でなければ見惚れそうなほどの極上の笑みを浮かべて尋ねてきた。
「この状況で、『じゃあ仕切り直そうか』ってみんなで連れ立って森から出ようという提案なの? それ。本気で言ってる?」
凄まれてる。
完全に「少し黙れば」という類の圧力。ひしひしと感じつつ、アシュレイは力なく頷いた。
「その、通り、です。何かあっても、私、避けたりできないので」
「気合が足りない」
さらりとカイルにいかにも同僚らしいことを言われて、アシュレイは「くっ」と変な息を漏らした。
(このひとは、私の敵なのか味方なのか)
どちらかというと「敵寄りの敵」で間違いない気がする。
「アシュレイ、俺の方へおいで。俺は踏んだり蹴ったりしない。きちんと避けて戦う」
エグバードは両腕を広げて「おいでおいで」をしていた。
顔を上げて、アシュレイは思わず目を輝かせてしまう。
(さすが夫、優しい……ブスとかアホとか言わないし、「踏んだり蹴ったりしない」確約だし。優しい。……優しい……? 優しいってなに……?)
何やら自己暗示の気配を感じて、アシュレイは深呼吸した。落ち着いて考え直そうと。
そのとき、そばまできていたライアスに、ひょいっと抱きあげられる。
最近よくひとに持ち運びされているなぁ、と思ったところで間近でにこりと微笑まれた。
「確保」
しんと、静まり返る。
ぴょー、という鳥の鳴き声や葉擦れの音がやけにくっきりと響いた。
(確保……?)
うかがうように見上げると、ライアスが満面の笑みを浮かべて言う。
「そういうわけで、思う存分戦ってください。アシュレイ様は私が責任もって安全な場所までお運びします」
「そっっっち!? 止めないんだ!?」
思わず素で騒いだ後、脇腹の痛みにアシュレイは轟沈してしまう。
「心配いらない、アシュレイ。五秒で片づける」
エグバードには何やら自信満々に言われたが、言っている間に五秒経過しているので、信ぴょう性が限りなく低い。
「放っておきましょう、アシュレイ様。朝ご飯は召し上がりましたか」
「ええ、それなりに」
もはやエグバードたちに構うことなく、アシュレイを抱えたライアスは背を向けて歩き出す。
背後で涼やかに金属が触れあう音が響いた。
「ライアスさん、この後の行程はどうなってます? アリシア姫から追手はかかってないんですか?」
まだ城からさほど離れたところまで来ているとは思えないし、その気になれば見つけられて始末されそうだ。
自分の怪我のせいで身動きとれなくなっていたのはわかるが、少しでも遠くへ逃れた方がいいように思う。
「大丈夫。取引が成立しているから」
「取引」
問答無用で恋敵を惨たらしく殺そうとする姫君と、理性的な会話が果たして成り立つのだろうか?
その疑問から聞き返したアシュレイに、ライアスはこともなく言った。
「できるだけ生きた状態で確保して、連れ戻すようにって」
「……」
あっ。
そういう。
取引。
理解が追いついてアシュレイは項垂れてしまう。
剣戟の音はいまだ遠くで響いている。エグバードにしろ、カイルにしろ、ここまで駆けつける様子はない。
(ずいぶん長い五秒ですよねエグバード様……!!)
「傷口開かないように一応気を付けるけど。開いたらごめんね。がんばって」
人の良い顔をしたライアスには、ほんのり優しいことを言われた。
アシュレイはとりあえず微笑んでみた。
VS
カイル:俊足にして剣の達人。元同僚。
「嬉しいですね。噂に名高いエグバード様とお手合わせ頂けるなんて」
剣を構えたカイルが楽し気に言う。
一方のエグバードもまた、苦み走った笑みを浮かべて剣を構えていた。
「本気でいくぞ」
(えーと……えーと……)
残念ながら、ちらちら見た限りライアスは止める気配がない。
アシュレイは諦めて、脇腹の痛みに耐えながら精一杯の声を上げた。
「や、やめて、くださーい。ここ狭いので。ほんっとーに巻き込まれの危険がある、ので。私。私が踏まれたり、蹴られたりとか。最悪切られたり。いい加減にして頂きたい、でーす」
森の中で立ち回りをしようという無理に気付いて欲しい。
呼びかけに対し、カイルが振り返る。
状況が状況でなければ見惚れそうなほどの極上の笑みを浮かべて尋ねてきた。
「この状況で、『じゃあ仕切り直そうか』ってみんなで連れ立って森から出ようという提案なの? それ。本気で言ってる?」
凄まれてる。
完全に「少し黙れば」という類の圧力。ひしひしと感じつつ、アシュレイは力なく頷いた。
「その、通り、です。何かあっても、私、避けたりできないので」
「気合が足りない」
さらりとカイルにいかにも同僚らしいことを言われて、アシュレイは「くっ」と変な息を漏らした。
(このひとは、私の敵なのか味方なのか)
どちらかというと「敵寄りの敵」で間違いない気がする。
「アシュレイ、俺の方へおいで。俺は踏んだり蹴ったりしない。きちんと避けて戦う」
エグバードは両腕を広げて「おいでおいで」をしていた。
顔を上げて、アシュレイは思わず目を輝かせてしまう。
(さすが夫、優しい……ブスとかアホとか言わないし、「踏んだり蹴ったりしない」確約だし。優しい。……優しい……? 優しいってなに……?)
何やら自己暗示の気配を感じて、アシュレイは深呼吸した。落ち着いて考え直そうと。
そのとき、そばまできていたライアスに、ひょいっと抱きあげられる。
最近よくひとに持ち運びされているなぁ、と思ったところで間近でにこりと微笑まれた。
「確保」
しんと、静まり返る。
ぴょー、という鳥の鳴き声や葉擦れの音がやけにくっきりと響いた。
(確保……?)
うかがうように見上げると、ライアスが満面の笑みを浮かべて言う。
「そういうわけで、思う存分戦ってください。アシュレイ様は私が責任もって安全な場所までお運びします」
「そっっっち!? 止めないんだ!?」
思わず素で騒いだ後、脇腹の痛みにアシュレイは轟沈してしまう。
「心配いらない、アシュレイ。五秒で片づける」
エグバードには何やら自信満々に言われたが、言っている間に五秒経過しているので、信ぴょう性が限りなく低い。
「放っておきましょう、アシュレイ様。朝ご飯は召し上がりましたか」
「ええ、それなりに」
もはやエグバードたちに構うことなく、アシュレイを抱えたライアスは背を向けて歩き出す。
背後で涼やかに金属が触れあう音が響いた。
「ライアスさん、この後の行程はどうなってます? アリシア姫から追手はかかってないんですか?」
まだ城からさほど離れたところまで来ているとは思えないし、その気になれば見つけられて始末されそうだ。
自分の怪我のせいで身動きとれなくなっていたのはわかるが、少しでも遠くへ逃れた方がいいように思う。
「大丈夫。取引が成立しているから」
「取引」
問答無用で恋敵を惨たらしく殺そうとする姫君と、理性的な会話が果たして成り立つのだろうか?
その疑問から聞き返したアシュレイに、ライアスはこともなく言った。
「できるだけ生きた状態で確保して、連れ戻すようにって」
「……」
あっ。
そういう。
取引。
理解が追いついてアシュレイは項垂れてしまう。
剣戟の音はいまだ遠くで響いている。エグバードにしろ、カイルにしろ、ここまで駆けつける様子はない。
(ずいぶん長い五秒ですよねエグバード様……!!)
「傷口開かないように一応気を付けるけど。開いたらごめんね。がんばって」
人の良い顔をしたライアスには、ほんのり優しいことを言われた。
アシュレイはとりあえず微笑んでみた。