身代わりの少女騎士は王子の愛に気づかない
【3-4】内通者の目論見
(攫われ癖のあるお姫様のようになってしまった)
ライアスに軽々と運ばれ、森の出口に繋いで待機させていた馬に乗ってさらに遠くへと早駆けされながら、アシュレイはつとめて冷静に考えてみた。
(誘拐第二弾。目的のよくわからなかったカイルに比べて、ライアスさんの場合は悪質さが際立っているから対応が考えやすいかも)
傷に響くのを考慮して余計な会話を避けているが、先程の情報によれば、アリシア姫に売られるらしい。
確かに、自分を殺しそびれたアリシアが、口封じすらせずにあっさり諦めるのは考えにくかった。いずれなんらかの手を打ってくるとは思っていた。
それが内通者という手段になったとしても、それほど不思議ではない。
エグバードの人望のなさには若干がっかりしているが。
(考えようによってはかなりかわいそうよね、エグバード様。好きになったレイナ姫には「結婚お受けします」って言われた後に思いっきり振られているし、全然好きじゃないアリシア姫に迫られた挙句に投獄されて兵糧攻めと殺人教唆されるし。なんとか逃げてきたけど「ちょっと不自然かなぁ」と思っていたら部下に裏切られているし。ん~……)
同情する余地があるかと言えば、全然ないわけでもなく少しばかりならある。
しかし、「もうちょっとどうにかした方が……、これだから王位継承とかあんまり考えないでのんびり育った三男は」という思いが無いわけでもない。
「アシュレイ様は肝が据わってらっしゃる。あれだけ恐ろしい目にあったアクチュエラ城に連れ戻されるというのに、泣きも騒ぎもしない」
街道に出て馬を走らせながら、ライアスに妙に感心した口調で言われた。
「傷にひびくので」
最小限の受け答えに留めるも、ライアスには低い声で笑い飛ばされる。
「傷が開いてしまうと、いざという時にろくに動けない、ということですか。そうですね、あなたは護衛騎士としての訓練を受けている。捕まったからといって、まさかこのままアリシア姫に惨殺されるのを甘んじて受け入れるおつもりではないでしょう?」
……うわあ。
(やっぱり惨殺する気だったか……、あのお姫様。エグバード様と私は今なんやかんやの事情で結婚済みだけど、二、三年すればフリーになるはずだから焦らないでって打ち明けてしまおうかな)
結構な国家機密だが、命が助かる可能性があるとすればそこだ。
自分とエグバードの間には恋愛感情はおろか、国と国の王族同士の結びつきすら存在しない。義理や同情と利害関係だけのその場しのぎの結婚なので、穏便に解消できる機会があれば終わるのだ。少し時間はかかるが、投獄監禁したり、妻をその手で殺させたりする必要はない。
「惨殺……は、されたくないですね。正直なところ、先日投獄された段階では、アリだと、思って、いたんですけど、いまは……」
護衛騎士として生きてきた身として、主君寄りの存在であるエグバードを生かすことは自分の使命だと、特に疑いもせずに信じていた。あの段階では、解決方法が自分の死であるなら安いものだとすら思ってしまっていた。
「気が変わりました?」
ライアスに質問をされ、アシュレイは少しだけ考え込んでしまう。
言葉を取り繕うのを諦めて、正直に言った。
「自分の命にも、意味や、価値があるのかと……。ただ殺されるのは嫌だなと、思いました」
もしエグバードに、あの場で命を奪われていたら、こんなことを考えることもなく終わっていた。
危機を作り出したのはエグバードの警戒心の無さであるが、結果的に自分を大切にすることを教えてくれたのもエグバードである。そう思えばこそ、その力になりたい気持ちも依然としてある。
「アシュレイ様は、私がエグバード様を裏切ったとお考えですか?」
続けて尋ねられて、はて、とアシュレイは自分を抱きかかえているライアスを見上げた。
「裏切りではない、と?」
エグバードの裏をかく形で、アリシア姫にアシュレイを届けようとしている、その行為。
「エグバード様は大らかに過ぎるところがありますが、仕えるのには大変良い王子様だと思っています。進んで裏切りたいとは思いません」
「家族や大切なひとが、アリシア姫に捕らえられ、やむを得ず、とかですか?」
そうでなければ、内通者を引き受ける理由が思いつかない。
しかし、ライアスにはすぐに「いいえ」と否定された。
「そういうわけではないんです。アシュレイ様が怪我をなさってしまうのは想定外でしたが、回復傾向にある今ならギリギリなんとかなるのではないかと、折り入ってお願いがありまして」
「お願い」
ライアスが片手で手綱を引き、馬の走りを緩やかなものにする。
アシュレイは街道の進行方向に目を向けた。
数人の騎兵が待ち構えている。二本の剣を組み合わせて蛇を巻き付かせた徽章や兵装から、アリシア姫の配下と見当をつける。
腕を上げて合図をしてから、相手に気付かれない音量でライアスはごくさりげなくアシュレイに対して囁いた。
「後顧の憂いをなくすべく、アシュレイ様にはぜひアリシア様を討って頂きたいのです。兵士の心得のあるあなたなら可能ではないかと思いまして。アリシア姫の元にお届けします」
ライアスに軽々と運ばれ、森の出口に繋いで待機させていた馬に乗ってさらに遠くへと早駆けされながら、アシュレイはつとめて冷静に考えてみた。
(誘拐第二弾。目的のよくわからなかったカイルに比べて、ライアスさんの場合は悪質さが際立っているから対応が考えやすいかも)
傷に響くのを考慮して余計な会話を避けているが、先程の情報によれば、アリシア姫に売られるらしい。
確かに、自分を殺しそびれたアリシアが、口封じすらせずにあっさり諦めるのは考えにくかった。いずれなんらかの手を打ってくるとは思っていた。
それが内通者という手段になったとしても、それほど不思議ではない。
エグバードの人望のなさには若干がっかりしているが。
(考えようによってはかなりかわいそうよね、エグバード様。好きになったレイナ姫には「結婚お受けします」って言われた後に思いっきり振られているし、全然好きじゃないアリシア姫に迫られた挙句に投獄されて兵糧攻めと殺人教唆されるし。なんとか逃げてきたけど「ちょっと不自然かなぁ」と思っていたら部下に裏切られているし。ん~……)
同情する余地があるかと言えば、全然ないわけでもなく少しばかりならある。
しかし、「もうちょっとどうにかした方が……、これだから王位継承とかあんまり考えないでのんびり育った三男は」という思いが無いわけでもない。
「アシュレイ様は肝が据わってらっしゃる。あれだけ恐ろしい目にあったアクチュエラ城に連れ戻されるというのに、泣きも騒ぎもしない」
街道に出て馬を走らせながら、ライアスに妙に感心した口調で言われた。
「傷にひびくので」
最小限の受け答えに留めるも、ライアスには低い声で笑い飛ばされる。
「傷が開いてしまうと、いざという時にろくに動けない、ということですか。そうですね、あなたは護衛騎士としての訓練を受けている。捕まったからといって、まさかこのままアリシア姫に惨殺されるのを甘んじて受け入れるおつもりではないでしょう?」
……うわあ。
(やっぱり惨殺する気だったか……、あのお姫様。エグバード様と私は今なんやかんやの事情で結婚済みだけど、二、三年すればフリーになるはずだから焦らないでって打ち明けてしまおうかな)
結構な国家機密だが、命が助かる可能性があるとすればそこだ。
自分とエグバードの間には恋愛感情はおろか、国と国の王族同士の結びつきすら存在しない。義理や同情と利害関係だけのその場しのぎの結婚なので、穏便に解消できる機会があれば終わるのだ。少し時間はかかるが、投獄監禁したり、妻をその手で殺させたりする必要はない。
「惨殺……は、されたくないですね。正直なところ、先日投獄された段階では、アリだと、思って、いたんですけど、いまは……」
護衛騎士として生きてきた身として、主君寄りの存在であるエグバードを生かすことは自分の使命だと、特に疑いもせずに信じていた。あの段階では、解決方法が自分の死であるなら安いものだとすら思ってしまっていた。
「気が変わりました?」
ライアスに質問をされ、アシュレイは少しだけ考え込んでしまう。
言葉を取り繕うのを諦めて、正直に言った。
「自分の命にも、意味や、価値があるのかと……。ただ殺されるのは嫌だなと、思いました」
もしエグバードに、あの場で命を奪われていたら、こんなことを考えることもなく終わっていた。
危機を作り出したのはエグバードの警戒心の無さであるが、結果的に自分を大切にすることを教えてくれたのもエグバードである。そう思えばこそ、その力になりたい気持ちも依然としてある。
「アシュレイ様は、私がエグバード様を裏切ったとお考えですか?」
続けて尋ねられて、はて、とアシュレイは自分を抱きかかえているライアスを見上げた。
「裏切りではない、と?」
エグバードの裏をかく形で、アリシア姫にアシュレイを届けようとしている、その行為。
「エグバード様は大らかに過ぎるところがありますが、仕えるのには大変良い王子様だと思っています。進んで裏切りたいとは思いません」
「家族や大切なひとが、アリシア姫に捕らえられ、やむを得ず、とかですか?」
そうでなければ、内通者を引き受ける理由が思いつかない。
しかし、ライアスにはすぐに「いいえ」と否定された。
「そういうわけではないんです。アシュレイ様が怪我をなさってしまうのは想定外でしたが、回復傾向にある今ならギリギリなんとかなるのではないかと、折り入ってお願いがありまして」
「お願い」
ライアスが片手で手綱を引き、馬の走りを緩やかなものにする。
アシュレイは街道の進行方向に目を向けた。
数人の騎兵が待ち構えている。二本の剣を組み合わせて蛇を巻き付かせた徽章や兵装から、アリシア姫の配下と見当をつける。
腕を上げて合図をしてから、相手に気付かれない音量でライアスはごくさりげなくアシュレイに対して囁いた。
「後顧の憂いをなくすべく、アシュレイ様にはぜひアリシア様を討って頂きたいのです。兵士の心得のあるあなたなら可能ではないかと思いまして。アリシア姫の元にお届けします」