身代わりの少女騎士は王子の愛に気づかない
【3-8】恋の空騒ぎは
「助けに来たぞ!!」
飛び込んできたエグバードと目が合う。
連戦を潜り抜けてきたのであろう、息を弾ませていたが、疲労の色はない。
瞳を輝かせ、鮮やかな笑みを浮かべていた。
視線が絡んだ一瞬、わずかの躊躇いがあったのは、名を呼ぶのを堪えたせいだと思われた。アシュレイ、と。
事情を知らぬ者がいる場では、レイナで通さねばならない。
アシュレイは極めて中途半端な微笑を浮かべて頷いてみせた。
なお、いまだソファでアリシアに組み敷かれている状態である。
姫君の膝は、アシュレイの脇腹の怪我に軽くめりこむように触れていて、緊張感は抜群。
「助けに……」
(……助けとは?)
エグバードに曖昧な笑みを向けつつ、疑問を覚えてしまったアシュレイは言葉を途切れさせた。
「諸悪の根源はライアスさんでは?」と口走りそうになったものの、寸前で飲み込む。
ことこの期に及んで「根源」など追及しない方が良いに決まっている。
何せその前にカイルに誘拐されたのはアシュレイである。
さらに言えば、そもそもこの状況を作る原因となったのは、結婚を承諾しながら騎士団長オズワルドとどさくさに紛れて駆け落ちしたレイナであった。
大体、アシュレイの自国人たちによる暴走が諸々の災厄を引き起こしている。
(何かと同朋がすみません)
申し訳ない気分にもなってくるというもの。
なお、カイルはどうしたのだろうと思う間もなく、迫って来ていたらしい兵士を開いたドアの向こうでズシャっと蹴り上げている姿が見えた。元気そうだった。
その挙句、悠々と部屋に入って来て、開口一番、一番まずい事情を口にしてしまった。
「アシュレイ、迎えに来た」
(名前言っちゃった~~、エグバード様は言わなかったのに。カイルが言っちゃった~~)
天然だなぁ、と頭を抱えたくなる。
それでいて、目が合った瞬間、邪悪なまでに清々しく微笑まれて、これはわざとかも、という考えもかすめた。
アシュレイの上に乗り上げていたアリシアが、ちらりと視線を向けてくる。
何か、とても言いたげな笑みを浮かべていた。
(なんだろう、私はそこまで察しが良くないので読み取れないんですけど、絶対腹に一物がありますね……)
わかんないです、アイコンタクトだけではわかりません、という意味を込めてアシュレイは虚ろに笑いながら小さく首を振った。
心得たように、アリシアに力強く頷き返される。
顔を上げて、侵入者の男二人に目を向けて鋭く言い放った。
「こちらの姫君の本当の名前が『アシュレイ』ということ? レイナ姫ではないのね」
(うん。ばれてる)
それ以外には考えようがない状況だし、致し方ない。
エグバードは鼻白んだような表情になりかけたが、気を取り直したように答えた。
「俺の愛する妻だ。返してもらいにきた」
アリシアの膝が、アシュレイの怪我をやわらかく圧してくる。アシュレイは「くっ」と息をのんだ。
「お生憎さま。わたくしたちの関係は見ての通りよ。邪魔をしにきたのはあなた。お帰り頂けるかしら?」
「見ての通り……」
エグバードとカイルの視線が集中するのを感じて、アシュレイは奥歯を噛みしめた。どういう反応だろうと思うものの、アシュレイ自身説明が思いつかない。
だが、いつまでもそのままではいられない。
(いずれにせよ、来てしまったものは仕方ない)
彼らの目的はアシュレイを取り戻すこと。
アリシアの目的はアシュレイの確保。
私は。
アシュレイはごくわずかに目を細める。呼吸を整え、すばやく腕を伸ばしてアリシアの手首を掴んで捻り上げ、身を翻す。ソファから転がり落ちながら、怪我の痛みに顔をしかめつつ立ち上がった。
「いい加減にしてください! 王族の色恋沙汰に巻き込まれるのはいい迷惑です!! エグバード様とアリシア様はもっと話し合ってください、カイルは何しにきたのかわからないんですけど、ひっかきまわさない!!」
思いっきり声を張り上げてはみたものの、威勢の良さは長く続かず。いてててて、と脇腹をおさえて前かがみになってしまった。
素早く歩み寄ってきたエグバードに「大丈夫か」と横から支えられる。
そのまま、控えめながらおそるおそる確認された。
「アリシア姫とは、その……何も?」
「『何も』って何を聞きたいのかわかりませんが、今のところ何もありません。アリシア様の目的はたぶん『処女の生き血』みたいですけど、傷口開かれる以上のことはなかったです」
言っているうちに、傷の痛みで気が遠くなってきた。
飛び込んできたエグバードと目が合う。
連戦を潜り抜けてきたのであろう、息を弾ませていたが、疲労の色はない。
瞳を輝かせ、鮮やかな笑みを浮かべていた。
視線が絡んだ一瞬、わずかの躊躇いがあったのは、名を呼ぶのを堪えたせいだと思われた。アシュレイ、と。
事情を知らぬ者がいる場では、レイナで通さねばならない。
アシュレイは極めて中途半端な微笑を浮かべて頷いてみせた。
なお、いまだソファでアリシアに組み敷かれている状態である。
姫君の膝は、アシュレイの脇腹の怪我に軽くめりこむように触れていて、緊張感は抜群。
「助けに……」
(……助けとは?)
エグバードに曖昧な笑みを向けつつ、疑問を覚えてしまったアシュレイは言葉を途切れさせた。
「諸悪の根源はライアスさんでは?」と口走りそうになったものの、寸前で飲み込む。
ことこの期に及んで「根源」など追及しない方が良いに決まっている。
何せその前にカイルに誘拐されたのはアシュレイである。
さらに言えば、そもそもこの状況を作る原因となったのは、結婚を承諾しながら騎士団長オズワルドとどさくさに紛れて駆け落ちしたレイナであった。
大体、アシュレイの自国人たちによる暴走が諸々の災厄を引き起こしている。
(何かと同朋がすみません)
申し訳ない気分にもなってくるというもの。
なお、カイルはどうしたのだろうと思う間もなく、迫って来ていたらしい兵士を開いたドアの向こうでズシャっと蹴り上げている姿が見えた。元気そうだった。
その挙句、悠々と部屋に入って来て、開口一番、一番まずい事情を口にしてしまった。
「アシュレイ、迎えに来た」
(名前言っちゃった~~、エグバード様は言わなかったのに。カイルが言っちゃった~~)
天然だなぁ、と頭を抱えたくなる。
それでいて、目が合った瞬間、邪悪なまでに清々しく微笑まれて、これはわざとかも、という考えもかすめた。
アシュレイの上に乗り上げていたアリシアが、ちらりと視線を向けてくる。
何か、とても言いたげな笑みを浮かべていた。
(なんだろう、私はそこまで察しが良くないので読み取れないんですけど、絶対腹に一物がありますね……)
わかんないです、アイコンタクトだけではわかりません、という意味を込めてアシュレイは虚ろに笑いながら小さく首を振った。
心得たように、アリシアに力強く頷き返される。
顔を上げて、侵入者の男二人に目を向けて鋭く言い放った。
「こちらの姫君の本当の名前が『アシュレイ』ということ? レイナ姫ではないのね」
(うん。ばれてる)
それ以外には考えようがない状況だし、致し方ない。
エグバードは鼻白んだような表情になりかけたが、気を取り直したように答えた。
「俺の愛する妻だ。返してもらいにきた」
アリシアの膝が、アシュレイの怪我をやわらかく圧してくる。アシュレイは「くっ」と息をのんだ。
「お生憎さま。わたくしたちの関係は見ての通りよ。邪魔をしにきたのはあなた。お帰り頂けるかしら?」
「見ての通り……」
エグバードとカイルの視線が集中するのを感じて、アシュレイは奥歯を噛みしめた。どういう反応だろうと思うものの、アシュレイ自身説明が思いつかない。
だが、いつまでもそのままではいられない。
(いずれにせよ、来てしまったものは仕方ない)
彼らの目的はアシュレイを取り戻すこと。
アリシアの目的はアシュレイの確保。
私は。
アシュレイはごくわずかに目を細める。呼吸を整え、すばやく腕を伸ばしてアリシアの手首を掴んで捻り上げ、身を翻す。ソファから転がり落ちながら、怪我の痛みに顔をしかめつつ立ち上がった。
「いい加減にしてください! 王族の色恋沙汰に巻き込まれるのはいい迷惑です!! エグバード様とアリシア様はもっと話し合ってください、カイルは何しにきたのかわからないんですけど、ひっかきまわさない!!」
思いっきり声を張り上げてはみたものの、威勢の良さは長く続かず。いてててて、と脇腹をおさえて前かがみになってしまった。
素早く歩み寄ってきたエグバードに「大丈夫か」と横から支えられる。
そのまま、控えめながらおそるおそる確認された。
「アリシア姫とは、その……何も?」
「『何も』って何を聞きたいのかわかりませんが、今のところ何もありません。アリシア様の目的はたぶん『処女の生き血』みたいですけど、傷口開かれる以上のことはなかったです」
言っているうちに、傷の痛みで気が遠くなってきた。