身代わりの少女騎士は王子の愛に気づかない
【3-9】手を結ぶ
「傷口を開かれる?」
なんとか意識を繋ぎ止めて、口で呼吸をしながら答える。
「ぐりぐりいじめられました。たぶん、そのうち両手を傷口にかけて開いて牙を突き立て、そのまま生き血をすするつもりだったんじゃないかと思いますけど、その前になんとか。あ、そうか」
アリシアのその絵面、想像すると凄まじいなと思いつつ。
唐突に気付いて、エグバードを見上げる。
じくじくとした傷口の痛みに耐えながら、なんとか微笑んで見せた。
「そう考えると私、結構まずい状況でしたね。助けに来てもらって良かったんだ」
理解して、納得したことを伝えてみた。
大きく目を見開いたエグバードに、顔を覗き込まれる。
「それはもちろん……。君の身の安全に関して、俺には責任がある」
そうだ、そんなことも言っていた気がする。
「『守る』っていう約束を果たしにきたんですか? エグバード様、律儀ですね」
エグバードはアシュレイを片腕で支えながら、もう一方の手でアシュレイの手を包み込み、唇に寄せて指に口づけた。
「当然だ。無事で? 良かった」
若干の疑問を覚えたらしかったが、まずまずの再会を喜んでくれているらしい。
アシュレイははにかむように笑ってから「痛い……」と堪えきれずに呟き、エグバードに抱きかかえられた。
(最近、いつもこれだ)
心は遠く、結ばれてなどいないはずなのに。まるで大切な相手のように扱われている。
この状態では剣が振るえないはずとか、足手まといになってしまう、どうやって脱出するつもりだろうという実質的なことが頭の中を駆け巡ったが。
何もかも不安とともに押し込めて、その胸に額を寄せた。
「カイルとは仲直りしたんですか」
「喋ると辛そうだな。黙っていていい。あの男に関しては、アシュレイを連れ戻すつもりらしいので、一時休戦だ。アシュレイを取り返してから改めて決着をつけることになっている」
「う~ん、なんの用なんだろう……」
腕にしっかりと包み込まれると、全身の力が抜けそうだった。
「怪我人なのに、無理をさせて悪かったな」
エグバードにぼそりと言われて、アシュレイは「ライアスさんから聞きました?」と言おうか言うまいか悩み、結局目を閉ざした。
少なくとも、この人は絶対に自分を裏切らない。そう信じて。
* * *
二人の様子を興味深げに見ていたアリシアは、たたんだ扇を口元で広げて、カイルに視線を流した。
視線をエグバードとアシュレイから逸らさぬまま、カイルは素早くアリシアの元へと歩み寄る。
「結局のところ、どういうことなのかしら、あの二人」
扇の影から抑制された声で尋ねられ、カイルは落ち着き払って答えた。
「無理してるんですよ」
「どのように」
「愛なんてないのに、必死に夫婦の形を取り繕っているんです。かわいそうにアシュレイは、あんな怪我までして」
怪我、という単語を耳にしたアリシアは軽く咳ばらいをしてさりげなく話を終わらせた。
扇でぱたぱたと自分を仰ぎつつ、ふうん、と考え深げな声を上げる。
「わたくしが話を聞いた限りはエグバード様の片思いかと思っていたのだけど……。こうして見るとそこまで絶望的でもないような……。この際はっきりさせたいわね」
目を細めてアリシアを見下ろしたカイルが、押し殺した声で問いかけた。
「何を?」
ぱちん、と扇を閉じてアリシアは厳かに宣言する。
「別れるかくっつくか、はっきりさせたいと思わない? ああいう中途半端な両片思い見ているとむずがゆくて……、いっそぶち壊したくなるの」
神妙な顔をで聞いていたカイルは、なるほど、と頷いてから言った。
「加勢します」
なんとか意識を繋ぎ止めて、口で呼吸をしながら答える。
「ぐりぐりいじめられました。たぶん、そのうち両手を傷口にかけて開いて牙を突き立て、そのまま生き血をすするつもりだったんじゃないかと思いますけど、その前になんとか。あ、そうか」
アリシアのその絵面、想像すると凄まじいなと思いつつ。
唐突に気付いて、エグバードを見上げる。
じくじくとした傷口の痛みに耐えながら、なんとか微笑んで見せた。
「そう考えると私、結構まずい状況でしたね。助けに来てもらって良かったんだ」
理解して、納得したことを伝えてみた。
大きく目を見開いたエグバードに、顔を覗き込まれる。
「それはもちろん……。君の身の安全に関して、俺には責任がある」
そうだ、そんなことも言っていた気がする。
「『守る』っていう約束を果たしにきたんですか? エグバード様、律儀ですね」
エグバードはアシュレイを片腕で支えながら、もう一方の手でアシュレイの手を包み込み、唇に寄せて指に口づけた。
「当然だ。無事で? 良かった」
若干の疑問を覚えたらしかったが、まずまずの再会を喜んでくれているらしい。
アシュレイははにかむように笑ってから「痛い……」と堪えきれずに呟き、エグバードに抱きかかえられた。
(最近、いつもこれだ)
心は遠く、結ばれてなどいないはずなのに。まるで大切な相手のように扱われている。
この状態では剣が振るえないはずとか、足手まといになってしまう、どうやって脱出するつもりだろうという実質的なことが頭の中を駆け巡ったが。
何もかも不安とともに押し込めて、その胸に額を寄せた。
「カイルとは仲直りしたんですか」
「喋ると辛そうだな。黙っていていい。あの男に関しては、アシュレイを連れ戻すつもりらしいので、一時休戦だ。アシュレイを取り返してから改めて決着をつけることになっている」
「う~ん、なんの用なんだろう……」
腕にしっかりと包み込まれると、全身の力が抜けそうだった。
「怪我人なのに、無理をさせて悪かったな」
エグバードにぼそりと言われて、アシュレイは「ライアスさんから聞きました?」と言おうか言うまいか悩み、結局目を閉ざした。
少なくとも、この人は絶対に自分を裏切らない。そう信じて。
* * *
二人の様子を興味深げに見ていたアリシアは、たたんだ扇を口元で広げて、カイルに視線を流した。
視線をエグバードとアシュレイから逸らさぬまま、カイルは素早くアリシアの元へと歩み寄る。
「結局のところ、どういうことなのかしら、あの二人」
扇の影から抑制された声で尋ねられ、カイルは落ち着き払って答えた。
「無理してるんですよ」
「どのように」
「愛なんてないのに、必死に夫婦の形を取り繕っているんです。かわいそうにアシュレイは、あんな怪我までして」
怪我、という単語を耳にしたアリシアは軽く咳ばらいをしてさりげなく話を終わらせた。
扇でぱたぱたと自分を仰ぎつつ、ふうん、と考え深げな声を上げる。
「わたくしが話を聞いた限りはエグバード様の片思いかと思っていたのだけど……。こうして見るとそこまで絶望的でもないような……。この際はっきりさせたいわね」
目を細めてアリシアを見下ろしたカイルが、押し殺した声で問いかけた。
「何を?」
ぱちん、と扇を閉じてアリシアは厳かに宣言する。
「別れるかくっつくか、はっきりさせたいと思わない? ああいう中途半端な両片思い見ているとむずがゆくて……、いっそぶち壊したくなるの」
神妙な顔をで聞いていたカイルは、なるほど、と頷いてから言った。
「加勢します」