身代わりの少女騎士は王子の愛に気づかない
【4-1】同情か愛情か
「世間ではそれを、『同情』と言うのよ。決して『愛情』ではないわ。いつまで偽りの夫婦関係を続けるつもりなの?」
アリシア姫の改心(?)により、アクチュエラ城に滞在を始めて三日が過ぎていた。
その間、治療を受けながら安静に過ごすことができたこともあり、怪我の具合は各段に良くなっている。
日中、エグバードやカイルは城の兵士たちと交流を重ねて和気あいあいと過ごしており、アシュレイはアシュレイでアリシアに私室に招かれてお茶会などにいそしんでいた。
「同情……」
白磁に金縁、緑の単色で花や草木の描かれた上品なティーカップを口元から離して、アシュレイはぽつりと呟いた。
アシュレイの事情は、アリシアの知るところとなっている。
もともと勘が良い上に、名前をはじめとしたいくつかの情報が洩れてしまった後であった。しかもカイルの存在もある。あっという間に根掘り葉掘り聞き出された挙句、お茶会はさながら対策会議の場となっていた。
アシュレイは、手にしていたカップをテーブルに戻し、アリシアに目を向ける。
「そうは言っても、私がここにいる間、両国の関係は安泰とまではいかなくても、小康状態ではあります。いたずらにその関係を乱すのも……。それがエグバード様の犠牲の上に成り立っているというのは、大変心苦しくはありますが」
ガシャン、と派手な音がした。
アリシアが思い切りよく木のテーブルに拳を振り下ろしていた。所せましと焼菓子やジャムなどを盛って並べられた繊細な茶器の類が、振動で跳ね上がったかに見えた。落ちて割れないように、アシュレイは咄嗟に手でおさえこむ。
アリシアはといえば、まったく自分の手元を見ることもなく、燃え盛るような激しい目つきでアシュレイを睨みつけて、攻め立てるかのようにまくしたてた。
「わかってない。あなた、本当にわかっていないわね。『エグバード様の犠牲』じゃなくて、その関係はあなたの犠牲によって成り立っているのよ。百歩譲ってエグバード様も犠牲を払っているとしても、あなただってそう。二人とも『望まない結婚』をしている状態にあるの。それもね、王族間の取り決めとして国同士を結び付ける意味での婚姻であったならともかく、エグバード様やレイナ様にはそこまで政略結婚的意味合いがなかった、と。むしろかなり自由な恋愛結婚。ふたを開けてみたらレイナ様にまんまと逃げられてしまったとはいえ、これ自体はエグバード様の問題よ。あなた、いつまでそこに付き合っているつもりなの?」
(正論だなぁ……)
スパイスのきいたベリーの一口大のタルト手に取ってさくさく食べつつ、アシュレイは感心しきりに聞き入ってしまっていた。
やがて、アリシアが自分の返事を待っていることに遅まきながら気付いて、ごくんとタルトを飲み込む。
「いつまでというのは、ハッキリ決めていませんでしたが、折を見てと考えていました。その……、アリシア様にはもう隠し立てすることもできそうにないのですが、私とエグバード様は肉体の関係もない『白い結婚』です。さすがに、このままいつまでもというのは、エグバード様が気の毒です」
ガシャン。
来るとわかっていたので、アシュレイは速やかにテーブルを両手で抑え込んで、茶器に伝わる振動を最小限とした。
「わたくし、あなたのそういうところが問題だと思うわ。たしかに、せっかく可愛い妻を迎えたのに手を出すこともできず毎夜悶々としているエグバード様には若干同情しなくもないけれど」
アリシアは、そこまで言うと、扇を手にして目の下の高さでぱらりと広げる。
おとなしく聞いていたアシュレイは、いやいや、ないです、と顔の前で手を振って見せた。
(美姫と近隣に名が轟くほどのレイナ様であればともかく、私ですよー、私ー)
体つきは少年と変わらず、女性らしい肉付きや丸みとは縁がない。
目の前で、今にもカーマインのドレスからはみ出そうなほどの胸を揺らしているアリシアならともかく、自分に男性がよろめく余地があるとはどうしても思えなかった。
しかし、アリシアも自説を翻す気は特にないらしい。
「お聞きなさい。男性から愛されることなく、あたら若い身を持て余しながら尼のように過ごすなんて、女にとってもただただ不幸なことよ。『白い結婚』だなんて冗談じゃないわ」
「あの……、私そこまで性的なことに興味ないですし。『あたら若い身を持て余す』と言われても、普段の生活が、だいたい倒れるまで剣の鍛錬とか肉体労働が主なので。結婚後慌ただしかったですけど、今後多分そういう自由ももらえそうなので。夜も健やかに眠れますよ?」
アリシアには大仰に首を振られた挙句、溜息までつかれてしまった。
「誤魔化しているだけじゃない。そのうち、火照った体を持て余すようになるわよ。そうだわ、あなたたち寝室は共にしているのでしょう? そのまま、夫に一晩中抱き潰されて、翌朝足腰立たなくなるまで愛されたいと思わないの?」
何それ怖い。
アリシア姫の改心(?)により、アクチュエラ城に滞在を始めて三日が過ぎていた。
その間、治療を受けながら安静に過ごすことができたこともあり、怪我の具合は各段に良くなっている。
日中、エグバードやカイルは城の兵士たちと交流を重ねて和気あいあいと過ごしており、アシュレイはアシュレイでアリシアに私室に招かれてお茶会などにいそしんでいた。
「同情……」
白磁に金縁、緑の単色で花や草木の描かれた上品なティーカップを口元から離して、アシュレイはぽつりと呟いた。
アシュレイの事情は、アリシアの知るところとなっている。
もともと勘が良い上に、名前をはじめとしたいくつかの情報が洩れてしまった後であった。しかもカイルの存在もある。あっという間に根掘り葉掘り聞き出された挙句、お茶会はさながら対策会議の場となっていた。
アシュレイは、手にしていたカップをテーブルに戻し、アリシアに目を向ける。
「そうは言っても、私がここにいる間、両国の関係は安泰とまではいかなくても、小康状態ではあります。いたずらにその関係を乱すのも……。それがエグバード様の犠牲の上に成り立っているというのは、大変心苦しくはありますが」
ガシャン、と派手な音がした。
アリシアが思い切りよく木のテーブルに拳を振り下ろしていた。所せましと焼菓子やジャムなどを盛って並べられた繊細な茶器の類が、振動で跳ね上がったかに見えた。落ちて割れないように、アシュレイは咄嗟に手でおさえこむ。
アリシアはといえば、まったく自分の手元を見ることもなく、燃え盛るような激しい目つきでアシュレイを睨みつけて、攻め立てるかのようにまくしたてた。
「わかってない。あなた、本当にわかっていないわね。『エグバード様の犠牲』じゃなくて、その関係はあなたの犠牲によって成り立っているのよ。百歩譲ってエグバード様も犠牲を払っているとしても、あなただってそう。二人とも『望まない結婚』をしている状態にあるの。それもね、王族間の取り決めとして国同士を結び付ける意味での婚姻であったならともかく、エグバード様やレイナ様にはそこまで政略結婚的意味合いがなかった、と。むしろかなり自由な恋愛結婚。ふたを開けてみたらレイナ様にまんまと逃げられてしまったとはいえ、これ自体はエグバード様の問題よ。あなた、いつまでそこに付き合っているつもりなの?」
(正論だなぁ……)
スパイスのきいたベリーの一口大のタルト手に取ってさくさく食べつつ、アシュレイは感心しきりに聞き入ってしまっていた。
やがて、アリシアが自分の返事を待っていることに遅まきながら気付いて、ごくんとタルトを飲み込む。
「いつまでというのは、ハッキリ決めていませんでしたが、折を見てと考えていました。その……、アリシア様にはもう隠し立てすることもできそうにないのですが、私とエグバード様は肉体の関係もない『白い結婚』です。さすがに、このままいつまでもというのは、エグバード様が気の毒です」
ガシャン。
来るとわかっていたので、アシュレイは速やかにテーブルを両手で抑え込んで、茶器に伝わる振動を最小限とした。
「わたくし、あなたのそういうところが問題だと思うわ。たしかに、せっかく可愛い妻を迎えたのに手を出すこともできず毎夜悶々としているエグバード様には若干同情しなくもないけれど」
アリシアは、そこまで言うと、扇を手にして目の下の高さでぱらりと広げる。
おとなしく聞いていたアシュレイは、いやいや、ないです、と顔の前で手を振って見せた。
(美姫と近隣に名が轟くほどのレイナ様であればともかく、私ですよー、私ー)
体つきは少年と変わらず、女性らしい肉付きや丸みとは縁がない。
目の前で、今にもカーマインのドレスからはみ出そうなほどの胸を揺らしているアリシアならともかく、自分に男性がよろめく余地があるとはどうしても思えなかった。
しかし、アリシアも自説を翻す気は特にないらしい。
「お聞きなさい。男性から愛されることなく、あたら若い身を持て余しながら尼のように過ごすなんて、女にとってもただただ不幸なことよ。『白い結婚』だなんて冗談じゃないわ」
「あの……、私そこまで性的なことに興味ないですし。『あたら若い身を持て余す』と言われても、普段の生活が、だいたい倒れるまで剣の鍛錬とか肉体労働が主なので。結婚後慌ただしかったですけど、今後多分そういう自由ももらえそうなので。夜も健やかに眠れますよ?」
アリシアには大仰に首を振られた挙句、溜息までつかれてしまった。
「誤魔化しているだけじゃない。そのうち、火照った体を持て余すようになるわよ。そうだわ、あなたたち寝室は共にしているのでしょう? そのまま、夫に一晩中抱き潰されて、翌朝足腰立たなくなるまで愛されたいと思わないの?」
何それ怖い。