身代わりの少女騎士は王子の愛に気づかない
【4-2】背中の使い方
(愛って怖い)
アシュレイの少女らしい怯えを正確に読み取ったらしく、アリシアは扇でぱたぱたと自分を仰ぎ始めた。
「どうしたものかしら……。確かに、あなたたちの使っている部屋の掃除に入るメイドたちには確認しているけれど、ベッドに性交の痕跡もないというし」
(何を確認されているのでしょうか)
結婚後、数日とはいえ国に滞在していたときもそこまでのことはされていなかった気がする。気付かなかっただけかもしれないが。
「その……、私の怪我もありましたし、それに旅行中ですし。エグバード様になんらかの気の迷いがあったとしても、私との間でそういうことは無いと思いますよ」
「わかってないわね。新婚よ。本来なら所かまわずしたいはずだわ」
「それは、エグバード様が本来好きな方と結ばれていたらそうかもしれませんけど。私ですよ、私。ただの身代わりですし胸もないですし」
引け目に感じているせいで、余計なことを言った。
アリシアの瞳がきらりと光を放つ。
「寄せてみたら良いのではなくて。わたくしのメイドたちの技術は超一流よ。彼女たちの手にかかれば、背中の肉も胸になるわ」
(ということはアリシア様のお胸は背中なんですか?)
どういう肉体の構造をしているのだろう、と胸の谷間を覗き込みそうになったが、寸前で我に返った。
咳ばらいをして、折られかけた話を元に戻す。
「せっかくなんらかの拘束具のようなものを使って胸を寄せても、脱いでしまえば全肉解散じゃないですか。私、そもそも肉自体がさほどありませんし」
言ってから、何やらアリシアに鋭い視線を向けられていることに気付いてハッと息をのんだ。
誤魔化すようにレモンのソフトクッキーに手を伸ばす。もそもそと食す。
広げていた扇をぱちりと閉じて、アリシアは「もっとたくさん食べていいのよ。そのまま子豚になっておしまいなさい」と押し殺した声で呪詛のように呟いていた。
自分自身も一度カップを手にして唇を湿らせてから、今一度口を開く。
「よくわかったわ。つまりあなた、脱ぐ気はあるのね? ということは、エグバード様に抱かれる気はあるのね?」
「一言もそんな話をしたつもりはありませんが?」
「さすがに今は耐えているエグバード様とはいえ、目の前であなたが一糸まとわぬ姿になったら目の色を変えると思うの。試してみたいから今お貸ししている衣装類下着に至るまですべて没収していいかしら?」
(出たー。アリシア様の暴君仕草)
「だめです、だめに決まってます。たしかにエグバード様も若い男性なわけですから、目の前に裸の女性がいたら、たとえそれが私でも手を出す可能性はあります。だけどそれはなんというか……」
二人の間にある、何か脆い絆を決定的に壊してしまう気がする、と声が段々小さくなってしまう。
(私がいまこの状態に耐えられるのは、エグバード様が私に手を出さないでくれているからであって。もしその均衡が崩れたら……)
「あなたの躊躇いの理由、言い当ててあげるわ」
びしりと扇をつきつけてきたアリシアが、決然とした口調で告げた。
悪いことをしているわけでもないのに、断罪されるかのような後ろめたい気持ちで、アシュレイはアリシアを見つめる。
「理由ですか」
「そう。あなたはどうあっても『エグバード様は自分のことを好きではない』と思い込もうとしている。それは『本来の結婚相手ではない自分はいつか彼の元を去り、別れることが決まっているから』なのだと。だけど、それは誤魔化しだわ。もし本気でそう思っているのなら、あなたはカイルが迎えに来たときに抵抗したりせず、逃げ出すべきだったのよ。『いつか』ではなく『いま』その結婚は終わらせるべきなの。そうしないのはあなた自身の問題。つまり、あなたがその結婚を解消したいと思っていないの」
もはや、もそもそと齧っていた焼菓子も喉を通らなくなってしまった。
アシュレイは絶望的な面持ちでアリシアの声に耳をすませる。
アリシアは狙いすましたかのように言い放った。
「あなたはエグバード様と別れたくないのよ。エグバード様のことが好きなの。だけど、今のままだったらきっとエグバード様はあなたに手を出すことはないわ。きっかけがないもの」
心なしかものすごく楽しそうじゃないですかアリシア様、と思いつつも言い返せないアシュレイに、アリシアは朗らかに言った。
「もしあなたが不本意でいやいやで仕方なく結婚しているのだとしたらぶっ潰して別れさせようかと思っていたけど、気が変わったわ。怪我ももうほとんど問題なさそうだし。こうなったら、今晩エグバード様を落としなさい。絶対に。その為に今からあなたを磨くわ」
抵抗が出来そうにないほどその宣言は力強く。
アシュレイは心の中で呟くにとどめた。
(背中を胸にされてしまう……)
アシュレイの少女らしい怯えを正確に読み取ったらしく、アリシアは扇でぱたぱたと自分を仰ぎ始めた。
「どうしたものかしら……。確かに、あなたたちの使っている部屋の掃除に入るメイドたちには確認しているけれど、ベッドに性交の痕跡もないというし」
(何を確認されているのでしょうか)
結婚後、数日とはいえ国に滞在していたときもそこまでのことはされていなかった気がする。気付かなかっただけかもしれないが。
「その……、私の怪我もありましたし、それに旅行中ですし。エグバード様になんらかの気の迷いがあったとしても、私との間でそういうことは無いと思いますよ」
「わかってないわね。新婚よ。本来なら所かまわずしたいはずだわ」
「それは、エグバード様が本来好きな方と結ばれていたらそうかもしれませんけど。私ですよ、私。ただの身代わりですし胸もないですし」
引け目に感じているせいで、余計なことを言った。
アリシアの瞳がきらりと光を放つ。
「寄せてみたら良いのではなくて。わたくしのメイドたちの技術は超一流よ。彼女たちの手にかかれば、背中の肉も胸になるわ」
(ということはアリシア様のお胸は背中なんですか?)
どういう肉体の構造をしているのだろう、と胸の谷間を覗き込みそうになったが、寸前で我に返った。
咳ばらいをして、折られかけた話を元に戻す。
「せっかくなんらかの拘束具のようなものを使って胸を寄せても、脱いでしまえば全肉解散じゃないですか。私、そもそも肉自体がさほどありませんし」
言ってから、何やらアリシアに鋭い視線を向けられていることに気付いてハッと息をのんだ。
誤魔化すようにレモンのソフトクッキーに手を伸ばす。もそもそと食す。
広げていた扇をぱちりと閉じて、アリシアは「もっとたくさん食べていいのよ。そのまま子豚になっておしまいなさい」と押し殺した声で呪詛のように呟いていた。
自分自身も一度カップを手にして唇を湿らせてから、今一度口を開く。
「よくわかったわ。つまりあなた、脱ぐ気はあるのね? ということは、エグバード様に抱かれる気はあるのね?」
「一言もそんな話をしたつもりはありませんが?」
「さすがに今は耐えているエグバード様とはいえ、目の前であなたが一糸まとわぬ姿になったら目の色を変えると思うの。試してみたいから今お貸ししている衣装類下着に至るまですべて没収していいかしら?」
(出たー。アリシア様の暴君仕草)
「だめです、だめに決まってます。たしかにエグバード様も若い男性なわけですから、目の前に裸の女性がいたら、たとえそれが私でも手を出す可能性はあります。だけどそれはなんというか……」
二人の間にある、何か脆い絆を決定的に壊してしまう気がする、と声が段々小さくなってしまう。
(私がいまこの状態に耐えられるのは、エグバード様が私に手を出さないでくれているからであって。もしその均衡が崩れたら……)
「あなたの躊躇いの理由、言い当ててあげるわ」
びしりと扇をつきつけてきたアリシアが、決然とした口調で告げた。
悪いことをしているわけでもないのに、断罪されるかのような後ろめたい気持ちで、アシュレイはアリシアを見つめる。
「理由ですか」
「そう。あなたはどうあっても『エグバード様は自分のことを好きではない』と思い込もうとしている。それは『本来の結婚相手ではない自分はいつか彼の元を去り、別れることが決まっているから』なのだと。だけど、それは誤魔化しだわ。もし本気でそう思っているのなら、あなたはカイルが迎えに来たときに抵抗したりせず、逃げ出すべきだったのよ。『いつか』ではなく『いま』その結婚は終わらせるべきなの。そうしないのはあなた自身の問題。つまり、あなたがその結婚を解消したいと思っていないの」
もはや、もそもそと齧っていた焼菓子も喉を通らなくなってしまった。
アシュレイは絶望的な面持ちでアリシアの声に耳をすませる。
アリシアは狙いすましたかのように言い放った。
「あなたはエグバード様と別れたくないのよ。エグバード様のことが好きなの。だけど、今のままだったらきっとエグバード様はあなたに手を出すことはないわ。きっかけがないもの」
心なしかものすごく楽しそうじゃないですかアリシア様、と思いつつも言い返せないアシュレイに、アリシアは朗らかに言った。
「もしあなたが不本意でいやいやで仕方なく結婚しているのだとしたらぶっ潰して別れさせようかと思っていたけど、気が変わったわ。怪我ももうほとんど問題なさそうだし。こうなったら、今晩エグバード様を落としなさい。絶対に。その為に今からあなたを磨くわ」
抵抗が出来そうにないほどその宣言は力強く。
アシュレイは心の中で呟くにとどめた。
(背中を胸にされてしまう……)