身代わりの少女騎士は王子の愛に気づかない
【4-3】誘惑作戦
(磨いてもたかが知れていると思うんだけどなぁ……)
私ですよ、私、と何度も胸の中で繰り返す。
善は急げということでアリシアの腹心たちが部屋に集められ、暖炉の前に湯桶も運び込まれた。
脇腹の傷口に注意を払いつつ、アシュレイの丸洗いが開始される。
「あなた、髪の毛も本来の色じゃないんですってね。カイルから聞いたわ。特殊な染料だって話だけど、ここ数日染め直すことも出来てないでしょうし、洗えば落ちるのかしら」
パーテーションのようなものは特に用意されず、素っ裸にされて泡だらけになりながら洗われているアシュレイの周りを歩き回りながら、アリシアが聞いて来る。
「そうですね。そんなに日持ちがするものでもないので、綺麗に洗い流してしまえば」
元の灰色に。
何度か湯を入れ替えるという大いなる手間とともに埃も汚れも落とされて、髪の色も元に戻された。
メイドたちが傷口に清潔な包帯を巻き付けていく。他に何も身に着けていないアシュレイの体を、アリシアはしげしげと眺めた。
「……そうね。胸が無い胸が無いというけれど、そこまで絶望的に無いわけじゃないと思うの。ちょうど掌に収まるぐらいで、そのくらいが好きという男性もいると思うわ」
うんうんと頷きながら話す内容に耳を傾けつつ、アシュレイは気になっていたことをついに尋ねた。
「アリシア様は男性の生態にずいぶんお詳しいですけれど……、どなたかそういう方がいらっしゃるのですか」
アリシアは、その美貌も際立ってはいるが、体つきも優美でドレスの着こなしもさまになっており、女性らしい魅力に満ちている。黙っていれば男性たちの注目の的であろう。
(話を始めればもしかしたら驚かれる方もいるかもしれないし、従順な女性がお好きな方には向かないかもしれないけれど……)
ここ三日ほど一緒に過ごしてわかったが、頭の回転がずば抜けて早く、話し相手を決して飽きさせない話術に長けている。頭の良い女性が好き、という相手にはたまらないのではないかと思われた。
アリシアは自分の掌を畳んだ扇でぺちぺちと叩きつつ、歯噛みするような不穏な表情をしていたが、やがて珍しくふてくされたように言った。
「いるわけないでしょう。わたくしだって、自分の立場くらいわきまえているわ。恋にうつつを抜かして浮名を流し、体を許すようなことがあっては王家の姫としての価値なんか駄々下がりよ。そういう遊びは既婚者のものであって、うら若き乙女のすることではないわ」
やや悔しそうな早口だった。
(そっか……、そうでなくても、アリシア様はもともとエグバード様のことがお好きだったのだし……)
とてつもなく強引な手を打ってきた経緯もあるが。
根は良いひとということで、ひとまず。
「知識豊富な上に処女の生き血を求めていたので、てっきり見た目通りの御年齢ではないのかと思いましたが……アリシア様も、表現にえげつないところがあるとはいえ、耳年増なだけの処女だったんですね」
感慨深い気持ちで呟くと、射殺しそうな目で睨みつけられた(※なお、ほんの数日前に実際に射殺されかけている)。
「調子に乗ってると傷口抉るわよ」
「それはたぶん本気だと思うので怖いですごめんなさい失礼しました口が過ぎました」
アリシアのメイドたちによって、体に何か、花の匂いのする油がすりこまれていく。
「結婚式の日も一応こういうことはあったんですけど……。あのときはエグバード様とも『そういうことはしない』と了解が取れている状態で、何もなくて、ですね。今日、こうやって努力をしても無駄に終わる可能性もあるのですが」
せっかく手を尽くしてくれているのに申し訳ない、とアシュレイが言うも、アリシアにはきっぱりと言い返されてしまった。
「大丈夫よ。ようは、エグバード様の理性の耐久値を壊しておけばいいんでしょう」
怖い。
「そこまでして、私とエグバード様が結ばれても……。この結婚は……」
いずれ、無に帰してしまうのでは。
まだ迷いがあるのをアシュレイが垣間見せると、容赦のないアリシアによって、包帯の上から閉じた扇を傷口に突き立てられた。
「~~~~いっ……たっ」
「当たり前よ、いつまでもぐずぐず言っているから痛めつけたのよ。いい加減覚悟したらどう」
よろめきながら患部を手でおさえつつ、アシュレイはじわりと涙の滲んだ目でアリシアを見る。
(覚悟)
「あなたは結婚の解消を前提に夫婦としてのふれあいを避けてきたみたいだけど、もうその段階じゃないわ。レイナ様が本国に戻って幸せに暮らしている以上、滅多なことでは身代わりの任は解けないの。もう、あなたがエグバード様を幸せにしてあげればいいじゃない。浮気させないようにしっかりと捕まえて、子どももたくさん産んで、そのまま正妻の座に居座ればいいのよ。だって、あなたたちの結婚自体は正式なもので、しかもエグバード様はあなたの正体までわかった上で娶っているのでしょう? あとはあなた次第なのだわ」
アリシア得意の畳みかけるような長広舌を聞きながら、アシュレイはたしかに、と認めざるを得ない。
(おそらく私はエグバード様にひかれている。姫様付きの護衛として側に従いながら、歓迎の夜会で初めてお会いしたときから……)
私ですよ、私、と何度も胸の中で繰り返す。
善は急げということでアリシアの腹心たちが部屋に集められ、暖炉の前に湯桶も運び込まれた。
脇腹の傷口に注意を払いつつ、アシュレイの丸洗いが開始される。
「あなた、髪の毛も本来の色じゃないんですってね。カイルから聞いたわ。特殊な染料だって話だけど、ここ数日染め直すことも出来てないでしょうし、洗えば落ちるのかしら」
パーテーションのようなものは特に用意されず、素っ裸にされて泡だらけになりながら洗われているアシュレイの周りを歩き回りながら、アリシアが聞いて来る。
「そうですね。そんなに日持ちがするものでもないので、綺麗に洗い流してしまえば」
元の灰色に。
何度か湯を入れ替えるという大いなる手間とともに埃も汚れも落とされて、髪の色も元に戻された。
メイドたちが傷口に清潔な包帯を巻き付けていく。他に何も身に着けていないアシュレイの体を、アリシアはしげしげと眺めた。
「……そうね。胸が無い胸が無いというけれど、そこまで絶望的に無いわけじゃないと思うの。ちょうど掌に収まるぐらいで、そのくらいが好きという男性もいると思うわ」
うんうんと頷きながら話す内容に耳を傾けつつ、アシュレイは気になっていたことをついに尋ねた。
「アリシア様は男性の生態にずいぶんお詳しいですけれど……、どなたかそういう方がいらっしゃるのですか」
アリシアは、その美貌も際立ってはいるが、体つきも優美でドレスの着こなしもさまになっており、女性らしい魅力に満ちている。黙っていれば男性たちの注目の的であろう。
(話を始めればもしかしたら驚かれる方もいるかもしれないし、従順な女性がお好きな方には向かないかもしれないけれど……)
ここ三日ほど一緒に過ごしてわかったが、頭の回転がずば抜けて早く、話し相手を決して飽きさせない話術に長けている。頭の良い女性が好き、という相手にはたまらないのではないかと思われた。
アリシアは自分の掌を畳んだ扇でぺちぺちと叩きつつ、歯噛みするような不穏な表情をしていたが、やがて珍しくふてくされたように言った。
「いるわけないでしょう。わたくしだって、自分の立場くらいわきまえているわ。恋にうつつを抜かして浮名を流し、体を許すようなことがあっては王家の姫としての価値なんか駄々下がりよ。そういう遊びは既婚者のものであって、うら若き乙女のすることではないわ」
やや悔しそうな早口だった。
(そっか……、そうでなくても、アリシア様はもともとエグバード様のことがお好きだったのだし……)
とてつもなく強引な手を打ってきた経緯もあるが。
根は良いひとということで、ひとまず。
「知識豊富な上に処女の生き血を求めていたので、てっきり見た目通りの御年齢ではないのかと思いましたが……アリシア様も、表現にえげつないところがあるとはいえ、耳年増なだけの処女だったんですね」
感慨深い気持ちで呟くと、射殺しそうな目で睨みつけられた(※なお、ほんの数日前に実際に射殺されかけている)。
「調子に乗ってると傷口抉るわよ」
「それはたぶん本気だと思うので怖いですごめんなさい失礼しました口が過ぎました」
アリシアのメイドたちによって、体に何か、花の匂いのする油がすりこまれていく。
「結婚式の日も一応こういうことはあったんですけど……。あのときはエグバード様とも『そういうことはしない』と了解が取れている状態で、何もなくて、ですね。今日、こうやって努力をしても無駄に終わる可能性もあるのですが」
せっかく手を尽くしてくれているのに申し訳ない、とアシュレイが言うも、アリシアにはきっぱりと言い返されてしまった。
「大丈夫よ。ようは、エグバード様の理性の耐久値を壊しておけばいいんでしょう」
怖い。
「そこまでして、私とエグバード様が結ばれても……。この結婚は……」
いずれ、無に帰してしまうのでは。
まだ迷いがあるのをアシュレイが垣間見せると、容赦のないアリシアによって、包帯の上から閉じた扇を傷口に突き立てられた。
「~~~~いっ……たっ」
「当たり前よ、いつまでもぐずぐず言っているから痛めつけたのよ。いい加減覚悟したらどう」
よろめきながら患部を手でおさえつつ、アシュレイはじわりと涙の滲んだ目でアリシアを見る。
(覚悟)
「あなたは結婚の解消を前提に夫婦としてのふれあいを避けてきたみたいだけど、もうその段階じゃないわ。レイナ様が本国に戻って幸せに暮らしている以上、滅多なことでは身代わりの任は解けないの。もう、あなたがエグバード様を幸せにしてあげればいいじゃない。浮気させないようにしっかりと捕まえて、子どももたくさん産んで、そのまま正妻の座に居座ればいいのよ。だって、あなたたちの結婚自体は正式なもので、しかもエグバード様はあなたの正体までわかった上で娶っているのでしょう? あとはあなた次第なのだわ」
アリシア得意の畳みかけるような長広舌を聞きながら、アシュレイはたしかに、と認めざるを得ない。
(おそらく私はエグバード様にひかれている。姫様付きの護衛として側に従いながら、歓迎の夜会で初めてお会いしたときから……)