身代わりの少女騎士は王子の愛に気づかない

【4-5】一服盛られて

 エグバードがとても気の毒な状態であることはわかった。

(理性を瓦解させるとは)

 散々体を磨き上げられて、夕食までアリシアを二人で過ごしてから部屋に戻ったら、エグバードが椅子に腰かけつつ脂汗を滲ませた状態で頭を抱えていた。

「アシュレイ、たのむ……そばに寄らないでくれ……たのむ……。後生だから……」

(後生だから、って頼み方、はじめて聞いた)

 アシュレイの方へ顔を向けることもなく、掌を向けて何かを防ぐような仕草をしている。

「その、どんなステータス異常ですか、それ。かなり具合悪そうなんですけど。場合によってはどなたか呼んできます。適切な処置を」

 うぐぐぐ、とエグバードが呻き声をもらした。
 白のフリルドレスにレース編みのガウンをひっかけただけのアシュレイは、素早く歩み寄ってエグバードの顔を下から見上げた。

「はっきり仰ってください。どうしたんですか? 具合が悪いのはお腹ですか頭ですか」

 頭を抱えているということはそっちかな、と推し量りつつ尋ねてみた。

「媚薬を……。カイルにやられた」
「びやく?」

 なんのことだろう、と聞き返すと、エグバードは絶望的な調子で答えてくる。

「ここ数日やけに友好的だとは思っていたんだが……。夕食時にあいつに勧められるがままにワインを飲んだら」
「エグバードさま、本当にお人がよろしくて。その警戒心の無さが数々の事件を引き起こしていることをもう少し自覚してくださいね。あ、すみません、先をどうぞ」

 つい本音が漏れてしまったが、話の腰を折っている場合ではない。

「がっつり媚薬を盛られていたらしい。今晩は俺に近づかないように」

 アシュレイは、小さく溜息をついた。

「大体、話は飲み込めました。その、つまり、月で狂暴化する(ルナティック)一歩手前の狼男状態ということですね? うら若き処女が近くをうろうろしていると、牙を突き立て爪で引き裂いてしまいそうということですね?」

 こんこんと説き伏せるかのように確認すると、エグバードはまさに飢えた獣のように低く呻いた。

「すまない。本当にすまないが、そういうことだ」

 認めた。

(少し人が良すぎるとはいえ、勇猛果敢で知られた王子様がここまで追い詰められるなんて……)

 さすがアリシア姫とカイルは容赦がない、と思いつつアシュレイは顔を覆っている手に手を重ねた。
 その瞬間、過剰なまでにびくん、とエグバードが身を震わせる。

「辛いのでは……? 本当はもう、そうしてただ座っているだけでも辛いのでは? どうしますか? 私に身を任せてしまいますか?」

 これはもう、弱っている相手 (※エグバード)とそこまで弱っていない自分 (※アシュレイ)の力関係からして、こう呼びかけるしかない。
 おそるおそる手を外したエグバードは、少年のように澄んだ目でアシュレイに訴えかけてきた。

「いつになくアシュレイが男前なんだが……。辛い。だがしかしここはなんとか持ち堪えて」

(まだぐずぐず言っているけど、媚薬の手配にあの二人が絡んでいる以上、抜け道なんかないと思う……)

「諦めてもう私に手を出してしまいましょうか。正直言えばもう少し雰囲気云々言いたかったところですけど、仕方ないです」
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