身代わりの少女騎士は王子の愛に気づかない
【2-3】救援
――あなたがわたくしとの婚姻をないがしろにし、そんなつまらない女を連れてくるから。もう少し見どころのある姫ならばいざ知らず、どこにでもいるような醜女
目を覚ます直前に思い出したのはアリシア姫の暴言。
(ブスだから見逃してもらえたのかな……。いずれエグバード様も飽きるだろうと……)
そんなことある? とは思うものの、もしそうだとしたら怖い。
美人の思考回路、怖い。
いくら美人でも、自分が男だったら絶対嫌だ。
アリシア姫は、好きなひとを手に入れる為に手段を選ばないところも怖いが、ブスには無条件に勝利を確信しているところも恐ろしい。
エグバードはいずれ再婚するはずだが、あの相手だけはやめておいた方が良いのでは、と言いたい。
ぱち、とそこで目が覚めた。
脇腹にはまだ鈍痛が残っているが、いつになく意識は明瞭。
(動けそう)
体にかけられていた掛け布を手でよけて、仮の寝台から板張りの床に足を下ろす。
窓とドアは開いていて、明るい陽射しが差し込んでいた。狭い小屋内には誰もいない。
裸足の足裏に冷たく硬い床の感触が伝わってくる。ぐっと、踏みしめて立ち上がってみた。
ぐらりと体が傾いで、その場に崩れ落ちるように倒れこむ。
「いたっ……やっぱり無理か」
呟きながら、床に手をついて這うようにドアに向かおうとしたら、さっと光が翳った。
(エグバードさま……)
何をしている、と怒られそうだなと想定しながら顔を上げる。「動けないわけにはいかないと思った」と言い訳すべく口を開く。
「アシュレイ」
覚えのある声に驚いて、アシュレイは目を瞠った。
「カイル」
赤毛に翠の瞳。少年めいた童顔だが、アシュレイよりは五歳ばかり年長でたしか二十二歳。故国の同僚で、騎士団所属の青年。
腰に剣を帯びている以外は、一介の町人のような軽装をしている。
「何をしているの」
どうしてここにいるの、との意味を込めて尋ねてみたが、カイルには「しっ」と声を控えるように指図された。
反射的に口をつぐんだアシュレイのそばにカイルはさっと歩み寄って来て、膝をつく。
「来るのが遅くなった。ひどい目に遭っているみたいだが、もう心配はいらない。助けにきたから」
「助けに?」
きょとんと聞き返してから、ふと自分の今の状態に目を向けてみる。
辛うじて裾の裂けたドレスを身に着けてはいたものの、その下はやけにすうっとしていて下着の類は何もなさそうだった。ドレスは寝ている間にどうにか血を落としたのだろうが、脇腹の辺りは血痕が残っている上にほつれている。
(うん。この見た目はひどい)
しかも立ち上がることもできない。この状況だけ見れば、言いたくなる気持ちもわかる。とはいえ、この惨状は、決して嫁ぎ先で虐げられた結果ではないのだ。
「カイル、これは」
説明をしようとしたそばから、カイルの腕に軽々と抱き上げられてしまう。
「待って、どこへ?」
「静かに。騒げば王子が戻ってくる。その前に、できるだけここを離れる」
(エグバード様を警戒している?)
「カイル、何か誤解があると思う! エグバード様はこの怪我には関係なくて、いたっ」
関係はなくもないが、少なくとも手を下したわけではない。言いたいのに、揺れた拍子に傷が痛んで中途半端になってしまった。
しかもカイルはといえば、まったく聞き耳持たずで、アシュレイを抱えたままドアを出る。警戒するように辺りを見回しつつ、低めた声で言った。
「話は後で聞く」
「後でじゃだめ、エグバード様に言わないでここを離れるわけには」
ややこしいことになるから! と必死に訴えてみるも、傷はいよいよ痛みだしていて、暴れようにも手足に力が入らず、大きな声も出ない。
カイルはアシュレイを見下ろし、厳然として言った。
「花嫁にそんな怪我をさせる相手がまともなわけがない。命を取られる前に逃げた方が身のためだ」
「誤解だってば。これは私が勝手に受けた怪我であって、エグバード様のせいじゃないから」
舌がもつれて声が掠れる。言いたいことの半分も言えない。
(エグバード様の「花嫁」でなければ受けなかった傷ではあるけれど、私ではなく姫があの場にいたらもっと大変なことになっていたはずだから、これはこれで良くて!)
その思いは届くことなく、あろうことか開いた口に何か布のようなものを詰め込まれて声を封じられてしまう。
アシュレイを抱えて森の中に駆けだしながら、カイルは確信めいた口調で告げた。
「姫がいないのに、アシュレイがここに留まる意味はあるのか? この状況なら『死んだ』ことにして終わりにできるはずだ。王子も諦めがつくだろう。心配しないで。俺が来たからには、絶対にアシュレイを助けるから」
目を覚ます直前に思い出したのはアリシア姫の暴言。
(ブスだから見逃してもらえたのかな……。いずれエグバード様も飽きるだろうと……)
そんなことある? とは思うものの、もしそうだとしたら怖い。
美人の思考回路、怖い。
いくら美人でも、自分が男だったら絶対嫌だ。
アリシア姫は、好きなひとを手に入れる為に手段を選ばないところも怖いが、ブスには無条件に勝利を確信しているところも恐ろしい。
エグバードはいずれ再婚するはずだが、あの相手だけはやめておいた方が良いのでは、と言いたい。
ぱち、とそこで目が覚めた。
脇腹にはまだ鈍痛が残っているが、いつになく意識は明瞭。
(動けそう)
体にかけられていた掛け布を手でよけて、仮の寝台から板張りの床に足を下ろす。
窓とドアは開いていて、明るい陽射しが差し込んでいた。狭い小屋内には誰もいない。
裸足の足裏に冷たく硬い床の感触が伝わってくる。ぐっと、踏みしめて立ち上がってみた。
ぐらりと体が傾いで、その場に崩れ落ちるように倒れこむ。
「いたっ……やっぱり無理か」
呟きながら、床に手をついて這うようにドアに向かおうとしたら、さっと光が翳った。
(エグバードさま……)
何をしている、と怒られそうだなと想定しながら顔を上げる。「動けないわけにはいかないと思った」と言い訳すべく口を開く。
「アシュレイ」
覚えのある声に驚いて、アシュレイは目を瞠った。
「カイル」
赤毛に翠の瞳。少年めいた童顔だが、アシュレイよりは五歳ばかり年長でたしか二十二歳。故国の同僚で、騎士団所属の青年。
腰に剣を帯びている以外は、一介の町人のような軽装をしている。
「何をしているの」
どうしてここにいるの、との意味を込めて尋ねてみたが、カイルには「しっ」と声を控えるように指図された。
反射的に口をつぐんだアシュレイのそばにカイルはさっと歩み寄って来て、膝をつく。
「来るのが遅くなった。ひどい目に遭っているみたいだが、もう心配はいらない。助けにきたから」
「助けに?」
きょとんと聞き返してから、ふと自分の今の状態に目を向けてみる。
辛うじて裾の裂けたドレスを身に着けてはいたものの、その下はやけにすうっとしていて下着の類は何もなさそうだった。ドレスは寝ている間にどうにか血を落としたのだろうが、脇腹の辺りは血痕が残っている上にほつれている。
(うん。この見た目はひどい)
しかも立ち上がることもできない。この状況だけ見れば、言いたくなる気持ちもわかる。とはいえ、この惨状は、決して嫁ぎ先で虐げられた結果ではないのだ。
「カイル、これは」
説明をしようとしたそばから、カイルの腕に軽々と抱き上げられてしまう。
「待って、どこへ?」
「静かに。騒げば王子が戻ってくる。その前に、できるだけここを離れる」
(エグバード様を警戒している?)
「カイル、何か誤解があると思う! エグバード様はこの怪我には関係なくて、いたっ」
関係はなくもないが、少なくとも手を下したわけではない。言いたいのに、揺れた拍子に傷が痛んで中途半端になってしまった。
しかもカイルはといえば、まったく聞き耳持たずで、アシュレイを抱えたままドアを出る。警戒するように辺りを見回しつつ、低めた声で言った。
「話は後で聞く」
「後でじゃだめ、エグバード様に言わないでここを離れるわけには」
ややこしいことになるから! と必死に訴えてみるも、傷はいよいよ痛みだしていて、暴れようにも手足に力が入らず、大きな声も出ない。
カイルはアシュレイを見下ろし、厳然として言った。
「花嫁にそんな怪我をさせる相手がまともなわけがない。命を取られる前に逃げた方が身のためだ」
「誤解だってば。これは私が勝手に受けた怪我であって、エグバード様のせいじゃないから」
舌がもつれて声が掠れる。言いたいことの半分も言えない。
(エグバード様の「花嫁」でなければ受けなかった傷ではあるけれど、私ではなく姫があの場にいたらもっと大変なことになっていたはずだから、これはこれで良くて!)
その思いは届くことなく、あろうことか開いた口に何か布のようなものを詰め込まれて声を封じられてしまう。
アシュレイを抱えて森の中に駆けだしながら、カイルは確信めいた口調で告げた。
「姫がいないのに、アシュレイがここに留まる意味はあるのか? この状況なら『死んだ』ことにして終わりにできるはずだ。王子も諦めがつくだろう。心配しないで。俺が来たからには、絶対にアシュレイを助けるから」