あなたは告白されるでしょう
私は3年B組の教室を覗いた。
文化祭の今日は『占いの館』になっていて、占い毎にブースに分けられている。
西洋占星術、姓名判断、手相……
あっ、あれだ。タロットカード。
どのブースにも2、3人ずつ並んでいる。
私はタロット占いの列の最後尾についた。
浩介のブースにもきちんとお客さんがいて、ほっとしたような、誰にもいてほしくなかったような……
どっちなんだろう?
ぼんやり考えていると、声がかかった。
「次のお客様どうぞ」
直前のお客さんと話していたときの声よりも固く聞こえた。
だけど、そんなはずないか……
私は浩介の対面に腰かけた。
「ベールとかマントとか着けないんだ?」
浩介は何の変哲もない制服姿をしていた。
隣で手相占いをしている女子は、黒いレースを頭から肩までかぶっているっていうのに。
「そういうのは着けたいやつだけ」
「えーっ、演出もちゃんとしてよ。自分から『来い』って言っておいて」
「……俺は真剣なんだ。この占いに懸けてるんだよ」
「何それ。意味わかんなーい」
茶化して笑ってしまったけれど、確かに浩介は緊張した面持ちだ。
これから県大会の決勝に臨むのかってくらいに。
この夏に引退してしまったけれど、私も浩介も陸上部に所属していた。
私たちは2年と数ヶ月もの間、同じグラウンドにいたのだ。
だというのに、引退後はそれきりになってしまった。
まあ、クラスが違えばそんなものなんだろうな。
だから、廊下で呼び止められたときには、正直少し驚いた。
「文化祭、俺のクラスに来てほしい。俺、10時から11時半までタロット占いやってるから」
そう言われて、ますます驚いた。
「タロット占い? そんなのできるんだ?」
「今一生懸命練習中」
「ふーん。なら、その成果を確認しに行こうかなー」
「絶対だぞ!」
すごくうれしそうにするものだから、私は今こうしてまんまと浩介の前に座らされている。
部活をやってたときは、ほぼ毎日当たり前のように話してたのにな、と思う。
にも拘らず、今はこうして至近距離で話していることが、とても懐かしいことのように感じられる。
それが猛烈に淋しい。
「で、何について占いましょうか?」
「受験生だし、無難に進路について」
そういえば、何だか変な感じ。
お互い制服を着て、机を挟んで座っているなんて。
「……恋愛、とかは?」
「いい! そういうのは要らない!!」
私はぶんぶんと首を横に振った。
学校の文化祭で恋愛について占ってもらうなんて、とてもではないが恥ずかしい。
ましてや浩介にだなんて。
それだけは絶対にイヤだ、と思った。
浩介は机の上に、トランプよりも縦に長いタロットカードを広げて、大きく混ぜ始めた。
「ここだと思ったところで、『ストップ』って言ってください」
「ストップ!」
間髪入れずに合図を出したことに、よほどびっくりしたらしい。
浩介の手が痙攣するようにして止まった。
「理沙、いきなりかよー」
「だって、ここだと思ったんだもん」
本当は違う。
浩介が真剣な顔でカードを混ぜるのを正面から見ることに、なぜだか耐えられない気がしたのだ。
「まあ、別にいいけど」
苦笑いしながら、カードをひとつの山にしていく。
浩介って器用だったんだ。
「次は、このカードの山を3つに分けてください」
「はーい」
またしてもぱぱっと分けた。
「分けたのとは違う順に、ひとつの山に戻してください」
「まどろっこしいね」
言いながら、私は3つの束を重ねていった。
浩介はそれを手に持ち、切り始めた。
「好きなタイミングで『ストップ』って言ってください」
何でだろう?
今度はずっと切っていてほしい気分……
「おおーい、まだ?」
私が無言のまま浩介の手を眺めていると、浩介は震え出した。
笑っているのだ。
「理沙は極端だなー」
「じゃあ、この辺でストップ」
浩介はゆっくりとカードを机の上に置いた。
「どっちを上にする?」
「そんなの、どっちでもいいけど」
「絵柄の向きが変わるから」
「ふーん……でも、このままがいいかな」
「では、始めさせていただきます」
浩介が再び緊張の糸を張ったのがわかった。
私まで息を飲んでしまう。
浩介は、厳かに1枚目をめくった。
女の人がライオンぽい動物を撫でている。
これは、何を暗示しているの……?
「あなたは月ヶ丘高校を志望していますね?」
がくっ。
緊張して損した。
「それ、占いじゃないよね? 誰かから聞いて知ってただけでしょ?」
「そうだけど、最後まで聞けって。いいカードが出た。最後まで目標に向かって勉強したら、きっと受かる」
「ふーん?」
カードの絵をもう1度見た。
ふむ、悪い気はしない。
「それで、浩介の志望校は? 浩介だけ知ってるのは不公平じゃない。教えてよ」
軽く訊いてしまえばいいはずなのに、ずっと訊けないままでいたことをようやく訊けた。
「……俺も」
「えっ?」
「俺も月ヶ丘」
「そ、そうだったんだ。お互い合格できるといいね」
「うん。がんばろうな」
占いはもう十分だ。
私は満足していた。
それなのに、浩介はさらにもう2枚カードをめくった。
出てきたのは、ラッパを吹いている人と、輪っかのようなもの。
「これはどういうカード?」
「……理沙、彼氏いないよな?」
「いないけど、それが何?」
私は唇を尖らせて拗ねてみた。
占いと関係ないじゃない。
カードをじいっと見つめたまま、浩介がぼそっと言った。
「受験後あなたは告白されます」
「ええっ?」
笑いが溢れ出てしまう。
「おかしいよー」
「おかしくなんかない」
「タロットカードのこと何にも知らなくても、そんなのが占いの結果で出るはずないことくらいはわかるって」
「いや、本当に。告白されます」
占いって、そういうものじゃなくない?
断言もしなくて、もっと曖昧で……
「ねえ、それって占いじゃなくて予言?」
「予言っていうか、予告……」
「よ……こく……?」
それって……
まさか、そういうこと?
う、ううん!
落ち着こう、早とちりはしたくない。
陸上部時代だって、何度も期待して期待して。
その度にガッカリしてきたんだ──
けれど、浩介はここで顔を上げて、真っ直ぐに私の目を見てきた。
「だから、それまで彼氏作ったりしないで待ってて」
もう全部伝わった。
浩介の気持ちが。
それでも、このときの私はこう答えるだけで精いっぱいだった。
「わ、わかった」
そうして飛び跳ねる心臓を必死に胸の中に閉じ込めて、私自身が占いの館から飛び出たのだった。
END
文化祭の今日は『占いの館』になっていて、占い毎にブースに分けられている。
西洋占星術、姓名判断、手相……
あっ、あれだ。タロットカード。
どのブースにも2、3人ずつ並んでいる。
私はタロット占いの列の最後尾についた。
浩介のブースにもきちんとお客さんがいて、ほっとしたような、誰にもいてほしくなかったような……
どっちなんだろう?
ぼんやり考えていると、声がかかった。
「次のお客様どうぞ」
直前のお客さんと話していたときの声よりも固く聞こえた。
だけど、そんなはずないか……
私は浩介の対面に腰かけた。
「ベールとかマントとか着けないんだ?」
浩介は何の変哲もない制服姿をしていた。
隣で手相占いをしている女子は、黒いレースを頭から肩までかぶっているっていうのに。
「そういうのは着けたいやつだけ」
「えーっ、演出もちゃんとしてよ。自分から『来い』って言っておいて」
「……俺は真剣なんだ。この占いに懸けてるんだよ」
「何それ。意味わかんなーい」
茶化して笑ってしまったけれど、確かに浩介は緊張した面持ちだ。
これから県大会の決勝に臨むのかってくらいに。
この夏に引退してしまったけれど、私も浩介も陸上部に所属していた。
私たちは2年と数ヶ月もの間、同じグラウンドにいたのだ。
だというのに、引退後はそれきりになってしまった。
まあ、クラスが違えばそんなものなんだろうな。
だから、廊下で呼び止められたときには、正直少し驚いた。
「文化祭、俺のクラスに来てほしい。俺、10時から11時半までタロット占いやってるから」
そう言われて、ますます驚いた。
「タロット占い? そんなのできるんだ?」
「今一生懸命練習中」
「ふーん。なら、その成果を確認しに行こうかなー」
「絶対だぞ!」
すごくうれしそうにするものだから、私は今こうしてまんまと浩介の前に座らされている。
部活をやってたときは、ほぼ毎日当たり前のように話してたのにな、と思う。
にも拘らず、今はこうして至近距離で話していることが、とても懐かしいことのように感じられる。
それが猛烈に淋しい。
「で、何について占いましょうか?」
「受験生だし、無難に進路について」
そういえば、何だか変な感じ。
お互い制服を着て、机を挟んで座っているなんて。
「……恋愛、とかは?」
「いい! そういうのは要らない!!」
私はぶんぶんと首を横に振った。
学校の文化祭で恋愛について占ってもらうなんて、とてもではないが恥ずかしい。
ましてや浩介にだなんて。
それだけは絶対にイヤだ、と思った。
浩介は机の上に、トランプよりも縦に長いタロットカードを広げて、大きく混ぜ始めた。
「ここだと思ったところで、『ストップ』って言ってください」
「ストップ!」
間髪入れずに合図を出したことに、よほどびっくりしたらしい。
浩介の手が痙攣するようにして止まった。
「理沙、いきなりかよー」
「だって、ここだと思ったんだもん」
本当は違う。
浩介が真剣な顔でカードを混ぜるのを正面から見ることに、なぜだか耐えられない気がしたのだ。
「まあ、別にいいけど」
苦笑いしながら、カードをひとつの山にしていく。
浩介って器用だったんだ。
「次は、このカードの山を3つに分けてください」
「はーい」
またしてもぱぱっと分けた。
「分けたのとは違う順に、ひとつの山に戻してください」
「まどろっこしいね」
言いながら、私は3つの束を重ねていった。
浩介はそれを手に持ち、切り始めた。
「好きなタイミングで『ストップ』って言ってください」
何でだろう?
今度はずっと切っていてほしい気分……
「おおーい、まだ?」
私が無言のまま浩介の手を眺めていると、浩介は震え出した。
笑っているのだ。
「理沙は極端だなー」
「じゃあ、この辺でストップ」
浩介はゆっくりとカードを机の上に置いた。
「どっちを上にする?」
「そんなの、どっちでもいいけど」
「絵柄の向きが変わるから」
「ふーん……でも、このままがいいかな」
「では、始めさせていただきます」
浩介が再び緊張の糸を張ったのがわかった。
私まで息を飲んでしまう。
浩介は、厳かに1枚目をめくった。
女の人がライオンぽい動物を撫でている。
これは、何を暗示しているの……?
「あなたは月ヶ丘高校を志望していますね?」
がくっ。
緊張して損した。
「それ、占いじゃないよね? 誰かから聞いて知ってただけでしょ?」
「そうだけど、最後まで聞けって。いいカードが出た。最後まで目標に向かって勉強したら、きっと受かる」
「ふーん?」
カードの絵をもう1度見た。
ふむ、悪い気はしない。
「それで、浩介の志望校は? 浩介だけ知ってるのは不公平じゃない。教えてよ」
軽く訊いてしまえばいいはずなのに、ずっと訊けないままでいたことをようやく訊けた。
「……俺も」
「えっ?」
「俺も月ヶ丘」
「そ、そうだったんだ。お互い合格できるといいね」
「うん。がんばろうな」
占いはもう十分だ。
私は満足していた。
それなのに、浩介はさらにもう2枚カードをめくった。
出てきたのは、ラッパを吹いている人と、輪っかのようなもの。
「これはどういうカード?」
「……理沙、彼氏いないよな?」
「いないけど、それが何?」
私は唇を尖らせて拗ねてみた。
占いと関係ないじゃない。
カードをじいっと見つめたまま、浩介がぼそっと言った。
「受験後あなたは告白されます」
「ええっ?」
笑いが溢れ出てしまう。
「おかしいよー」
「おかしくなんかない」
「タロットカードのこと何にも知らなくても、そんなのが占いの結果で出るはずないことくらいはわかるって」
「いや、本当に。告白されます」
占いって、そういうものじゃなくない?
断言もしなくて、もっと曖昧で……
「ねえ、それって占いじゃなくて予言?」
「予言っていうか、予告……」
「よ……こく……?」
それって……
まさか、そういうこと?
う、ううん!
落ち着こう、早とちりはしたくない。
陸上部時代だって、何度も期待して期待して。
その度にガッカリしてきたんだ──
けれど、浩介はここで顔を上げて、真っ直ぐに私の目を見てきた。
「だから、それまで彼氏作ったりしないで待ってて」
もう全部伝わった。
浩介の気持ちが。
それでも、このときの私はこう答えるだけで精いっぱいだった。
「わ、わかった」
そうして飛び跳ねる心臓を必死に胸の中に閉じ込めて、私自身が占いの館から飛び出たのだった。
END