色褪せて、着色して。~リリアン編~

「王子が行方不明だそうです」

 侍女であるバニラの言葉に。
 私は「オウジガユクエフメイ」と復唱してしまった。
 この国に王子…と呼ばれる人物は一人しかいない。

 ここはティルレット王国。
 王家の領地内にある村の一軒家。
 とある事情から身分を偽って、隣国スカジオン王国の王族として住み着いた私は。
 侍女であるバニラをじっと眺めてしまった。
「王子って…る・・・王子よね?」
 自分で何を言っているんだと後悔してしまう。
 さっきまで居たはずの夫、太陽様との揉め事は一瞬で吹き去ってしまった。

 ピンク色の髪の毛に、真っ赤な目をしたバニラは。
 実は、人間ではなく妖精である。
 見た目はどうみても10代半ばの可愛い女の子って感じなのに。
 妖精の力や、妖精の勘…という力を使っていつも私を助けてくれる大切な人だ。
「王子様は、王子様です」
 混乱している私の言葉にバニラは笑うこともなく、真面目に答えた。

 ルピナス様の名前をバニラの前で出していいのかわからず。
 頭を抱えて座ったけど。
 再び立ち上がった。
「私も探したほうが良いのかしら?」
 いつの日だったか、ルピナス様は一人で逃げ出して。
 騎士団のところへ行こうとしていた。
 今回もローズ様に会おうとして、迷子になってしまったのだろうか。

「マヒル様は外に出てはいけません」

 玄関へ向かおうとした私の前にバニラが立ちはだかった。
 彼女の目はメラメラと燃えていた。
「騎士団が総力をあげて探しているのです。マヒル様は外に出てはいけません」
 いつになく、怖い顔でバニラが言った。
 年下のはずなんだけど。
 その凄みというか、オーラはどこから来るのだろう?
 バニラの圧力に私は、すとんと自分の意志とは反対に椅子に座り込んでいた。

「…あのさ、バニラ」
「はい」
「バニラが言うってことは、これって何かのよちょ…」
 私が言い終わる前に。
 ゴーン、ゴーンと聞いたことのない鐘の音が外から聞こえてくる。
 宮殿に鐘なんてあるのか?

 住み始めてから初めて聞いた鐘のゴーンゴーンという音は1分ほど続くと。
 何事もなかったかのようにぴたっとやんだ。
 私とバニラは黙って窓の外を眺めていたけど。
 お互いに自然と目を合わせた。
「ついに、決まってしまったようです」
「…それは、訊いていいやつ?」
 王家のドロドロした問題には、これまで関わらないようにしてきたけど。
 私は、どうやら道具として利用されている立場らしい。
 バニラの険しい顔を見て。
 いやな予感だけはしたのだった。
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