冴えない男子は学校一の美少女氷姫と恋人になる

プロローグ


 学校とは平凡な毎日の繰り返し。
 登校して、授業受けて、昼飯食べて下校する。
 まるで回し車で走り続けるハムスターと同じ。

 何も変わらない、突発的なイベントなんて発生しない。それが鈴木誠也の高校生活だ。中学の頃から変わらずで、高校に入学しても変える気は毛頭ない。

 つまらない青春──他の人はそう言うだろうけど、誠也が欲しいのは静かで平和な学園生活。それを邪魔するものなどいらない。自分だけの世界に篭っていれば、心が乱れることもなく平穏に過ごせる。

 それを望んでいたはずなのに……たった一通の手紙が誠也の高校生活を大きく変えてしまう。

「ん? この紙切れはなんだろ……。手紙……だよね」

 下駄箱に入っていたのはピンク色の封筒。
 誰がどう見ても女子からのもの。
 イタズラか──そう思いつつも、誠也は封筒の裏で名前を確認した。

「西園寺瑞希……? えっ、あの西園寺瑞希からの手紙なの!?」

 誠也が驚くのは当たり前の話。
 瑞希という人物は、学校で知らない人はいない有名人。

 別名クールビューティー、氷姫などと呼ばれ、男どもの心を魅了している美少女だ。入学してからは毎日誰かに告白され、その度に相手を冷たく振る。

 普通ならイヤな噂が立ちそうなもの。
 だが瑞希はそんなことは一切なく、むしろそのクールさが魅力的だと人気は上がる一方だった。

「どうして僕なんかに……。誰かのイタズラじゃないよね。と、とりあえず中身を見ないことには……」

 封を開けると微かに匂う甘い香り。
 思わず理性を奪われそうになるも、首を大きく横に振り誠也は手紙の内容を読み始めた。

『初めまして、西園寺瑞希と言います。誠也さんに大切な話がありますので、放課後屋上に来てください。私、誠也さんが来るまでずっと待ってます。日が落ちて夜になってもずっと待ってますから』

 可愛らしくもあり美しい文字。
 とても男子が書いたとは思えない。
 瑞希の直筆というのはこれほどまでに綺麗なのか、誠也は内容そっちのけで文字だけしか頭に入らなかった。


 約束の放課後──。
 誠也は屋上に行くべきか迷っている途中。
 普段なら家に帰り始める時間だが、この日はまだ学校におり廊下をウロウロしながら考え込んでいた。

「僕は彼女とか欲しいとは思わないんだよなぁ。このままスルーして──でも、ずっと待ってるって書いてあったし。仮にイタズラだったらそれはそれでいっか」

 根が真面目なだけに、たとえイタズラだろうと放っては置けない。
 ようやく覚悟を決めたのは十分後。重い足取りで屋上に向けて歩き出した。

 普段ならなんてことない鉄のトビラが重く感じる。
 断ることは決まっているのに、中々トビラに手を伸ばせない。
 勇気を振り絞り大きく深呼吸してから、おもむろにトビラを開けた。

 そこで誠也の瞳に映りこんだのは──。

 艶やかで長い青髪が風で靡いている。
 地上に降りた天使、その言葉が一番しっくりくる。
 知らないわけではないが、しっかり見たのはこれが初めて。

 別世界にでも迷い込んだと思っていると、瑞希の方から話しかけてきた。

「来てくれたのね。もしかしたら来ないかなって思ってたから……」

 話に聞いていたのは冷たく感じる声。
 だが今の瑞希は、顔を僅かに赤く染め恥じらいながら話している。その言葉遣いは噂とは真逆だった。

「え、えっと、手紙読みました。それで僕に話ってなんでしょうか」

 緊張からか声が少しだけ裏返ってしまう。
 心臓の音は激しくなる一方で、離れている瑞希にも聞こえそうであった。

「それはですね……。お願いします、私の恋人になってください!」

 幻聴なんかではない。
 確かに『恋人になって』と言っていた。
 からかっているのかとも思ったが、深く頭を下げる姿はとても騙しているようには見えなかった。

「あの、それはいったいどういう意味でしょうか?」

 突然すぎる告白につい聞き返してしまう誠也。
 本気なのか? そう思うのも無理はない。何も取り柄がないのに、学校一の美少女から告白されるなど、世界七不思議に入るほどの珍事だからだ。

「誠也さんは私のことが嫌いでしょうか? 嫌いでなければ恋人になって欲しいんです。お願いします、どうか私の告白を受け入れてください」
「西園寺さんのことは嫌いではないんですけど、僕はひっそりと学校生活を送りたいんです。だからその……ごめんなさい」

 場の雰囲気に一切流されず、誠也は毅然とした態度で告白を断った。
 が……そこから状況が一変してしまう。
 穏やかで可憐だった瑞希の態度が反転し、まるで別人のように変貌してしまった。

「悪いけど誠也に断るという選択肢はないわよ?」
「えっ……」
「ふぅ、この私からの告白を断るだなんて、やっぱり思った通りですわ」

 言葉の意味を理解できなかった。
 選択肢がないとはどういうことなのか。
 様々な疑問が誠也の頭の中で走り回っていた。

「間違ってたらごめんなさい、西園寺さんは僕が好きで告白したんですよね? しかも断れないって、そんなに僕のことがいいんですか?」
「は? 何を勘違いしているのよ。私はね、アナタのことなんて好きでもなんでもないんですからっ」

 好きでもないのに告白される。
 一生で一度あるかの体験が誠也を襲う。
 頭の中は完全に混乱し思考が停止してしまう。

 普通、好きでもない人に告白するものなのか?
 答えはノー。ありえるとしたら罰ゲームくらいだ。
 まったくもって理解不能な行動をする瑞希に、思考が回復した誠也は率直な質問をした。

「好きでもないのに告白って、なんかの罰ゲームとかでしょうか?」
「何言ってるのよ、そんなわけないでしょ。私がアナタに告白したのはね、告白されるのがうんざりだからよっ」

 なぜ怒られないといけないのか。
 腑に落ちない気がするも、つっこんだら負けるのは確か。
 誠也は静かに瑞希の話に耳を傾けた。

「だ、か、ら、偽りの恋人を作れば言いよる男はいなくなるでしょ? それに、アナタみたいな陰キャなら女性にも興味なさそうだし」
「つまり僕に恋人のフリをしろってことですか?」
「そうよ。それにね、偽りとはいえ、この私の恋人役になれるんだからありがたく思いなさいね」

 断りたい、本気で断りたいと誠也は思っていた。
 偽りでも氷姫の恋人になれば、平穏な高校生活が送れなくなる。

 それだけはなんとしてでも避けたい。強気な態度で断るか、低姿勢で断るか悩んでいると、瑞希から致命的なひと言が放たれる。

「もし、どうしても断るというのなら──このノートに書かれている内容を校内放送で流すわよ?」

 カバンから取り出した一冊のノート。
 どこにでもありそうなノートだが、誠也には見覚えがあった。
 表紙に書かれた『愛のメモリアル』という文字。それは中学の頃の黒歴史であり、愛の妄想を詩のように書いたもの。

 たがそんな危険物は処理したはず。
 確かに資源ごみとして出した記憶がある。
 それなのに──なぜ瑞希が持っているのか不思議で仕方がなかった。

「どうしてそれを持ってるんですか!?」
「そんなこと教えるわけないじゃない。そ、れ、で、私の恋人になるの? ならないの?」

 黒歴史を公開されれば平穏な高校生活は送れなくなる。
 こうなった以上、選択肢はひとつしかなかった。

「……分かりましたよ。西園寺さんの恋人になりますよ」

 不本意ながらも瑞希の恋人となった誠也。
 苦笑いするしかなく、これで平穏な高校生活ともお別れとなった。
< 1 / 31 >

この作品をシェア

pagetop