冴えない男子は学校一の美少女氷姫と恋人になる
第18話 お祭りでは何かが起こるもの
予想以上の混み具合。
はぐれないよう、ふたりの手はしっかりと繋がっている。
祭りは去年よりも賑やかで、祭りのBGMが周囲の話し声にかき消されてしまう。
屋台も大盛況らしく、いたるところに列ができ買うのもひと苦労しそうであった。
「何食べようかしら。あんず飴は絶対欲しいし、たこ焼きとかかき氷も捨て難いわね。あとね──」
「瑞希ってかなり食べるよね。でもお祭りだとつい色々と買っちゃうんだよねぇ」
「そうでしょ、そうでしょ。私、こういうお祭りって初めてなんですもの」
周囲の目を気にせず大はしゃぎする瑞希。
偽りの恋人ではなく、今は本物の恋人として楽しもうとする。
初めてのお祭りで興奮しながらも、しっかりと手は繋がったまま。
本当のデート──少なくとも瑞希はそう思っており、誠也が偽りの恋人だからと思っていようとも気にしない。
今はまだ偽りの恋人関係。
それが本物となるよう努力するだけ。
なんの勝算もなしに告白など失敗するに決まっている。いや、瑞希から告白をするのは恥ずかしすぎて無理な話。
目指す目標は誠也から告白してもらう。
そのために自分の魅力をアピールしていこうと決めていた。
「結構買ったよね。瑞希、全部食べ切れるの?」
「大丈夫よ、いざとなったら誠也がいるもの」
「最後は僕頼みなんだね……」
人混みから少し外れた裏路地で寛ぐふたり。
屋台で買い漁ってきた食べ物で空腹のお腹を満たす。
お世辞にも、舌をうならすほどの美味しさではないはず。
しかし口にした瞬間、美味しさが全身を駆け巡る。
それは外で食べるという調味料のせいか、それとも好きな人と食べているからなのか。
答えなど分かるはずもないが、そんなことよりも今はこの瞬間に幸せを大切にする瑞希であった。
「んー、美味しいー。ねぇ、誠也、食べさせてあげようか?」
「そ、それは恥ずかしいよ……」
「えー、恋人同士ならそれくらい普通でしょ」
演技なんかではなく本物の瑞希が誠也に迫り出す。
寄り添うように体を近づけ、上目遣いで誠也を見つめる。
その破壊力は絶大で誠也の頬を赤く染めるほど。
この状況で断ることなど出来るわけがない。
選択肢はYESしかなく、誠也は覚悟を決めるしかなかった。
「わ、分かったよ。それじゃ……ひと口だけね」
「誠也ったら照れちゃって可愛いんだからっ」
自然な笑みは誠也の鼓動を跳ね上げる。
もちろん、跳ね上がっているのは瑞希も同じ。
平然としているように見えるが内面はまったく逆で、自己嫌悪に陥るほど恥ずかしい。
これは演技──恋する気持ちは演技じゃないけど、そう言い聞かせないと冷静に話すら出来ない。
そこに余裕などあるわけなく、誠也に好かれようと瑞希は必死であった。
「照れてなんかないよっ。ほ、ほら、誰も来ないうちに早く……」
「誠也はせっかちですわ。はい、あーん」
照れ隠しか、恥ずかしかったのか、目を瞑った誠也の口に瑞希がたこ焼きを持っていく。口に入ると誠也の顔が僅かに赤くなり、瑞希は幸せそうな瞳で見つめる。
きっと本物の恋人になれば、こんな幸せが毎日続くのだろう。
凍てついた心は完全に暖まり、忘れていた本当の自分が姿を現す。
それは誠也の前だけであり、他の人は知らないこと。
だがそれでもいい、誠也さえ本当の自分を知っていれば……。
「どう? 自分で食べるより美味しかった?」
「味は変わらないと思うけど……」
「もぅ、誠也のばかっ。そういうときは、お世辞でも美味しいって言うものでしょ」
膨れ顔で誠也に八つ当たりする瑞希。
期待していた言葉とは程遠かったためだ。
が……恋愛など惚れた方が負けで、ここで怒ったら逆効果になるかもしれない。心は複雑な想いで溢れかえり、悔しさを胸の奥に閉じ込め次なる一手を打とうとした。
「ねぇ、私さ金魚すくいやってみたいんだけど。今まで一度もやったことなくて……」
「珍しいね。いいよ、やりにいこうか」
食事もひと段落し、ふたりは金魚すくいの屋台へと歩き始める。
その間、瑞希の瞳は光り輝いており、その様子はまるで純粋な少女のようにも見えた。
初めての金魚すくい──そもそも瑞希にとってお祭りは縁がなかったもの。
人伝に聞いたことしかなく、今日という日は楽しみで仕方がなかった。
もちろん、想い人である誠也と一緒に来れたのだから、その喜びは何倍にも跳ね上がった。
「これが噂に聞く金魚すくいなのね」
宝物を見るような眼差しで瑞希が金魚を見つめる。
その瞳に映るのは動き回る宝石達。
焦る気持ちを抑え、瑞希は人生初の金魚すくいに挑戦しようとしていた。
「さっそくやってみる?」
「もちろんですわ」
意気揚々と金魚をすくおうとするも、あっさりポイが破れてしまう。
悔しくてたまらず、瑞希はもう一度挑戦するも結果は同じ。
思っていたよりも難しく、本当に金魚をすくえるのかと疑いの眼差しを向ける。
「ちょっとしたコツがあるんだよ。ちょっと貸してみて。こうやって斜めにいれて──ほら、すくえたでしょ」
「すごい、すごいわよ、誠也」
「そんなに喜ぶほどでもないと思うけど。そうだ、記念にこの金魚をあげるよ」
「ホントに!? 嬉しい……」
自分ではすくえなかったが、誠也がかわりにすくってくれた。
プレゼント──とは言い難いが、それでも瑞希は、誠也からの贈り物に嬉し涙を流しそうになる。
「ねぇ、今度は射的をやってみたいわ」
お祭りがこんなにも楽しいものだとは知らなかった。
瑞希のテンションは天井知らずで上がり続け、誠也を待たずして射的の屋台へと移動を始めてしまった。
「ち、ちょっと、瑞希。ひとりで行くと迷子に──」
誠也の悲痛な声も瑞希には届かない。
気がついたときには瑞希の姿は見えなくなっていた。
「仕方ないなぁ。きっと射的の屋台にいるはずだから、そこまで行くかな」
行き先は分かっているから焦るほどではない。
気楽な気分で射的の屋台まで歩いていると、誠也のよく知る声が聞こえてきた。
「あれ、誠也じゃない。西園寺さんは一緒じゃないの?」
「いやぁ、それがはぐれちゃってさ」
「私もなんだよ。沙織ったらどんどん前に進んじゃうからー」
偶然か必然か、誠也は途中で瑠香と出会う。
お互い連れとはぐれたようで、知り合いと出会えたことが瑠香に安心感を覚えさせた。
ひとりで寂しかったのは事実。
これは運命──その言葉が脳裏に浮かび上がり、神が与えてくれたこのチャンスを活かすしかないと瑠香は考えた。
「あ、あのさ、ちょっとだけでいいから時間ある? 西園寺さんが心配なのは分かるけど、私に少しだけ時間をくれないかな」
急にしおらしい態度をとり、瑠香は誠也にダメ元でお願いをした。
期待していないと言ったら嘘になる。
僅かな希望があるならそれに懸けるだけ。
望みは薄いかもしれないが、ゼロでなければ可能性はあるはず。
瑠香は緊張しながら誠也からの答えを静かに待っていた。
「うーん、少しならいいよ。瑞希がいる場所は分かってるし」
1%にも満たない誠也の返事に、瑠香は発狂しそうなぐらい嬉しかった。
だが決して表には出さず、あくまでも普段と変わらない態度であった。
「ありがと、それじゃ少し場所変えようか」
瑠香のあとをついて行くと、少し薄暗い場所にたどり着く。
何かよほど大切な話があるのだろう──誠也は何が語られるか不安で仕方がなかった。
「ここでいっか」
「少し暗いね。瑠香は暗いのダメなんじゃ……」
「大丈夫、今は誠也と一緒だから大丈夫だよ」
きっと本当は怖いのであろう。
瑠香の声はほんの少しだけ震えていた。
「それで話って何かな」
「あのね、落ち着いて聞いて欲しいの。私……私ね、実は──」
ここで言わなければきっと後悔する。
なけなしの勇気を振り絞り、瑠香は喉元でつっかえている言葉を外に吐き出した。
「誠也のことが好きなの! もちろん、西園寺さんとの事情は知ってるよ。でもこの気持ちは誰にも負けない自信があるの!」
静寂の中で響く瑠香の声はとても力強かった。
初めて味わう本当の告白──誠也はどう答えればいいか分からない。
いやそれどころか、頭の中が真っ白となりすべての言葉が失われた。