冴えない男子は学校一の美少女氷姫と恋人になる

第2話 偽りのデートの始まり


 まさにデート日和のような快晴。
 約束の時間より早く来すぎたのは緊張のせい。
 家にいても落ち着かなかったがため、誠也は15分前に待ち合わせ場所に到着していた。

「早く来すぎたかな……。でも家にいるよりは気が楽な気がするけど。デートとか初めてだし、上手くいくのかな」

 生まれて初めてのデート。
 それは偽りの恋人であっても緊張するもの。
 今までほとんど女性と出かけたことがない誠也にとって、このデートというのは魔物のような存在であった。

 怖い、今すぐにでも逃げ出したい。
 マンガやラノベを何度読み直しても、いざ実践となると緊張感は限界点を超える。ましてや、相手が来るまでの15分が普段より長く感じ、何度も時計を確認してしまう。

「待ち合わせ時間まで……あと10分か。うーん、まだ結構あるかな……」

 長い、たった15分が本当に長く感じる。
 ソワソワが止まらなくなり、同じ場所を行ったり来たり。
 周囲から見ると怪しさ満点で、通報されないのが不思議なくらいだった。

「待たせたかなっ。でも、私とデートするんだから、1時間くらい待ってても普通だと思うわよ」

 まだ待ち合わせ時間までは10分ある。
 それなのに瑞希もまた誠也と同じで、時間よりダイブ前に来てしまった。

「そ、それじゃ早速デート……に行こうか」
「ちょっと待ちなさいよっ。その前に言うことがあるでしょ!」

 怒られる理由がまったく分からない。

 何か言うことなどあるのだろうかと、誠也は必死になって頭をフル回転させる。マンガでのシーンやラノベでの描写、それらを頭の中で再生するも、答えが導き出せなかった。

 このままでは最初から険悪ムードになるのは間違いない。
 そこで、なんでもいいから何か言おうと、思ったことをそのまま口にした。

「そうですよね、これを言わないと始まりませんよね。待ち合わせ時間より早いけど、フライングでデートしましょうか」
「そうじゃないでしょっ! せっかくこの私がオシャレしてきたのに、少しも褒めないとかありえないわよ。もう……誠也のばかっ」

 瑞希が期待していた言葉とは違った。
 偽りのデートとはいえ、この日のために洋服を選ぶのに何時間もかけた。それなのに、まったく褒めてくれないのが悔しくてたまらない。

 別に褒めてもらったからといって、何かあるわけでもない。
 だけど……たとえ偽りであっても、オシャレをしてきたのだから、褒めてもらいたいのが乙女心だ。

「あっ……。ご、ごめんなさい。えっと、その……ものすごく似合っていて、女神みたいでつい見とれてしまいます」

 女神みたい──そんなこと初めて言われた。
 綺麗だの、美人だのとは嫌というほど聞かされた。毎回同じセリフの繰り返しで、正直うんざりだった。
 それがニュアンスは同じなのに、その言葉が瑞希の心の奥に深く突き刺さる。

 これは初めて聞いた言葉だから。
 そう、初めてだからこそ心に引っかかっただけ。瑞希は自分にそう言い聞かせた。

「あ、ありがとう……。それと、偽りでも恋人同士なんだから敬語はやめてよね。あと、名前……私のことは名前で呼んでくれないと、怪しまれるじゃないのっ」
「分かった……よ。そ、それじゃ名前で呼ぶね、瑞希」

 まさかの呼び捨てに胸が締め付けられる。
 異性に名前で、しかも呼び捨てなどこれが初めて。
 きっとこのドキドキはそれが原因だと、瑞希は自分に何度も言い聞かせた。

「そ、それでいいわよ。さっ、早くこの私を楽しませてちょうだい」

 誤魔化すように急いで移動しようとする瑞希。
 行き先を知らないのに動き出すほど動揺していた。

「そっちは反対方向だよ」

 咄嗟に手を掴まれ瑞希はその歩みを止める。

 初めて異性に握られた手。
 瑞希には免疫がまったくなく、ドキッと心臓に何かが突き刺さる。
 恋人同士なら自然だと頭では分かっているのに、恥ずかしさから瑞希の顔が真っ赤に染まっていった。

「うぅ……。これは誠也を試しただけなんだからねっ」
「そういうことにしておくよ。さっ、仕切り直して行こうか」
「手……その、手を離してくれないと……。べ、別にイヤとかじゃないんだけど、その……ちょっと恥ずかしいから」

 手から伝わる誠也の温もりは思ったより心地よかった。
 それは自分が男嫌いなのを忘れてしまうほど。
 だが偽りの恋人とはいえ、さすがに手を繋いで歩くのには抵抗があり、瑞希はそっと誠也の手から離れた。

 なぜイヤじゃないと言ってしまったのだろう。
 分からない、誠也とは偽りの恋人でただの虫除け程度のはず。
 その答えが分からないまま、瑞希は誠也の後ろを静かについて行った。

「ここが今日のデート場所だよ。きっと瑞希も楽しめるはずだからね」

 リードしているようで、実を言うと誠也は緊張しっぱなしだった。
 瑞希の手の温もりがしっかりと残っていて、その余韻に浸ってしまう。

 まだデートは始まったばかり、これでは瑞希を満足させられない。
 誠也はその温もりを一旦忘れ、水族館の中へ瑞希と一緒に入っていった。

「水族館とは陰キャのクセにやりますわね」
「陰キャは余計だと思うんですけど」
「ふふふふ、それではエスコートをしっかりお願いね」

 どこか楽しんでいるようにも見える。
 表情は普段と変わらない仮面のような顔。
 本心がどこにあるのか──誠也にはまったく分からず、偽りのデートが始まろうとしていた。

 休日ともあって親子連れやカップルの姿が目立つ。
 全員が手を繋ぎ楽しそうそうな声が聞こえてくる。
 この中で手を繋いでいないのは誠也と瑞希だけ。浮いているような感覚に襲われ、周りの視線を意識してしまう。

 カップルというものは手を繋ぐ義務でもあるのか。そんなのは恥ずかしすぎて無理に決まっている。

 水族館の入口で呆然と佇み、ふたりだけの時間が止まってしまう。
 手を繋ぐべきか、このまま行くべきか──重たい空気の中、最初に口を開いたのは瑞希であった。

「ねぇ、誠也、その……手、繋ごっか」
「えっ……」
「か、勘違いしないでよばかっ。ここで手を繋がないと恋人に見えないでしょっ! それに……もしクラスメイトや学校の人が見てたら恋人じゃないかもって思われるかもしれないし……」

 恥ずかしさが体の内側から込み上げてくる。
 冷徹な顔が熱を帯びて赤一色になった。

 異性と手を繋ぐのはまだ2回目。1回目はついさっき誠也に掴まれたとき。この日、瑞希は異性と肉体的接触をする、という初めての経験は偽りの恋人とだった。

「そ、それくらい分かってるって」
「それならいいわよ。この私と手を繋げるんだからありがたく思いなさい」
「う、うん……。それで恋人に見える繋ぎ方ってどうすればいいのかな?」
「そんなこと、私だって知るわけないしゃないっ」

 恋にまったく興味がなかった誠也にとって、この問題は難攻不落の城を攻めるみたいなもの。

 そもそも女性と手を繋いだのはいつ以来だろう。
 小学生のとき? いや、それより前かもしれない。覚えてないのなら、マンガやラノベを思い出せばいい。

 誠也はデートシーンを参考に手を繋ごうとした。

「えっと、それじゃ、恋人繋ぎっていう繋ぎ方があって、それなら恋人っぽく見えると思うよ」
「恋人繋ぎ……?」
「うん、お互いの指を交互に入れて手を繋ぐんだよ。ほら、こうやって──」

 イメージでしか知らないことを、初めて実践するのは緊張する。
 いや、緊張しているのは誠也だけではない。瑞希もまた不思議な感触によく分からない感情に襲われる。

 ドキドキが止まらない。
 偽りの恋人で興味すらないのに。
 きっとこれは初めての経験だからに違いない。

 自分の気持ちを強引に決めつけ、瑞希は誠也と恋人繋ぎで水族館の中へ歩いていった。
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