恋はカフェオレの香り
「意味わかんない!私の事なんてどうでもいいんでしょ!?もう別れる!!」
あ、まただ。
私、宮野凛のバイト先であるこのカフェには迷惑客がよく来る。
正確に言えば迷惑客を連れてくる常連客がいる。
それがあの男。
名前なんて知らないし知りたいとも思わないけれど、とてつもなく不憫な人。
モデルをやっていると言われても、そりゃそうだって納得出来るほどに顔が整っている。
不躾にならないように彼をこっそりと見やると、今にも泣きそうな顔をして俯いていた。
彼の向かい側の席は既に空いている。
あの男は多分馬鹿なんだと思う。
毎回ろくでもない女を彼女にしては、ここで盛大に振られていく。
私が知っているだけで、過度のメンヘラ、浮気性、虚言癖、癇癪持ちと、ビンゴカードがあればもうビンゴ出来るんじゃないかって程に揃っている。
今回の彼女はきっと浪費癖があったんだろうなと思う。
大方、欲しかった高価なプレゼントをくれない彼に怒り散らかしてたとかだろう。
その証拠に、彼はお気に入りのカフェオレを頼まずに自分は水で済ましている。
彼女のために注文したパンケーキは、届いたままの状態でただ机に置かれていた。
自分の飲むものを我慢してまで彼女さんの好きな物を買っているのにあの態度とこの結果。
それには男嫌いの私でも流石に同情してしまう。
ため息を一つ吐いて、今日も彼がいつも注文するカフェオレを運ぶ。
もちろん自腹で払って。
彼が毎回あまりに酷すぎる振られ方をするものだから、こっそりカフェオレを奢るのが恒例となってしまった。
けれど今日は、頬に彼女さんに叩かれた時に出来たのであろう引っかき傷も見られたため、絆創膏も添えて。
「あの、すみません。何度も何度も」
「何のことですか?傷、早く治るといいですね?」
別に感謝や謝罪をして欲しくての行動じゃないため、軽く流しながら、私が自分の頬っぺたを指さしてジェスチャーすると、彼は気づいてなかったようで慌ててスマホで確認した。
「っ!ありがとうございます!」
ーードキッ
彼の満面の笑みに、不覚にもドキドキしてしまった。
パッと見はクールな印象なのに、笑うと両頬にえくぼが出来てとても可愛い。
きっとみんなあの笑顔の破壊力に落とされていったんだろう。
そして、その後、レジを済ませてお店を後にする彼を見て思った。
どんな彼女でもいっぱいの愛を伝えて、あの人懐っこい笑顔を振りまく彼をずっと大型犬っぽいとは思っていたが、今日分かった。
彼は正にゴールデンレトリバーだ。
「ふふっ」
一度そう思ってしまうと、ゴールデンレトリバーにしか思えなくてつい笑ってしまった。
***
「店員さん?俺らが頼んだパフェこれじゃねーんだけど、どーしてくれんの」
「も、申し訳ございません!」
最悪。
いちゃもんをつけてくる客に捕まってしまった。
注文を聞きに来た時に何度も確認したし、間違えたはずないのに、こうして何度も文句を言ってくるのだ。
しかも、ちゃんとした物を持ってくると言っているのに、誠意が足りないだの何だのと。
「ひっ、」
失礼のない程度に去ろうとしてみれば腕を掴まれてしまった。
ニヤニヤした顔で見てきて本当に怖い。
男たちのニヤニヤする顔を見ると過去のトラウマをどうしても思い出してしまう。
どうしよう......震えてきた。
「店長です。この度は大変申し訳ございませんでした。急ぎ取り替えます。」
「っ!」
その時、店長が間にスっと割って入ってくれ、なんとか事なきを得た。
びっくりして店長を見上げると、あごでクイッとバックヤードを示したため、心の中で感謝しながら行った。
「すみません店長!さっきはありがとうございました!」
「どういたしまして。でも、感謝するならあそこの彼にしてね。彼が僕に教えてくれたから」
「彼?」
そう言って店長が指さす方をみると、ゴールデンレトリバー......じゃなくて、いつもの彼がいた。
私が見るとバチッと目が合い、驚けばすぐに目をそらされた。
すぐに目が合った事と今日は一人で来ている事を疑問に思いながらも、後でお礼を言いに行こうと決めると、店長がニコニコしながら話し始めた。
「あの彼は、凛ちゃんの彼氏なの?」
「え!?違いますよ!」
「えそうなの?じゃあ、気のせいかな」
「何がですか?」
「あの彼よく修羅場展開してたけど、ここ最近はそうゆうこともないし、ずっと凛ちゃんに熱い視線を送ってるから」
え?熱い視線?
もう一度彼の方を見るとまた目が合った、と思ったらまた逸らされた。
何で彼は私の事見てたんだろう?
いつもであれば、男に見られてるって思うだけで気持ち悪く感じるのに、今はなんだかむず痒いような気持ちで、残りの仕事を進めた。
***
「結局お礼言えなかったなー」
退勤の手続きを済まして、お店の制服を脱ぎながら独り言ちる。
助けてくれた彼には、レジに来た時に改めてお礼を言おうと思っていたのに、他の人がレジ担当の時に済ませてしまったようだった。
それならば仕方ない、と次会った時に言おうと決めて、カフェを出ると敷地の外に彼がいた。
「なにしてんだろ、」
丁度いい、今お礼を言いに行こうとして、私は足を止めた。
……なんだ、女の子といるのか。
別に彼が誰といようが私には関係ない事なのに、その事実が酷く自分の胸に重くのしかかってきた。
彼に絡む女の子は猫なで声で「とうま〜」と甘えてる。
名前、とうまって言うんだ……。
そこで気づいた。
彼の名前さえも知らないのに、自分でも知らず知らずのうちに期待して恋していたのだと。
馬鹿なのは私だ。
今思えば、好きでもないのにお店に来る度に意識して、可哀想だからって自分のお金を使ってまでサービスしない。
彼にしてた私の行動のあれもこれもが全部好きだったからだ。
男嫌いだからって自分の気持ちに蓋をして、それなのに勝手に裏切られたような気持ちになるなんて被害妄想も甚だしい。
だめだ、一度自覚してしまえば彼にベタベタする女の子を見ると泣いちゃいそう。
早くこの場から離れないと。
そう思って、足早に通り過ぎようとした時
「待って!」
「え……?」
彼に腕を掴まれた。
「えっと、俺、ずっと話したくてっ!あ、ちがう。今時間ありますか、?変なナンパとかじゃなくて……」
突然彼に話しかけられて呆然とする私と、顔を真っ赤にしながらあーでもないこーでもないとあたふたする彼。
言葉尻はどんどん小さくなっていって、最後に「失敗した……」と小声でぼやく姿がとても可愛くて。
「ふふふっ」
「ぁえ?何で笑って、?」
つい笑ってしまった私に困惑する姿にまた可愛いと思ってしまう。
それと引き止めてくれたことに対しての、微かな期待。
また傷つきたくない止めなきゃって思う気持ちと、ワンチャンを狙う気持ちとが私の中でせめぎ合っていた。
「あの、俺は片山 透真です」
「私は宮野 凛です。……さっきの女の子のことはいいんですか?」
「っ!あれは全然ちがくて!たまたま友達に会って絡まれただけで。……すみません。いつも情けない姿を見せて。呆れてますか、?」
きっと彼に耳が生えていれば、その耳は下がってしょげているんだろうなと思えるほどに、彼は困り顔だった。
……勘違いしてもいいのだろうか。
こんな態度をされたら、彼は私のことが好きだなんて勘違いをしてしまいそうになる。
きっと、彼にはそんなつもりは一切ないだろうに。
曖昧に返事をする私を見て、彼は大きく深呼吸をした。
「好きです」
「へ?」
「好きです、付き合って欲しいです」
「え、ん?ちょっと待って!どうゆうこと!?」
私の聞き間違いじゃなかったら、彼は今私の事が好きだと言ったよね?
「俺、こんな見た目だから外面だけで好意持たれること多くて、実際に接するとイメージと違ったとかで振られたり。でも、あんなダサい俺にも優しくしてくれた凛さんに惚れました」
彼の真面目な瞳を見ると、これが嘘じゃないって分かる。
好きな人に告白されるってこんなにも幸せなんだ。
「私もずっと好きでした」
「え、うそ!まじ!?」
「うん!」
「本当に嬉しい泣きそう」
泣き笑いみたいな顔をする透真につられて、私まで泣きそうになる。
もちろんさっきまでの悲しい涙なんかじゃない、嬉しくて幸せな時に出る涙だ。
それから二人でいつから好きだったのかとか、あの時はこう思っていたとか、答え合わせをしながら歩いた。
もちろん二人の手は恋人繋ぎで。
そんな二人を、どこからともなく漂ってきたカフェオレの甘い香りが包んだ。
あ、まただ。
私、宮野凛のバイト先であるこのカフェには迷惑客がよく来る。
正確に言えば迷惑客を連れてくる常連客がいる。
それがあの男。
名前なんて知らないし知りたいとも思わないけれど、とてつもなく不憫な人。
モデルをやっていると言われても、そりゃそうだって納得出来るほどに顔が整っている。
不躾にならないように彼をこっそりと見やると、今にも泣きそうな顔をして俯いていた。
彼の向かい側の席は既に空いている。
あの男は多分馬鹿なんだと思う。
毎回ろくでもない女を彼女にしては、ここで盛大に振られていく。
私が知っているだけで、過度のメンヘラ、浮気性、虚言癖、癇癪持ちと、ビンゴカードがあればもうビンゴ出来るんじゃないかって程に揃っている。
今回の彼女はきっと浪費癖があったんだろうなと思う。
大方、欲しかった高価なプレゼントをくれない彼に怒り散らかしてたとかだろう。
その証拠に、彼はお気に入りのカフェオレを頼まずに自分は水で済ましている。
彼女のために注文したパンケーキは、届いたままの状態でただ机に置かれていた。
自分の飲むものを我慢してまで彼女さんの好きな物を買っているのにあの態度とこの結果。
それには男嫌いの私でも流石に同情してしまう。
ため息を一つ吐いて、今日も彼がいつも注文するカフェオレを運ぶ。
もちろん自腹で払って。
彼が毎回あまりに酷すぎる振られ方をするものだから、こっそりカフェオレを奢るのが恒例となってしまった。
けれど今日は、頬に彼女さんに叩かれた時に出来たのであろう引っかき傷も見られたため、絆創膏も添えて。
「あの、すみません。何度も何度も」
「何のことですか?傷、早く治るといいですね?」
別に感謝や謝罪をして欲しくての行動じゃないため、軽く流しながら、私が自分の頬っぺたを指さしてジェスチャーすると、彼は気づいてなかったようで慌ててスマホで確認した。
「っ!ありがとうございます!」
ーードキッ
彼の満面の笑みに、不覚にもドキドキしてしまった。
パッと見はクールな印象なのに、笑うと両頬にえくぼが出来てとても可愛い。
きっとみんなあの笑顔の破壊力に落とされていったんだろう。
そして、その後、レジを済ませてお店を後にする彼を見て思った。
どんな彼女でもいっぱいの愛を伝えて、あの人懐っこい笑顔を振りまく彼をずっと大型犬っぽいとは思っていたが、今日分かった。
彼は正にゴールデンレトリバーだ。
「ふふっ」
一度そう思ってしまうと、ゴールデンレトリバーにしか思えなくてつい笑ってしまった。
***
「店員さん?俺らが頼んだパフェこれじゃねーんだけど、どーしてくれんの」
「も、申し訳ございません!」
最悪。
いちゃもんをつけてくる客に捕まってしまった。
注文を聞きに来た時に何度も確認したし、間違えたはずないのに、こうして何度も文句を言ってくるのだ。
しかも、ちゃんとした物を持ってくると言っているのに、誠意が足りないだの何だのと。
「ひっ、」
失礼のない程度に去ろうとしてみれば腕を掴まれてしまった。
ニヤニヤした顔で見てきて本当に怖い。
男たちのニヤニヤする顔を見ると過去のトラウマをどうしても思い出してしまう。
どうしよう......震えてきた。
「店長です。この度は大変申し訳ございませんでした。急ぎ取り替えます。」
「っ!」
その時、店長が間にスっと割って入ってくれ、なんとか事なきを得た。
びっくりして店長を見上げると、あごでクイッとバックヤードを示したため、心の中で感謝しながら行った。
「すみません店長!さっきはありがとうございました!」
「どういたしまして。でも、感謝するならあそこの彼にしてね。彼が僕に教えてくれたから」
「彼?」
そう言って店長が指さす方をみると、ゴールデンレトリバー......じゃなくて、いつもの彼がいた。
私が見るとバチッと目が合い、驚けばすぐに目をそらされた。
すぐに目が合った事と今日は一人で来ている事を疑問に思いながらも、後でお礼を言いに行こうと決めると、店長がニコニコしながら話し始めた。
「あの彼は、凛ちゃんの彼氏なの?」
「え!?違いますよ!」
「えそうなの?じゃあ、気のせいかな」
「何がですか?」
「あの彼よく修羅場展開してたけど、ここ最近はそうゆうこともないし、ずっと凛ちゃんに熱い視線を送ってるから」
え?熱い視線?
もう一度彼の方を見るとまた目が合った、と思ったらまた逸らされた。
何で彼は私の事見てたんだろう?
いつもであれば、男に見られてるって思うだけで気持ち悪く感じるのに、今はなんだかむず痒いような気持ちで、残りの仕事を進めた。
***
「結局お礼言えなかったなー」
退勤の手続きを済まして、お店の制服を脱ぎながら独り言ちる。
助けてくれた彼には、レジに来た時に改めてお礼を言おうと思っていたのに、他の人がレジ担当の時に済ませてしまったようだった。
それならば仕方ない、と次会った時に言おうと決めて、カフェを出ると敷地の外に彼がいた。
「なにしてんだろ、」
丁度いい、今お礼を言いに行こうとして、私は足を止めた。
……なんだ、女の子といるのか。
別に彼が誰といようが私には関係ない事なのに、その事実が酷く自分の胸に重くのしかかってきた。
彼に絡む女の子は猫なで声で「とうま〜」と甘えてる。
名前、とうまって言うんだ……。
そこで気づいた。
彼の名前さえも知らないのに、自分でも知らず知らずのうちに期待して恋していたのだと。
馬鹿なのは私だ。
今思えば、好きでもないのにお店に来る度に意識して、可哀想だからって自分のお金を使ってまでサービスしない。
彼にしてた私の行動のあれもこれもが全部好きだったからだ。
男嫌いだからって自分の気持ちに蓋をして、それなのに勝手に裏切られたような気持ちになるなんて被害妄想も甚だしい。
だめだ、一度自覚してしまえば彼にベタベタする女の子を見ると泣いちゃいそう。
早くこの場から離れないと。
そう思って、足早に通り過ぎようとした時
「待って!」
「え……?」
彼に腕を掴まれた。
「えっと、俺、ずっと話したくてっ!あ、ちがう。今時間ありますか、?変なナンパとかじゃなくて……」
突然彼に話しかけられて呆然とする私と、顔を真っ赤にしながらあーでもないこーでもないとあたふたする彼。
言葉尻はどんどん小さくなっていって、最後に「失敗した……」と小声でぼやく姿がとても可愛くて。
「ふふふっ」
「ぁえ?何で笑って、?」
つい笑ってしまった私に困惑する姿にまた可愛いと思ってしまう。
それと引き止めてくれたことに対しての、微かな期待。
また傷つきたくない止めなきゃって思う気持ちと、ワンチャンを狙う気持ちとが私の中でせめぎ合っていた。
「あの、俺は片山 透真です」
「私は宮野 凛です。……さっきの女の子のことはいいんですか?」
「っ!あれは全然ちがくて!たまたま友達に会って絡まれただけで。……すみません。いつも情けない姿を見せて。呆れてますか、?」
きっと彼に耳が生えていれば、その耳は下がってしょげているんだろうなと思えるほどに、彼は困り顔だった。
……勘違いしてもいいのだろうか。
こんな態度をされたら、彼は私のことが好きだなんて勘違いをしてしまいそうになる。
きっと、彼にはそんなつもりは一切ないだろうに。
曖昧に返事をする私を見て、彼は大きく深呼吸をした。
「好きです」
「へ?」
「好きです、付き合って欲しいです」
「え、ん?ちょっと待って!どうゆうこと!?」
私の聞き間違いじゃなかったら、彼は今私の事が好きだと言ったよね?
「俺、こんな見た目だから外面だけで好意持たれること多くて、実際に接するとイメージと違ったとかで振られたり。でも、あんなダサい俺にも優しくしてくれた凛さんに惚れました」
彼の真面目な瞳を見ると、これが嘘じゃないって分かる。
好きな人に告白されるってこんなにも幸せなんだ。
「私もずっと好きでした」
「え、うそ!まじ!?」
「うん!」
「本当に嬉しい泣きそう」
泣き笑いみたいな顔をする透真につられて、私まで泣きそうになる。
もちろんさっきまでの悲しい涙なんかじゃない、嬉しくて幸せな時に出る涙だ。
それから二人でいつから好きだったのかとか、あの時はこう思っていたとか、答え合わせをしながら歩いた。
もちろん二人の手は恋人繋ぎで。
そんな二人を、どこからともなく漂ってきたカフェオレの甘い香りが包んだ。