既婚者に恋してる先輩と私はキスでつながっている
「間島沙奈!! おまえはコピーもまともにとれないのか!!」
今日も罵声が飛ぶ。この人、顔はいいけど、仕事の鬼。つまり鬼上司。しかも、私にはあたりが強い気がする。
「ここの文章を作っておけっていったよな」
顔はいいんだけどね。自分にも他人にも厳しいから、苦手。
ため息しか出ない。
私は、仕事ができない。どんくさいしテキパキしていないからなぁ。仕方がないけど。
この会社はみんなが知る大手。何とか入ったからには何とか続けないとなぁ。
「須藤先輩ってみんなに厳しいから、気にしなくていいんだよ」
気にかけてくれる優しい先輩もいる。
今日は大きな会議があって、そのために私たちは一生懸命プレゼンの資料を作った。
なんとか終わったけれど、それでも仕事がまだまだある。
みんな帰っちゃったなぁ。今日誕生日なのに仕事か。
「夕飯まだなら、一緒に食べるか?」
須藤先輩が珍しく何か買ってきた。
「軽食とビールで今日の打ち上げ」
実は優しい?
「誕生日なんだろ」
「なんで知ってるんですか? ストーカー?」
「ちがう。俺はこの部署の全員の誕生日をスケジュールに入れてるから。一応課長だし」
ちょっとした心遣いは嬉しい。
先輩が席を立った時に、資料を置きに行った。すると、引き出しが開いていて――女性の写真が20枚くらい入っている。
同じ人だ。しかも、この人、会社でみたことがある。ここの社員をストーカーしてるってこと?
「見たのか?」
後ろから鬼のような声がする。焦りと怒りが入り乱れる。
「もしやストーカーですか?」
「ちがう。って俺は中学からこいつとは友達なんだよ」
「だから、なんでこんなに写真が入っているのですか? このことをばらされたくなかったら私に厳しくするのはやめてくださいね」
にやりと笑う。
お酒の勢いもあり、先輩の本音を聞く。
「片思いってやつですか?」
にやりと笑いながら、弱みを握る。
これで、いじめを受けなくて済む。むしろ、優位になれる。
「相手はただの同級生で、既婚者だ」
「うまくいったら、不倫ですね」
さらににやりと微笑んでみる。私は悪魔か。
「あいつの幸せを俺は望んでいるんだ」
ビールを少し飲んだくらいで酔っている。
案外お酒に弱い。
意外と女々しい。
お酒を飲むと「俺なんてどうせ」っていう口癖が仕事の鬼とは思えない。
「先輩みたいな人に一途に愛されてる同期の女性は幸せですよね」
「あいつは全然俺なんか相手にしねーよ」
「たしかに、魅力的な女性ですよね。顔良し、頭良し、理想的な女性ですよね。そりゃ男も放っとかない。結婚も早いのは納得です」
「わかるか、間島。あれくらいいい女はそうそういるもんじゃねー」
赤ら顔の情けない男が目の前にいる。
最近、彼氏なんてずっといなかった私には久々に一対一で話せた相手が先輩だった。
情けないけど、一途で意外にもかわいい人なんだな。
はじめて抱く感情が芽生えた。
「先輩は一生独身でいいんですか?」
「仕方ないだろ。好きな相手が結婚しているんだから。この話は絶対に秘密だぞ」
睨みつける須藤先輩。でも、今まで感じている怖いイメージとは全然違うと感じる。
「わかってますよー。先輩が私に対して優しく接してくれないと話しちゃいますけど。あと、無理な残業はお断りしますからね。でないと、話しちゃいますよ」
「その程度の契約なら俺はかまわん。だから、あいつには絶対に知られたくないんだ。ずっと知られずにただの同僚として一生過ごす。気持ちは秘めるのみ」
「先輩って意外と一途でしつこいんですね。でも、そーいう部分を知るとお相手の先輩も好きになってくれたかもしれませんよ」
「そんなもんなのか?」
意外そうな顔をする。
「そんなもんです」
きっとこの人、彼女いたことないのかも。顔良いのにもったいないなぁ。残念系男子ってこ―いう人を指すのかも。
人生損してるだろうな。そんなに囚われなくてもいいのに。
「一生独身ってのが悪いなんて誰基準だ。俺は俺なんだ」
変にポリシーを曲げないところは男らしいけど、ある意味ストーカー気質なんだよなぁ。
♢♢♢須藤先輩視点
見られてしまった。俺の人生の唯一の欠点であり、執着心が強いという汚点。しかも、できの悪い後輩に。面倒なことにならなければいいが。
こいつ、にやけ具合から、俺のことを何かと利用するつもりじゃないのか。まりな以外に好きになれる女性はいない。断言できる。
好きという気持ちは簡単には曲げられない。ポリシーは簡単に変えられない。俺はとても辛い時期に、魔がさして、社内簡単打ち上げを開催したのが裏目に出てしまった。彼女の結婚式。隣にいたのは俺ではない知っている同級生の男性だ。もちろん、いい人間だということはわかっているから、彼女を幸せにできるだろう。でも、幸せにするのが俺ではないなんて。告白すらできないなんて、辛いの極みだ。目の前のお気楽女子にはこんな気持ちはわからないのだろう。どうせ一途な恋などしたことがないのだろうし、愛なんてしらないのだろうから。
好きだとか嫌いだとかそういう気持ちを表に出さずに来た俺が悪いのかもしれない。
諦めるしかないとはわかっている。きっと幸せになってくれる。俺は、彼女の幸せを願うしかないのか。
一生涯片思いってのも俺らしいな。
面倒なことにならなければいいがな。
はっきり言って俺は女という生き物に慣れていない。
だから、うまく接することもできないし、セクハラだとかパワハラだとか訴えられたら面倒だ。
オフィスでの飲み会以来、私と先輩の距離は確実に縮まった。
鬼じゃない一面を知ったからだ。
純粋で一途なタイプの男性。
絶滅危惧種だよ。
「せんぱーい、夕ご飯おごってくれますよね」
にやりと笑いかける。これまでの仕打ちは飯代で返してもらうわよ。
毒舌で厳しい完璧男がストーカーまがいの一途な片思いをしていたなんて、思わぬ収穫だ。
にんまりする。
「わかった。とりあえず、おごるから、仕事は真面目にしろよ」
「はーい。仕事は以前に増して一生懸命やりますよ。企画課の先輩のためにもね」
にんまりと笑いかける。
企画課のまりな先輩は須藤先輩の片思い相手。バリバリ仕事ができる女性であり、課長として働いている。
しかも、結婚しているらしい。同級生だというあたりしか情報がないため、これから須藤先輩本人から聞き出そうというわけだ。
見た目は美人でスタイルがいい。パンツスーツがよく似合うできる女性で、みんなから慕われている。
「生ビール」
遠慮せず飲み物と食べ物を頼む。いわゆる家庭料理を出すような居酒屋だ。
まさか、鬼上司とこんなところに来る日が来るとは。
人生わからないものだ。
至福のひとときに浸る。
うわさ話は最高の蜜の味だ。
「で、その人を好きになったきっかけと、なぜ今まで諦められないのかを教えてください」
お酒が入ったこともあり、強気になる。
「好きになったきっかけなんて、中学の時だから忘れたよ。諦められないのは理屈じゃないだろ」
「じゃあ、質問を変えます。今まであの人に告白したり、デートに誘うなどの積極的なアプローチをしたことはありますか?」
「ない」
「友達ではあったんですよね?」
「話せる仲だけど、そこまで親しくはない」
「まさか、ストーカーの如く同じ会社に入社したとか?」
「偶然だよ。中高一貫校で大学もエスカレーター式だったし。この会社には、うちの大学からは割と入っているしな」
「先輩はエリートですからね。でも、告白しないうちに相手が結婚したってことですか?」
「まぁ、そうなる」
照れくさそうに視線を逸らすイケメンも意外とかわいい。
「今も、好きなんですか?」
「簡単に人の気持ちって変わらないもんだよ」
冷静な顔をしながらも、熱い思いを抱く先輩は一途な人なんだと思う。
一緒にごはんを毎日のように食べるようになった。
彼女との思い出の話や何度か告白しようとしてうまくいかなかったことがあったことを少しずつカミングアウトされる。
人生はタイミングが大事だ。告白しようとしても、邪魔が入ったり、ドタキャンされて会えなかったり、トラブルがあって延期になったり。
タイミングを逃して気持ちは冷めないという状態なのかもしれない。
「そうだよな。キモイよな……相手は既婚者なんだし」
「旦那さんってどんな人なんですか?」
「大学時代の同級生で俺もよく知ってるんだよ。いつのまにか交際して結婚してたんだ。結婚式の招待状をもらったときは凍ったよ」
「でも、結婚したのは最近なんですか?」
「わりと最近だ。幸せであってほしいとも思うが、複雑だ」
「イケメンな旦那さんでしたか?」
「世間でいうイケメンってのがわからないけど、まぁカッコいいと思うし、勉強もできるし大手企業に勤めてる男だ。あいつにならば、任せられるな」
「そのうちお子さん生まれたら」
「……」
一瞬黙ってしまう。辛いのだろうか。なんともいえない空気だ。
この人は、ずっと好きな人をいつのまにか奪われて、結婚式にまで出ていたのだろうか。
「俺は、このまま一生独身だ。気持ちは墓場まで持っていく」
「これからいい出会いがあるかもしれませんよ」
「俺は、きっと他の誰かを愛せないと思う」
何、変なところで融通がきかないなぁ。真面目かよ。
あきれながらも、話し相手とご飯を食べる相手ができたことに喜びを感じる。
基本ずっと一人だった。気を許せる友達もいない。
先輩は他に好きな人がいるわけで、過ちは起きない。
真面目ゆえ、私に手を出すとか器用なことはできないだろう。
安心して、財布代わりとして相手をしてもらう。
先輩のおごりはありがたい。
でも、話をしているたび、思いがひしひしと伝わってくる。
なんだろう。こんなに愛することができる人、素敵じゃん。
不思議な尊敬と憧れの気持ちが芽生える。
私はずっとただ、共に食事をする関係なんだよね。
その位置が崩れることはないんだよね。
自問自答しているなんて、少し前にはなかったことだ。
真面目で一途な男が目の前にいるのに、もったいないことした人もいるんだね。
まりな先輩のだんなさんは、もっと魅力があったのだろうか。
須藤先輩の本当の魅力に気づかないで結婚しちゃった?
あれ? わたし、さっきから、魅力っていう言葉を使ってる。
かなり肯定的な意見だよね。あんなに嫌いだったのに。嘘みたい。
♢♢♢
須藤先輩視点
正直うざい。なぜ、俺がこの面倒な女におごらなければいけないのか。
まぁ、あの写真を見られてしまい、既婚者女性に片思いをしていることを知られたからなのだが。
いつもひとりぼっちだった食事の時間を誰かと共にするというのは、少し気持ちが晴れた。
彼女が結婚してしまい、食事に誘えなくなった。
気楽に連絡することもできなくなった。
ぽっかり空いた穴に入ってきたのが、間島沙奈だった。
心のスキマというのはふとした瞬間に空き、入るタイミングというのは偶然だった。
まさかの不出来な後輩に弱みを握られるとは一生の不覚。
でも、ポンコツな女子のほうが、気取らずに話すことができるのかもしれない。
ずっと好きだった人。まりなは、完璧で俺よりも何でもできる人だった。
だから、告白できなかったのかもしれない。
俺では不釣り合いで、全くスキがない。
勉強でも運動でも彼女に勝る要素はなく、仕事も昇進はまりなのほうがずっと早いだろう。
俺なんて――まりなと比べるといつも卑屈になっていた。
旦那となった男だって、完璧じゃなかった。普通よりはずっと何でもできる男だけれど、まりなよりできたかというと疑問だ。
でも、彼女はあいつを選んだ。
俺も、あと少し勇気があれば――。
足りなかったのは、勇気だったのかもな。
まぁ、告白してもフラれていたかもしれないし、それが怖くてできなかったのだけれど。
須藤先輩には人には言えない秘密があるらしい。
いつのまにかそばにいて、食事を共にするのが当たり前の存在になった須藤先輩。
好きだと気づいたのはいつからだろうか。
周囲からは、急にどうしたの? もしかしてお付き合いしてるとか? なんて言われたけれど、そんなのは一時期。
須藤先輩の睨みと冷徹な対応が私たちが絶対に付き合っていないという証拠となっていた。
お酒が入るとキャラ変するなんてみんな知らないんだよね。
本当は優しくて人思いで、でも、ぶれない人。
一途で不器用な男性。
私だけが知る秘密だ。
もっと近くにいたい。たとえ私の片思いでも――。
いつものノリで提案してみる。
一緒にご飯を食べて、その流れ。明日は休みだし。
「先輩のお宅にお邪魔しちゃおうかな」
「なんでだよ」
「二次会ですよ。彼女との写真も見たいし」
思いのほか部屋はきれいで、焦って片づける様子はない。
見られて困るものはないということか。
本当は先輩と一夜の関係になりたいという目論見があった。
きっと先輩だって、若い女性がいれば、遊びでならば手を出すと思った。
私にだってその程度の魅力はあると思う。多分だけど。
写真を見せてもらい、普通に話が盛り上がる。
私が知らない先輩の学生時代。中学時代はまだまだあどけなく背も低い。
高校生の時も今よりもずっときゃしゃで、顔は幼い。
大学生の時も、いつも彼女のことを写真の中でも見ているような気がする。
つまり、ずっと彼の視線は彼女にしか向いていない。
それ以外の女性は興味ゼロってことだ。
視線と視線が合う。実は胸が少しばかり開いたブラウスを着てきた。スカートも短めだ。
化粧はばっちり、髪型のカールも崩れていない。私のかわいいを見てほしい。
「今晩泊めてください」
上目づかいで目を大きく見せる。
「別にいいけど、俺は部屋で寝るから、お前はソファーで寝てろ」
本気で言ってるの?
魅力ないってこと?
しかも、普通逆だよね。ソファーが俺で、女性にベッドを譲るのが当たり前でしょ。
まぁ、勝手にズカズカ上がりこむ私が悪いんだけど。
「俺、好きじゃない女とは一緒に寝ない主義だから」
この言葉がズキット刺さる。
私、鬼上司である先輩のことが好きなんだ。
先輩の気持ちは別にある。
これは、完全に一方通行の恋。
私はなんて未来のない難しい恋をしてしまったのだろう。
果てしない砂漠に放り出されたような絶望感を担う。
こんな気持ちになるために仲良くなったの?
はじめての悲しみだった。
涙が流れそうになり、「帰宅します」と言って私は帰る。
でも、好きだから、明日も先輩とごはんを食べたい。話がしたい。
好きな人と両思いになれなくても一緒にいたい。
気持ちだけは変えられない。
好きという気持ちはどうにもならない、ストーカーとか最初は思ったけれど、踏ん切りがつかない先輩の気持ちは痛いほどわかる。
フラれてもいない状態で失恋したのだから、どうにも嫌いになれないのはわかる。
自分も同じ状況になって初めて感じるもどかしさ。
じれじれした感じだ。
そして、全く相手にされていない私は全く女性としての魅力を感じられていないのは辛い。
どうやら私と先輩は似た者同士らしい。
「わかった。今日は、帰宅しろ。でも、俺も話し相手がいたほうが和む。また遊びに来い」
え? 一歩前進した? これって、また来いよっていうことは? 特別な存在に近づいた?
「うれしーです」
思わず飛びつく。驚く先輩は意外と純粋でかわいい。
私の髪を撫でる先輩の手は思った以上に大きくて優しい。
先輩のアルバムに私との思い出が刻まれるといいな。
そんなことを思ってしまう。
勢いあまって、唇にキスをする。
あれ、私ってこんなに大胆キャラだっけ?
そんなわけないのに。
嫌がられるよね。あんなに愛している人がいるんだもん。
唇が離れるのが一瞬。その直後、すぐに再度唇が触れた。
先輩の方からキスしたの? そうだよね。
これって、そーいう関係になってもいいっていうこと?
先輩はじっと見つめて、「ごめん。つい、キスしてしまった」
「私の方こそ、最初にキスしてごめんなさい」
「いや、俺、女性と接することになれていなくて、うまく距離がとれないのかもしれない。嫌じゃなかったか?」
「嫌じゃないです」
でも、それ以上の何かという関係にはなれないし、先輩の心から彼女を消すことはできない。
でも、そばにいてくれると落ち着くと言われたことがあって、それが今は一番うれしい。
どんな言葉よりも私を支えているんだ。
「先輩、キスするの、はじめてですか?」
「そうなるかな」
「今日は、どんなキスを何回しますか?」
「な、なにを言う?」
赤面の先輩。
「キスひとつでも、いろんなやり方あるみたいなんで、一緒に研究しましょうよ」
「だあ――――!! おまえってやつは」
不意打ちのキス。舌を絡める。頬やおでこにした時と比べて、二人の体温はだいぶ高くなる。
今日はだいぶ絡める時間が長い。
そんな先輩に今日も抱きつく私。
「今日はどこにキスしますかね?」
「ばかやろー!!」
まんざらでも無さげな先輩。
毎日が楽しいんだから、これでいいんだ。
「とりあえず、ごはんでもたべにいきますか」
「今日はどこに行く?」
そんな私と先輩との関係、日常は結構楽しい。
キスからはじまる関係はありだと思うな。
その先があるかどうかなんてわからないけれど、先輩に私以外の相手ができるとも思えないし。
多分、放っておいたら、おじいちゃんになっても片思いして孤独死しそうなタイプだし。
顔はいいし、年収はいいから、先輩がその気になればいくらでも女が寄ってくるんだろうけどね。
このままでもいいけど、この人の恋人になりたい。
♢♢♢
須藤先輩視点
この女は、ノリで男の部屋に来たり、キスできる人間なのか?
たくさんの男たちと――?
結構キスが上手いような気がする。とは言っても俺は経験がないから比較対象がいるわけではないけど。
だぁ――そんなこと考えたらムカムカモヤモヤするじゃねーか。
いつからだろう。この女を女としてみたのは。
部屋でキスをするようになってからだろうか。
でも、キス以上の何かをすることは間違っていると思った。
俺はまりなを好きなんだ。
それなのに、沙奈の体だけ奪うのは違う。
でも、キスくらいならと魔が差したんだ。
でも、案外乗り気な沙奈は自分から色々なキスをしてきた。
ただ、気持ちがいい。優しい気持ちになれた。
俺の風穴、スキマを埋めたのは間島沙奈という人間だった。
意外とキスの味は悪くない。
沙奈とキス以上の関係になっても構わない。
むしろなりたいなんて思っていることは言えないでいた。
彼女と一緒に飯を食ってキスをする。
そんな毎日がどうしても楽しくてしょうがない。
まりなに片思いしていた時、ずっと俺は楽しかったか?
楽しいことなんてなかった。
ただ、遠くで彼女を見ているだけ。
他の誰とも交際せず、彼女と付き合うタイミングを探していた。
でも、タイミングが合わずに今日まで来てしまった。
好きってなんだろう。
俺は全然わかってない。
恋愛初心者にも程があるな。
今、沙奈に彼氏ができたらキス友がいなくなるってことか。
キス友って俺が勝手に名付けただけだがな。
ご飯を食べる友達というか同僚や後輩もいない。
みんな俺を怖がっているのかもしれない。
もっと気を利かせて仲良くしないと、会社での人間関係も悪くなるだけだ。
そうだ、今度会社の課のみんなを誘ってバーベキュー大会をやってみるか。
「せんぱーい」
俺を呼ぶ声が今日も聞こえる。
「飯食いに行くか」
「はい」
飯とキスでつながる関係ってのも悪くないかもな。
このままでもいいけど、こいつの恋人になりたい、かも。
今日も罵声が飛ぶ。この人、顔はいいけど、仕事の鬼。つまり鬼上司。しかも、私にはあたりが強い気がする。
「ここの文章を作っておけっていったよな」
顔はいいんだけどね。自分にも他人にも厳しいから、苦手。
ため息しか出ない。
私は、仕事ができない。どんくさいしテキパキしていないからなぁ。仕方がないけど。
この会社はみんなが知る大手。何とか入ったからには何とか続けないとなぁ。
「須藤先輩ってみんなに厳しいから、気にしなくていいんだよ」
気にかけてくれる優しい先輩もいる。
今日は大きな会議があって、そのために私たちは一生懸命プレゼンの資料を作った。
なんとか終わったけれど、それでも仕事がまだまだある。
みんな帰っちゃったなぁ。今日誕生日なのに仕事か。
「夕飯まだなら、一緒に食べるか?」
須藤先輩が珍しく何か買ってきた。
「軽食とビールで今日の打ち上げ」
実は優しい?
「誕生日なんだろ」
「なんで知ってるんですか? ストーカー?」
「ちがう。俺はこの部署の全員の誕生日をスケジュールに入れてるから。一応課長だし」
ちょっとした心遣いは嬉しい。
先輩が席を立った時に、資料を置きに行った。すると、引き出しが開いていて――女性の写真が20枚くらい入っている。
同じ人だ。しかも、この人、会社でみたことがある。ここの社員をストーカーしてるってこと?
「見たのか?」
後ろから鬼のような声がする。焦りと怒りが入り乱れる。
「もしやストーカーですか?」
「ちがう。って俺は中学からこいつとは友達なんだよ」
「だから、なんでこんなに写真が入っているのですか? このことをばらされたくなかったら私に厳しくするのはやめてくださいね」
にやりと笑う。
お酒の勢いもあり、先輩の本音を聞く。
「片思いってやつですか?」
にやりと笑いながら、弱みを握る。
これで、いじめを受けなくて済む。むしろ、優位になれる。
「相手はただの同級生で、既婚者だ」
「うまくいったら、不倫ですね」
さらににやりと微笑んでみる。私は悪魔か。
「あいつの幸せを俺は望んでいるんだ」
ビールを少し飲んだくらいで酔っている。
案外お酒に弱い。
意外と女々しい。
お酒を飲むと「俺なんてどうせ」っていう口癖が仕事の鬼とは思えない。
「先輩みたいな人に一途に愛されてる同期の女性は幸せですよね」
「あいつは全然俺なんか相手にしねーよ」
「たしかに、魅力的な女性ですよね。顔良し、頭良し、理想的な女性ですよね。そりゃ男も放っとかない。結婚も早いのは納得です」
「わかるか、間島。あれくらいいい女はそうそういるもんじゃねー」
赤ら顔の情けない男が目の前にいる。
最近、彼氏なんてずっといなかった私には久々に一対一で話せた相手が先輩だった。
情けないけど、一途で意外にもかわいい人なんだな。
はじめて抱く感情が芽生えた。
「先輩は一生独身でいいんですか?」
「仕方ないだろ。好きな相手が結婚しているんだから。この話は絶対に秘密だぞ」
睨みつける須藤先輩。でも、今まで感じている怖いイメージとは全然違うと感じる。
「わかってますよー。先輩が私に対して優しく接してくれないと話しちゃいますけど。あと、無理な残業はお断りしますからね。でないと、話しちゃいますよ」
「その程度の契約なら俺はかまわん。だから、あいつには絶対に知られたくないんだ。ずっと知られずにただの同僚として一生過ごす。気持ちは秘めるのみ」
「先輩って意外と一途でしつこいんですね。でも、そーいう部分を知るとお相手の先輩も好きになってくれたかもしれませんよ」
「そんなもんなのか?」
意外そうな顔をする。
「そんなもんです」
きっとこの人、彼女いたことないのかも。顔良いのにもったいないなぁ。残念系男子ってこ―いう人を指すのかも。
人生損してるだろうな。そんなに囚われなくてもいいのに。
「一生独身ってのが悪いなんて誰基準だ。俺は俺なんだ」
変にポリシーを曲げないところは男らしいけど、ある意味ストーカー気質なんだよなぁ。
♢♢♢須藤先輩視点
見られてしまった。俺の人生の唯一の欠点であり、執着心が強いという汚点。しかも、できの悪い後輩に。面倒なことにならなければいいが。
こいつ、にやけ具合から、俺のことを何かと利用するつもりじゃないのか。まりな以外に好きになれる女性はいない。断言できる。
好きという気持ちは簡単には曲げられない。ポリシーは簡単に変えられない。俺はとても辛い時期に、魔がさして、社内簡単打ち上げを開催したのが裏目に出てしまった。彼女の結婚式。隣にいたのは俺ではない知っている同級生の男性だ。もちろん、いい人間だということはわかっているから、彼女を幸せにできるだろう。でも、幸せにするのが俺ではないなんて。告白すらできないなんて、辛いの極みだ。目の前のお気楽女子にはこんな気持ちはわからないのだろう。どうせ一途な恋などしたことがないのだろうし、愛なんてしらないのだろうから。
好きだとか嫌いだとかそういう気持ちを表に出さずに来た俺が悪いのかもしれない。
諦めるしかないとはわかっている。きっと幸せになってくれる。俺は、彼女の幸せを願うしかないのか。
一生涯片思いってのも俺らしいな。
面倒なことにならなければいいがな。
はっきり言って俺は女という生き物に慣れていない。
だから、うまく接することもできないし、セクハラだとかパワハラだとか訴えられたら面倒だ。
オフィスでの飲み会以来、私と先輩の距離は確実に縮まった。
鬼じゃない一面を知ったからだ。
純粋で一途なタイプの男性。
絶滅危惧種だよ。
「せんぱーい、夕ご飯おごってくれますよね」
にやりと笑いかける。これまでの仕打ちは飯代で返してもらうわよ。
毒舌で厳しい完璧男がストーカーまがいの一途な片思いをしていたなんて、思わぬ収穫だ。
にんまりする。
「わかった。とりあえず、おごるから、仕事は真面目にしろよ」
「はーい。仕事は以前に増して一生懸命やりますよ。企画課の先輩のためにもね」
にんまりと笑いかける。
企画課のまりな先輩は須藤先輩の片思い相手。バリバリ仕事ができる女性であり、課長として働いている。
しかも、結婚しているらしい。同級生だというあたりしか情報がないため、これから須藤先輩本人から聞き出そうというわけだ。
見た目は美人でスタイルがいい。パンツスーツがよく似合うできる女性で、みんなから慕われている。
「生ビール」
遠慮せず飲み物と食べ物を頼む。いわゆる家庭料理を出すような居酒屋だ。
まさか、鬼上司とこんなところに来る日が来るとは。
人生わからないものだ。
至福のひとときに浸る。
うわさ話は最高の蜜の味だ。
「で、その人を好きになったきっかけと、なぜ今まで諦められないのかを教えてください」
お酒が入ったこともあり、強気になる。
「好きになったきっかけなんて、中学の時だから忘れたよ。諦められないのは理屈じゃないだろ」
「じゃあ、質問を変えます。今まであの人に告白したり、デートに誘うなどの積極的なアプローチをしたことはありますか?」
「ない」
「友達ではあったんですよね?」
「話せる仲だけど、そこまで親しくはない」
「まさか、ストーカーの如く同じ会社に入社したとか?」
「偶然だよ。中高一貫校で大学もエスカレーター式だったし。この会社には、うちの大学からは割と入っているしな」
「先輩はエリートですからね。でも、告白しないうちに相手が結婚したってことですか?」
「まぁ、そうなる」
照れくさそうに視線を逸らすイケメンも意外とかわいい。
「今も、好きなんですか?」
「簡単に人の気持ちって変わらないもんだよ」
冷静な顔をしながらも、熱い思いを抱く先輩は一途な人なんだと思う。
一緒にごはんを毎日のように食べるようになった。
彼女との思い出の話や何度か告白しようとしてうまくいかなかったことがあったことを少しずつカミングアウトされる。
人生はタイミングが大事だ。告白しようとしても、邪魔が入ったり、ドタキャンされて会えなかったり、トラブルがあって延期になったり。
タイミングを逃して気持ちは冷めないという状態なのかもしれない。
「そうだよな。キモイよな……相手は既婚者なんだし」
「旦那さんってどんな人なんですか?」
「大学時代の同級生で俺もよく知ってるんだよ。いつのまにか交際して結婚してたんだ。結婚式の招待状をもらったときは凍ったよ」
「でも、結婚したのは最近なんですか?」
「わりと最近だ。幸せであってほしいとも思うが、複雑だ」
「イケメンな旦那さんでしたか?」
「世間でいうイケメンってのがわからないけど、まぁカッコいいと思うし、勉強もできるし大手企業に勤めてる男だ。あいつにならば、任せられるな」
「そのうちお子さん生まれたら」
「……」
一瞬黙ってしまう。辛いのだろうか。なんともいえない空気だ。
この人は、ずっと好きな人をいつのまにか奪われて、結婚式にまで出ていたのだろうか。
「俺は、このまま一生独身だ。気持ちは墓場まで持っていく」
「これからいい出会いがあるかもしれませんよ」
「俺は、きっと他の誰かを愛せないと思う」
何、変なところで融通がきかないなぁ。真面目かよ。
あきれながらも、話し相手とご飯を食べる相手ができたことに喜びを感じる。
基本ずっと一人だった。気を許せる友達もいない。
先輩は他に好きな人がいるわけで、過ちは起きない。
真面目ゆえ、私に手を出すとか器用なことはできないだろう。
安心して、財布代わりとして相手をしてもらう。
先輩のおごりはありがたい。
でも、話をしているたび、思いがひしひしと伝わってくる。
なんだろう。こんなに愛することができる人、素敵じゃん。
不思議な尊敬と憧れの気持ちが芽生える。
私はずっとただ、共に食事をする関係なんだよね。
その位置が崩れることはないんだよね。
自問自答しているなんて、少し前にはなかったことだ。
真面目で一途な男が目の前にいるのに、もったいないことした人もいるんだね。
まりな先輩のだんなさんは、もっと魅力があったのだろうか。
須藤先輩の本当の魅力に気づかないで結婚しちゃった?
あれ? わたし、さっきから、魅力っていう言葉を使ってる。
かなり肯定的な意見だよね。あんなに嫌いだったのに。嘘みたい。
♢♢♢
須藤先輩視点
正直うざい。なぜ、俺がこの面倒な女におごらなければいけないのか。
まぁ、あの写真を見られてしまい、既婚者女性に片思いをしていることを知られたからなのだが。
いつもひとりぼっちだった食事の時間を誰かと共にするというのは、少し気持ちが晴れた。
彼女が結婚してしまい、食事に誘えなくなった。
気楽に連絡することもできなくなった。
ぽっかり空いた穴に入ってきたのが、間島沙奈だった。
心のスキマというのはふとした瞬間に空き、入るタイミングというのは偶然だった。
まさかの不出来な後輩に弱みを握られるとは一生の不覚。
でも、ポンコツな女子のほうが、気取らずに話すことができるのかもしれない。
ずっと好きだった人。まりなは、完璧で俺よりも何でもできる人だった。
だから、告白できなかったのかもしれない。
俺では不釣り合いで、全くスキがない。
勉強でも運動でも彼女に勝る要素はなく、仕事も昇進はまりなのほうがずっと早いだろう。
俺なんて――まりなと比べるといつも卑屈になっていた。
旦那となった男だって、完璧じゃなかった。普通よりはずっと何でもできる男だけれど、まりなよりできたかというと疑問だ。
でも、彼女はあいつを選んだ。
俺も、あと少し勇気があれば――。
足りなかったのは、勇気だったのかもな。
まぁ、告白してもフラれていたかもしれないし、それが怖くてできなかったのだけれど。
須藤先輩には人には言えない秘密があるらしい。
いつのまにかそばにいて、食事を共にするのが当たり前の存在になった須藤先輩。
好きだと気づいたのはいつからだろうか。
周囲からは、急にどうしたの? もしかしてお付き合いしてるとか? なんて言われたけれど、そんなのは一時期。
須藤先輩の睨みと冷徹な対応が私たちが絶対に付き合っていないという証拠となっていた。
お酒が入るとキャラ変するなんてみんな知らないんだよね。
本当は優しくて人思いで、でも、ぶれない人。
一途で不器用な男性。
私だけが知る秘密だ。
もっと近くにいたい。たとえ私の片思いでも――。
いつものノリで提案してみる。
一緒にご飯を食べて、その流れ。明日は休みだし。
「先輩のお宅にお邪魔しちゃおうかな」
「なんでだよ」
「二次会ですよ。彼女との写真も見たいし」
思いのほか部屋はきれいで、焦って片づける様子はない。
見られて困るものはないということか。
本当は先輩と一夜の関係になりたいという目論見があった。
きっと先輩だって、若い女性がいれば、遊びでならば手を出すと思った。
私にだってその程度の魅力はあると思う。多分だけど。
写真を見せてもらい、普通に話が盛り上がる。
私が知らない先輩の学生時代。中学時代はまだまだあどけなく背も低い。
高校生の時も今よりもずっときゃしゃで、顔は幼い。
大学生の時も、いつも彼女のことを写真の中でも見ているような気がする。
つまり、ずっと彼の視線は彼女にしか向いていない。
それ以外の女性は興味ゼロってことだ。
視線と視線が合う。実は胸が少しばかり開いたブラウスを着てきた。スカートも短めだ。
化粧はばっちり、髪型のカールも崩れていない。私のかわいいを見てほしい。
「今晩泊めてください」
上目づかいで目を大きく見せる。
「別にいいけど、俺は部屋で寝るから、お前はソファーで寝てろ」
本気で言ってるの?
魅力ないってこと?
しかも、普通逆だよね。ソファーが俺で、女性にベッドを譲るのが当たり前でしょ。
まぁ、勝手にズカズカ上がりこむ私が悪いんだけど。
「俺、好きじゃない女とは一緒に寝ない主義だから」
この言葉がズキット刺さる。
私、鬼上司である先輩のことが好きなんだ。
先輩の気持ちは別にある。
これは、完全に一方通行の恋。
私はなんて未来のない難しい恋をしてしまったのだろう。
果てしない砂漠に放り出されたような絶望感を担う。
こんな気持ちになるために仲良くなったの?
はじめての悲しみだった。
涙が流れそうになり、「帰宅します」と言って私は帰る。
でも、好きだから、明日も先輩とごはんを食べたい。話がしたい。
好きな人と両思いになれなくても一緒にいたい。
気持ちだけは変えられない。
好きという気持ちはどうにもならない、ストーカーとか最初は思ったけれど、踏ん切りがつかない先輩の気持ちは痛いほどわかる。
フラれてもいない状態で失恋したのだから、どうにも嫌いになれないのはわかる。
自分も同じ状況になって初めて感じるもどかしさ。
じれじれした感じだ。
そして、全く相手にされていない私は全く女性としての魅力を感じられていないのは辛い。
どうやら私と先輩は似た者同士らしい。
「わかった。今日は、帰宅しろ。でも、俺も話し相手がいたほうが和む。また遊びに来い」
え? 一歩前進した? これって、また来いよっていうことは? 特別な存在に近づいた?
「うれしーです」
思わず飛びつく。驚く先輩は意外と純粋でかわいい。
私の髪を撫でる先輩の手は思った以上に大きくて優しい。
先輩のアルバムに私との思い出が刻まれるといいな。
そんなことを思ってしまう。
勢いあまって、唇にキスをする。
あれ、私ってこんなに大胆キャラだっけ?
そんなわけないのに。
嫌がられるよね。あんなに愛している人がいるんだもん。
唇が離れるのが一瞬。その直後、すぐに再度唇が触れた。
先輩の方からキスしたの? そうだよね。
これって、そーいう関係になってもいいっていうこと?
先輩はじっと見つめて、「ごめん。つい、キスしてしまった」
「私の方こそ、最初にキスしてごめんなさい」
「いや、俺、女性と接することになれていなくて、うまく距離がとれないのかもしれない。嫌じゃなかったか?」
「嫌じゃないです」
でも、それ以上の何かという関係にはなれないし、先輩の心から彼女を消すことはできない。
でも、そばにいてくれると落ち着くと言われたことがあって、それが今は一番うれしい。
どんな言葉よりも私を支えているんだ。
「先輩、キスするの、はじめてですか?」
「そうなるかな」
「今日は、どんなキスを何回しますか?」
「な、なにを言う?」
赤面の先輩。
「キスひとつでも、いろんなやり方あるみたいなんで、一緒に研究しましょうよ」
「だあ――――!! おまえってやつは」
不意打ちのキス。舌を絡める。頬やおでこにした時と比べて、二人の体温はだいぶ高くなる。
今日はだいぶ絡める時間が長い。
そんな先輩に今日も抱きつく私。
「今日はどこにキスしますかね?」
「ばかやろー!!」
まんざらでも無さげな先輩。
毎日が楽しいんだから、これでいいんだ。
「とりあえず、ごはんでもたべにいきますか」
「今日はどこに行く?」
そんな私と先輩との関係、日常は結構楽しい。
キスからはじまる関係はありだと思うな。
その先があるかどうかなんてわからないけれど、先輩に私以外の相手ができるとも思えないし。
多分、放っておいたら、おじいちゃんになっても片思いして孤独死しそうなタイプだし。
顔はいいし、年収はいいから、先輩がその気になればいくらでも女が寄ってくるんだろうけどね。
このままでもいいけど、この人の恋人になりたい。
♢♢♢
須藤先輩視点
この女は、ノリで男の部屋に来たり、キスできる人間なのか?
たくさんの男たちと――?
結構キスが上手いような気がする。とは言っても俺は経験がないから比較対象がいるわけではないけど。
だぁ――そんなこと考えたらムカムカモヤモヤするじゃねーか。
いつからだろう。この女を女としてみたのは。
部屋でキスをするようになってからだろうか。
でも、キス以上の何かをすることは間違っていると思った。
俺はまりなを好きなんだ。
それなのに、沙奈の体だけ奪うのは違う。
でも、キスくらいならと魔が差したんだ。
でも、案外乗り気な沙奈は自分から色々なキスをしてきた。
ただ、気持ちがいい。優しい気持ちになれた。
俺の風穴、スキマを埋めたのは間島沙奈という人間だった。
意外とキスの味は悪くない。
沙奈とキス以上の関係になっても構わない。
むしろなりたいなんて思っていることは言えないでいた。
彼女と一緒に飯を食ってキスをする。
そんな毎日がどうしても楽しくてしょうがない。
まりなに片思いしていた時、ずっと俺は楽しかったか?
楽しいことなんてなかった。
ただ、遠くで彼女を見ているだけ。
他の誰とも交際せず、彼女と付き合うタイミングを探していた。
でも、タイミングが合わずに今日まで来てしまった。
好きってなんだろう。
俺は全然わかってない。
恋愛初心者にも程があるな。
今、沙奈に彼氏ができたらキス友がいなくなるってことか。
キス友って俺が勝手に名付けただけだがな。
ご飯を食べる友達というか同僚や後輩もいない。
みんな俺を怖がっているのかもしれない。
もっと気を利かせて仲良くしないと、会社での人間関係も悪くなるだけだ。
そうだ、今度会社の課のみんなを誘ってバーベキュー大会をやってみるか。
「せんぱーい」
俺を呼ぶ声が今日も聞こえる。
「飯食いに行くか」
「はい」
飯とキスでつながる関係ってのも悪くないかもな。
このままでもいいけど、こいつの恋人になりたい、かも。