ナシ婚の私が不良系な元彼と再会した
結婚してから、ずっと待っていた甘い夜。夫とのラブラブな時間。それは幻想だった。
夫は、体の関係を求めてこない。結婚はしたいし人間として合うけれど、一度もないのはおかしい。
もしかして、何か病気なのか、男が好きなのか。結婚は世間体だったのか。
交際期間は短く、とても温厚で良い人だと思っていたが、さすがに1度も何もないのはおかしい。
でも、相談できる人はいない。転勤族だし、親に言える話でもない。
思い切って、夫に聞いてみる。
「子供ほしくない? 新婚1年目で何もないのはおかしいと思うよ。一緒に住んで1か月以上たつよね」
「子供はいらないよ。何もなくてもいいでしょ。むしろなんで何かしなきゃいけないの? 契約があるわけじゃないでしょ」
優しい口調の中でも理論的な意見を述べる。拒絶された。そう思う。目の前が真っ暗だ。私は一生できないのだから。
行為自体嫌いじゃない女性だっている。男性が原因で子供ができない夫婦がいる。
世間は「子供はまだなの? いつなの?」「女性ができない原因なんじゃない? もっと魅力的な格好をすればいい」
なんて平気で土足で心に入り込む。
でも、やりたいなんておおっぴらに言えるわけでもない。
じゃあどうしたらいいの?
なくてもいいものなのかもしれない。
でも、きっと夫婦の人生に潤いを与えるものが夫婦生活と呼ばれるもののはず。
それが絶対にないとなったらどうしたらいいのか。戸惑う新婚新妻のえりな。
優しい口調の中で拒絶された。目の前が真っ暗だ。一生できないのだから。
健康のため、スポーツジムに通いはじめた。年配の人が多く、昼間は若い人はいない。20代の人は働いている人が多いのだろう。
でも、働かなくてもいい人と結婚した。働くとしても転勤もあるので、新しく仕事をはじめようとは思わなかった。
そして、手に職がないえりなを雇ってくれる会社もないだろう。
おばあちゃんたちの中で、一人筋肉を鍛え、欲求不満を解消する。
すると、見たことがある顔があった。若い男性が昼間にいるなんて珍しいから目立っていた。
顔立ちが整っており、筋肉質な体は鍛えているのが一目でわかる。
体も顔も全体的に華やかで目立っていた。
よくよく見ると、時々夢に出てくる拓海君ではないか。
私にとっては、一生忘れられないであろう男性だ。
高校時代の元彼氏の拓海君だ。全部がはじめての相手だった。
いわゆる不良っぽい人だけど人懐っこくて――脳筋といわれる部類。
運動はできるけど、勉強は全然できない男子だったと思う。
でも、コミュニケーション力だけはたけていて、なぜだか私は彼と仲良くなって、タイプが違うのに付き合う展開になった記憶がある。
付き合うのも別れたのも特に理由はない。何となくだ。
だから、気まずいとか彼のことが嫌いになったとかドロドロした気持ちは微塵もなかった。
でも、今でもなんで彼が私のような真面目女子と付き合おうとしたのか、見た目としては釣り合っていなかった気がする。
彼はおしゃれで、ちょっと乱れた制服の着こなしかたをしていた。
私と言えば、規則通りの制服の着こなしだ。大学に推薦で行くくらい勉強も頑張っていたし、友達の種類も全然違う。
たまたま同じ高校にいて、たまたま付き合って、一度だけ体の関係を持った。
彼は慣れているようだったし、流れの一つだったように思う。
でも、今でもそのことは鮮明に覚えていて私は彼の筋肉質な体を忘れられなかった。
サラサラの髪も甘い声も全てが忘れられない思い出だった。
私だけが未練を持っている恋。それは、あっけなく終わって、風化された。
彼との交際は、私の中では今でも忘れられない、人生で最高の想い出だ。
夢か幻だろうか。初彼に似た感じの男性がこちらに歩み寄ってくる。
「あれ? えりなじゃん。このまちに住んでるのか?」
「まぁね。拓海君はジムにかよっているの?」
気まずさゼロの再会だ。
「今はジム通いが趣味。小さな会社経営やってるんだけどね。今度同窓会やるっていうからみんなに連絡してるんだ。よかったら俺の電話番号。ここにメッセージ入れといて」
名刺にメモを書いて渡された。
偶然ジムで、元彼に会う。元彼の笑顔に癒される。
連絡しようとは思う。同級生だし、同窓会で連絡するだけだ。
少し考えてから、メッセージを入れた。
『こんにちは。えりなです』
メッセージを送る。
こんなに短い文章を入れるのにどれだけ勇気を持って入力したのだろうか。
高校生みたいだ。
彼のページには趣味のバイクやお酒の写真が並ぶ。彼女や妻子はいない様子。
彼は、あの頃と全然変わっていない。愛嬌たっぷりで面白い話をする。
やっぱり永遠に好きな気持ちは変わらない。
すぐに返信があった。
『了解。一応、電話番号とメールアドレス保存するから。名簿作る係なんだ』
その後、少しばかりやりとりをする。
スタンプにも遊び心がたっぷりで心がくすぐられる。
夫にはないものをこの人は持っている。
『明日、空いてたらお昼でもどう?』
心がくすぐられるメッセージだ。
少しだけ考えたけれど、拓海君と話したい。だから、OKした。
平日の昼間、普通にファミレスで高校の時みたいに話す。
ただの同級生。偶然会った友達。
自分に言い聞かせる。
でも、彼をすごく好きだった過去のことを思い出す。
彼と二人乗りした自転車での風の香り。
一緒に歩いた町並み。
柔らかい茶髪は彼をより一層かっこよく際立たせていた。
本当は校則違反だけど、真っ黒にはしなかったよね。
はじめてキスをした唇の感触。
はじめて体に触れられた緊張と恥じらいの気持ち。
彼は私のはじめてを全部持って行ってしまったのかもしれない。
いつか、彼にふさわしくないと連絡すら取らなかった。
彼は、私に対して、何も嫌っていないにも関わらず――自分から蓋を閉じてしまった。
はじめての再会での恋心も彼は私に与えてしまった。
胸が熱くなる。忘れていたはずの何かが芽生えていた。
彼ももしかしたら私のことを――一抹の期待が芽生える。
ランチタイム、彼はおいしそうにパスタを頬張る。
相変わらず茶髪で柔らかいサラサラの髪の毛は愛らしい。
撫でたいと思う私は何を考えているのだろう。
ちゃんと結婚しているということは言おう。この状況は隠すような悪いことではない。
同級生とランチしてはいけないという法律はない。
これは浮気じゃないし不倫でもない。
自分に言い聞かせる。
「実は、私結婚してるの。まだ一か月。でも、あんまりうまくいってない」
指輪をはずそうか迷っていたけれど、いつかはばれる。
本当は隠そうかと思ったけれど、ジムの会員証の名字が違うことで彼は気づいていると思う。
「そっか」
相変わらず視線をそらさずに聞いてくれる。
夫のまさおとは全然違う。
こんな人と結婚したかったな。
「何が不満なの?」
「子供いらないって言われたの。専業主婦で一生ゆっくり暮らしていいって言われて結婚したけど、子供は欲しい。それに、仕事もないから離婚も難しいんだ」
「まぁ、子供って自然にできちゃうこともあるんじゃない?」
「でも、何もしなければ、自然に子供はできないでしょ」
「何もないって?」
キョトン顔もかわいいと心が撫でられる。
「1回も……ないの」
「え……」
拓海君はフリーズする。
「交際期間から1回も体に触れてこないの」
「マジか」
沈黙が続く。言わなきゃよかった? でも、元カレほど話しやすいポジションはいない。
拓海君は初体験の相手だ。
この手の話を女友達に話しにくいし、転勤族で昔からの友人はこの地にいない。
「旦那さんはなんで結婚したんだろうな。既婚者ポジションがほしかったのかな」
「私は、仕事を辞めたかったの。安定した収入のある人と結婚して専業主婦になりたかっただけ。そこに、誠実そうな夫が現れた」
「つまり、仕事を続けたくないから、おまえは結婚という逃げ道に逃げた」
逃げ道。そう言われると否定はできない。
「おまえは夫のことを好きなのか?」
拓海君の瞳はとても澄んでいた。今でも子どもの心を持っているようだ。
「え?」
好きなのは目の前にいる元彼の方だということは言えない。絶対に言えない。
夫は正直拓海君とは正反対の真面目な会社員で、顔立ちも中の下だし、ファッションセンスもダサい。
でも、結婚は価値基準が違うと思っていた。
だから、好きよりも誠実さや真面目さを選択した。
ファッションセンスよりも年収だ。
でも、本当はどこかで素敵な王子様が迎えに来てくれるような夢を抱いていることを自分が一番わかっていた。
まだ夫のことを好きになっていないことに気づいていながら結婚をした。
結婚という証が欲しいだけだったのかもしれない。
ブラック企業でいじめに遭っていた私は、会社を辞めるために夫を利用しただけなのかもしれない。
「まぁ、夫婦はいろいろある。俺で良かったら相談のるしさ。気軽に連絡くれよな」
「うん」
かっこいい。でも、もしかして妻子持ちじゃないよね。
「拓海君は奥さんや彼女はいないの?」
「いないよ。結婚歴もないし」
イケメンで女性に不自由しないであろう男性はフリーらしい。
もっと早く勇気を持って連絡していたら私は違う未来があったのだろうか。
でも、もう、遅い。
「はじめて付き合った彼は拓海君だから、ずっと忘れてなかったよ」
「嘘? 俺、嫌われていると思ってそのままフェードアウトしたんだけどな。俺、不良系だったから、おまえそういうの嫌いだろ」
「そもそも、付き合おうっていうのも軽いノリみたいな告白だった記憶だけど」
「あれさ。何日も何回もすげー悩んだ台詞なんだけどな。軽い感じすぎて本気感なかったかな」
「そうなの……?」
嬉しい。拓海君が私なんかをこんなに好きでいた過去があったなんて。
涙が出るよ。私なんかのことを覚えていてくれたなんて。
「再会した時、名字が変わっていたし、指輪つけていたから実は超ショックだったけど、話せてよかった。俺、嫌われてなくてマジでよかった」
この人、脳筋単細胞だった。久しぶりに、少し笑えた。
好きな人に好かれるというのは嬉しい感情だ。
それ以来、ジムで会って、世間話をして、二人で食事することが増えた。
メッセージも送りあう。まるで恋人だ。拓海君には恋人がいない。
たまたま偶然違う土地で再会するなんてやっぱり運命の赤い糸?
これは不倫? 同窓会みたいなもの? 話しているだけだし問題ないと自分をたしなめる。
「結婚してるならやっぱりちゃんと夫と話すべきだと思う。価値観の違いって大事なポイントだと思う。一生続くわけだろ、結婚てさ」
「そうだよね」
「真面目で良い人、でも、ひとつだけが違う。そこは結構大きいと思うぞ」
「私に魅力がないのかと思って女子力あげてるんだよ。体だって鍛えているし」
力こぶを作るけれど、今は拓海君目当てでジムに通っているだけ。
筋肉への本気度はこれっぽっちもなかった。
「お前は魅力がある。だから、ちゃんと向き合え」
魅力があるなんて照れる。
拓海君のようなイケている男子に言われたらすごくうれしい。
「でも、向き合ってくれなかったら――」
「それは、本人が決めることだと思うけど、別れるのもありなんじゃないか」
真面目な顔でいつも真剣に話を聞いてくれる。
満たされていることに満足を得る。
きっと夫は向き合ってくれないから不満だったのかもしれない。
私は今、満たされているんだ。
向き合おう。夫婦で話し合って、それでもだめだったら――別れよう。
「嫌なものは嫌なんだ」
まさおは向き合おうとしない。
「男が好きなの? 私が嫌い?」
「結婚はしたいけど、性交渉はしたくないんだ」
「なにそれ? 子供はいらないっていうのは?」
「したくないから子供はいらないっていうのが価値観なんだよ」
「私は無理」
よくよく考える。私はまさおとセックスがしたいのだろうか?
夫のことは元々好みではないが、生理的に受け付けるから結婚しただけだった。
ダサい服装。ダサい髪型。ダサい顔立ち。全てがダサい。
話の内容もつまらない。
私はなんであんな人と結婚したのだろう。
入籍こそしたが、結婚式を挙げていないし、このまま離婚できたらどんなに幸せだろうか。
でも、拓海君のことは大好きだ。
拓海君はかっこいい。スタイルも顔も全部がかっこいい。
話す内容も面白い。
彼に抱かれたい。
本音がうずきだす。
拓海君を呼び出す。
人がほとんどいない公園だ。夫が通ることはないし、きれいな夜景が見える秘密の場所だった。
想いをぶちまげよう。
「私、別れることにする。まだ夫の同意はないけれど」
「そっか」
「女のせいで子供ができないのではないか、と世間は言うの。いつ子供を作るのかって周囲はそればかり」
拓海君がじっと見つめてくる。
「今日、一緒にホテルに行こうか」
私に迷いはなかった。離婚するいい口実になる。このまま本当の王子様と私は幸せになるんだ。
「うん」
彼と離れていた時間は長い。大学に進学して地元を離れて、疎遠になって、それっきり。
何かあったわけじゃなくて、何もないから別れた。
拓海君の照れ笑いも愛おしい。
「実は、いいホテルがあってさ。予約さっきとっておいたんだ」
「嘘、いつの間に……」
サプライズ好きなのは昔からだった。
拓海君はタイミングよくサプライズしてくれる。
このまま結婚しようという流れになるかもしれない。
浮気や不倫じゃない。これは純愛。今、祝福の鐘の音が鳴ったような気がする。
拓海君は高級感のあるホテルに予約していたようだ。
つまり――もしかして私たちはこれから本当の愛が始まるってことだよね。
胸の高鳴りが止まらない。ドキドキしながら手をつながれてホテルへ行く。
ホテルの部屋には意外な先客がいた。
夫のまさおだ。
「まさおさん……」
驚いてそれ以上何も言えない。
だって、今日はシンデレラのように素敵な彼と一緒になる日。愛を誓う日だったはず――。
それなのに、どうして相変わらず用無しのダサい夫がいるの?
私たちの愛を邪魔しに来たのね。
ストーカー夫め。
「君のシンデレラストーリーは全て録音してもらったものを転送してもらい、リアルタイムで聞いていたよ。意外とかわいいことを言うんだな。まるで女子高生みたいじゃないか」
まさおは狂気に満ちた表情をする。メガネの奥の瞳が光る。
「どういうこと? なんで夫がいるの? 私たちの愛を邪魔しに来たとか盗聴してたのかな……」
「私たちの愛ってどういう意味だよ?」
急に冷たい表情になる拓海君。突き放すようなまなざしだ。ため息すらついている。
「会社経営って言ったけれど、あの名刺は偽物の名刺なんだ。本当は探偵事務所をやっていてさ。結果的に何でも屋みたいな感じなんだけどね」
開き直った様子の拓海君はいつもと態度が違う。ビジネスモード全開といったところか。
ビジネスが終わったというところかもしれない。
「君の過去に付き合った忘れられない王子様がいるっていう話を言っていただろ。その男が誰か調べてもらおうと君の地元の探偵事務所に調査依頼したんだ。すると、探偵の拓海さんが付き合っていたのは俺ですけどっていうからさ。君がどの程度薄情なのかを調べさせてもらったんだ」
まさおの目つきは狐のように鋭く、呪縛を感じた。
「つまり、拓海君は夫のまさおさんとグルだったということ?」
「あれ? 今更気づいた? だいたい、こんな田舎で会社を経営するわけがないだろ。俺の地元の方がずっと都会だ。その話に疑いもせずに信じるなんてはじめはありえないと思ったんだけど、意外と信じるものだね。シンデレラは田舎でも偶然出会いがあるって信じてるのかな?」
あざ笑うかのように見下している拓海君。まるで今までとは別人だ。今までが演技だった――??
「最初は拓海さんが元彼かどうかも君の同級生に調査したよ。検証の結果、君は高校時代一人としか付き合っていなかった。正確に言うと、付き合ったというより、体の関係を結んだというのは自慢げに話していたと同級生何人かの女子が言っていたよ。大学時代にも彼氏がいなかったという情報も得た。君はお世辞にも美人じゃない。だから、彼氏がいたというのは意外だったけれど、彼の話を聞いて納得したよ」
まさおが見下している。なんでこいつに私が見下されなければいけないの?
拓海君が話を始める。
「最初、印象が薄くて、君と付き合っていたことを忘れていたんだ。でも、次第に思い出してね。あの時は、同時進行で複数の彼女と付き合っていたからね。正確に言うと君とは性交渉をしただけで付き合ってはいないけれどね」
拓海君は冷たい言葉を放つ。嘘だ。そんなの信じたくない。私とだけ付き合っていたんだよね。
私のことをずっと想っていてくれたんだよね。想い出は美しいほうがいい。
「シンデレラストーリーは存在しないことを本人に証明してもらうことが一番だと思ってね」
まさおは見たこともないくらい怖い顔をしていた。
「僕は、子どもができない体なんだ。でも、それを言ったら結婚してくれないだろ。だから、ずっと黙っていた。今回のことで君の浮気や不倫について証拠を得られた。全て拓海さんが快く提供してくれたよ」
「高額な依頼料だったんで、丁寧に仕事はしましたけどね」
拓海君が札束を愛しそうに愛でている。
私より札束が好きだということ??
私のシンデレラストーリーはどうなるの??
この世に王子様なんていないの??
「あと、僕は女性の体に触れるのが苦手なんだよ。極度の潔癖症でね。君の弱点を握ったから、ずっと君は僕の妻として過ごしてもらうよ。言っておくけど、君はかわいい顔だちじゃないし、体型もどうかと思うよ。服装のセンスもダサいと思うけどね。君程度ならば結婚相手になってもらえると思ってとりあえず入籍だけしたんだ。結婚しろと両親がうるさいからとりあえず入籍しただけだよ」
まさおにひどいことを言われている。
私ってかわいくないの?
私がまさおを利用して結婚したつもりだった。
でも、違った。彼が私を結婚という事実に利用しただけ。
拓海君を見ると、苦笑いしている。つまり、否定はせず同意しているということだ。
鏡を見る。
私の顔ってかわいくないかもしれない。
服装も、体型もイケてないのは私――?
まさおがダサいのではなく、私の方がダサい――?
「一回抱いたら、勘違いする女っているんだよな。抱いた後、実は吐きそうになっていたことを思い出した。当時は性欲旺盛だったからさ。君を抱いたことは友達には言えない黒歴史だ。まさおさんに依頼されてなかったら、そんなこと思い出すこともなかったけどね」
悪寒を感じたようで身震いする拓海君。
私ってそんなにブス??
かっこいい顔の拓海君と私が並んでも釣り合わない。
私、そんなことを忘れていた。
いつのまにかシンデレラのように王子様が現れると勘違いしていた。
まさおは結婚という形を私の浮気という弱みを握ることで確保でき、拓海は大金を手にした。
そして、私は――現実を突きつけられた。
自分の不細工な顔立ちとたるんだお腹。ダサい服装。そして、潔癖症の夫がいる既婚者。
わたしは、過去の思い出を忘れていたということに気づいた。
全てが嫌で、全部忘れていたのだと。
夫は、体の関係を求めてこない。結婚はしたいし人間として合うけれど、一度もないのはおかしい。
もしかして、何か病気なのか、男が好きなのか。結婚は世間体だったのか。
交際期間は短く、とても温厚で良い人だと思っていたが、さすがに1度も何もないのはおかしい。
でも、相談できる人はいない。転勤族だし、親に言える話でもない。
思い切って、夫に聞いてみる。
「子供ほしくない? 新婚1年目で何もないのはおかしいと思うよ。一緒に住んで1か月以上たつよね」
「子供はいらないよ。何もなくてもいいでしょ。むしろなんで何かしなきゃいけないの? 契約があるわけじゃないでしょ」
優しい口調の中でも理論的な意見を述べる。拒絶された。そう思う。目の前が真っ暗だ。私は一生できないのだから。
行為自体嫌いじゃない女性だっている。男性が原因で子供ができない夫婦がいる。
世間は「子供はまだなの? いつなの?」「女性ができない原因なんじゃない? もっと魅力的な格好をすればいい」
なんて平気で土足で心に入り込む。
でも、やりたいなんておおっぴらに言えるわけでもない。
じゃあどうしたらいいの?
なくてもいいものなのかもしれない。
でも、きっと夫婦の人生に潤いを与えるものが夫婦生活と呼ばれるもののはず。
それが絶対にないとなったらどうしたらいいのか。戸惑う新婚新妻のえりな。
優しい口調の中で拒絶された。目の前が真っ暗だ。一生できないのだから。
健康のため、スポーツジムに通いはじめた。年配の人が多く、昼間は若い人はいない。20代の人は働いている人が多いのだろう。
でも、働かなくてもいい人と結婚した。働くとしても転勤もあるので、新しく仕事をはじめようとは思わなかった。
そして、手に職がないえりなを雇ってくれる会社もないだろう。
おばあちゃんたちの中で、一人筋肉を鍛え、欲求不満を解消する。
すると、見たことがある顔があった。若い男性が昼間にいるなんて珍しいから目立っていた。
顔立ちが整っており、筋肉質な体は鍛えているのが一目でわかる。
体も顔も全体的に華やかで目立っていた。
よくよく見ると、時々夢に出てくる拓海君ではないか。
私にとっては、一生忘れられないであろう男性だ。
高校時代の元彼氏の拓海君だ。全部がはじめての相手だった。
いわゆる不良っぽい人だけど人懐っこくて――脳筋といわれる部類。
運動はできるけど、勉強は全然できない男子だったと思う。
でも、コミュニケーション力だけはたけていて、なぜだか私は彼と仲良くなって、タイプが違うのに付き合う展開になった記憶がある。
付き合うのも別れたのも特に理由はない。何となくだ。
だから、気まずいとか彼のことが嫌いになったとかドロドロした気持ちは微塵もなかった。
でも、今でもなんで彼が私のような真面目女子と付き合おうとしたのか、見た目としては釣り合っていなかった気がする。
彼はおしゃれで、ちょっと乱れた制服の着こなしかたをしていた。
私と言えば、規則通りの制服の着こなしだ。大学に推薦で行くくらい勉強も頑張っていたし、友達の種類も全然違う。
たまたま同じ高校にいて、たまたま付き合って、一度だけ体の関係を持った。
彼は慣れているようだったし、流れの一つだったように思う。
でも、今でもそのことは鮮明に覚えていて私は彼の筋肉質な体を忘れられなかった。
サラサラの髪も甘い声も全てが忘れられない思い出だった。
私だけが未練を持っている恋。それは、あっけなく終わって、風化された。
彼との交際は、私の中では今でも忘れられない、人生で最高の想い出だ。
夢か幻だろうか。初彼に似た感じの男性がこちらに歩み寄ってくる。
「あれ? えりなじゃん。このまちに住んでるのか?」
「まぁね。拓海君はジムにかよっているの?」
気まずさゼロの再会だ。
「今はジム通いが趣味。小さな会社経営やってるんだけどね。今度同窓会やるっていうからみんなに連絡してるんだ。よかったら俺の電話番号。ここにメッセージ入れといて」
名刺にメモを書いて渡された。
偶然ジムで、元彼に会う。元彼の笑顔に癒される。
連絡しようとは思う。同級生だし、同窓会で連絡するだけだ。
少し考えてから、メッセージを入れた。
『こんにちは。えりなです』
メッセージを送る。
こんなに短い文章を入れるのにどれだけ勇気を持って入力したのだろうか。
高校生みたいだ。
彼のページには趣味のバイクやお酒の写真が並ぶ。彼女や妻子はいない様子。
彼は、あの頃と全然変わっていない。愛嬌たっぷりで面白い話をする。
やっぱり永遠に好きな気持ちは変わらない。
すぐに返信があった。
『了解。一応、電話番号とメールアドレス保存するから。名簿作る係なんだ』
その後、少しばかりやりとりをする。
スタンプにも遊び心がたっぷりで心がくすぐられる。
夫にはないものをこの人は持っている。
『明日、空いてたらお昼でもどう?』
心がくすぐられるメッセージだ。
少しだけ考えたけれど、拓海君と話したい。だから、OKした。
平日の昼間、普通にファミレスで高校の時みたいに話す。
ただの同級生。偶然会った友達。
自分に言い聞かせる。
でも、彼をすごく好きだった過去のことを思い出す。
彼と二人乗りした自転車での風の香り。
一緒に歩いた町並み。
柔らかい茶髪は彼をより一層かっこよく際立たせていた。
本当は校則違反だけど、真っ黒にはしなかったよね。
はじめてキスをした唇の感触。
はじめて体に触れられた緊張と恥じらいの気持ち。
彼は私のはじめてを全部持って行ってしまったのかもしれない。
いつか、彼にふさわしくないと連絡すら取らなかった。
彼は、私に対して、何も嫌っていないにも関わらず――自分から蓋を閉じてしまった。
はじめての再会での恋心も彼は私に与えてしまった。
胸が熱くなる。忘れていたはずの何かが芽生えていた。
彼ももしかしたら私のことを――一抹の期待が芽生える。
ランチタイム、彼はおいしそうにパスタを頬張る。
相変わらず茶髪で柔らかいサラサラの髪の毛は愛らしい。
撫でたいと思う私は何を考えているのだろう。
ちゃんと結婚しているということは言おう。この状況は隠すような悪いことではない。
同級生とランチしてはいけないという法律はない。
これは浮気じゃないし不倫でもない。
自分に言い聞かせる。
「実は、私結婚してるの。まだ一か月。でも、あんまりうまくいってない」
指輪をはずそうか迷っていたけれど、いつかはばれる。
本当は隠そうかと思ったけれど、ジムの会員証の名字が違うことで彼は気づいていると思う。
「そっか」
相変わらず視線をそらさずに聞いてくれる。
夫のまさおとは全然違う。
こんな人と結婚したかったな。
「何が不満なの?」
「子供いらないって言われたの。専業主婦で一生ゆっくり暮らしていいって言われて結婚したけど、子供は欲しい。それに、仕事もないから離婚も難しいんだ」
「まぁ、子供って自然にできちゃうこともあるんじゃない?」
「でも、何もしなければ、自然に子供はできないでしょ」
「何もないって?」
キョトン顔もかわいいと心が撫でられる。
「1回も……ないの」
「え……」
拓海君はフリーズする。
「交際期間から1回も体に触れてこないの」
「マジか」
沈黙が続く。言わなきゃよかった? でも、元カレほど話しやすいポジションはいない。
拓海君は初体験の相手だ。
この手の話を女友達に話しにくいし、転勤族で昔からの友人はこの地にいない。
「旦那さんはなんで結婚したんだろうな。既婚者ポジションがほしかったのかな」
「私は、仕事を辞めたかったの。安定した収入のある人と結婚して専業主婦になりたかっただけ。そこに、誠実そうな夫が現れた」
「つまり、仕事を続けたくないから、おまえは結婚という逃げ道に逃げた」
逃げ道。そう言われると否定はできない。
「おまえは夫のことを好きなのか?」
拓海君の瞳はとても澄んでいた。今でも子どもの心を持っているようだ。
「え?」
好きなのは目の前にいる元彼の方だということは言えない。絶対に言えない。
夫は正直拓海君とは正反対の真面目な会社員で、顔立ちも中の下だし、ファッションセンスもダサい。
でも、結婚は価値基準が違うと思っていた。
だから、好きよりも誠実さや真面目さを選択した。
ファッションセンスよりも年収だ。
でも、本当はどこかで素敵な王子様が迎えに来てくれるような夢を抱いていることを自分が一番わかっていた。
まだ夫のことを好きになっていないことに気づいていながら結婚をした。
結婚という証が欲しいだけだったのかもしれない。
ブラック企業でいじめに遭っていた私は、会社を辞めるために夫を利用しただけなのかもしれない。
「まぁ、夫婦はいろいろある。俺で良かったら相談のるしさ。気軽に連絡くれよな」
「うん」
かっこいい。でも、もしかして妻子持ちじゃないよね。
「拓海君は奥さんや彼女はいないの?」
「いないよ。結婚歴もないし」
イケメンで女性に不自由しないであろう男性はフリーらしい。
もっと早く勇気を持って連絡していたら私は違う未来があったのだろうか。
でも、もう、遅い。
「はじめて付き合った彼は拓海君だから、ずっと忘れてなかったよ」
「嘘? 俺、嫌われていると思ってそのままフェードアウトしたんだけどな。俺、不良系だったから、おまえそういうの嫌いだろ」
「そもそも、付き合おうっていうのも軽いノリみたいな告白だった記憶だけど」
「あれさ。何日も何回もすげー悩んだ台詞なんだけどな。軽い感じすぎて本気感なかったかな」
「そうなの……?」
嬉しい。拓海君が私なんかをこんなに好きでいた過去があったなんて。
涙が出るよ。私なんかのことを覚えていてくれたなんて。
「再会した時、名字が変わっていたし、指輪つけていたから実は超ショックだったけど、話せてよかった。俺、嫌われてなくてマジでよかった」
この人、脳筋単細胞だった。久しぶりに、少し笑えた。
好きな人に好かれるというのは嬉しい感情だ。
それ以来、ジムで会って、世間話をして、二人で食事することが増えた。
メッセージも送りあう。まるで恋人だ。拓海君には恋人がいない。
たまたま偶然違う土地で再会するなんてやっぱり運命の赤い糸?
これは不倫? 同窓会みたいなもの? 話しているだけだし問題ないと自分をたしなめる。
「結婚してるならやっぱりちゃんと夫と話すべきだと思う。価値観の違いって大事なポイントだと思う。一生続くわけだろ、結婚てさ」
「そうだよね」
「真面目で良い人、でも、ひとつだけが違う。そこは結構大きいと思うぞ」
「私に魅力がないのかと思って女子力あげてるんだよ。体だって鍛えているし」
力こぶを作るけれど、今は拓海君目当てでジムに通っているだけ。
筋肉への本気度はこれっぽっちもなかった。
「お前は魅力がある。だから、ちゃんと向き合え」
魅力があるなんて照れる。
拓海君のようなイケている男子に言われたらすごくうれしい。
「でも、向き合ってくれなかったら――」
「それは、本人が決めることだと思うけど、別れるのもありなんじゃないか」
真面目な顔でいつも真剣に話を聞いてくれる。
満たされていることに満足を得る。
きっと夫は向き合ってくれないから不満だったのかもしれない。
私は今、満たされているんだ。
向き合おう。夫婦で話し合って、それでもだめだったら――別れよう。
「嫌なものは嫌なんだ」
まさおは向き合おうとしない。
「男が好きなの? 私が嫌い?」
「結婚はしたいけど、性交渉はしたくないんだ」
「なにそれ? 子供はいらないっていうのは?」
「したくないから子供はいらないっていうのが価値観なんだよ」
「私は無理」
よくよく考える。私はまさおとセックスがしたいのだろうか?
夫のことは元々好みではないが、生理的に受け付けるから結婚しただけだった。
ダサい服装。ダサい髪型。ダサい顔立ち。全てがダサい。
話の内容もつまらない。
私はなんであんな人と結婚したのだろう。
入籍こそしたが、結婚式を挙げていないし、このまま離婚できたらどんなに幸せだろうか。
でも、拓海君のことは大好きだ。
拓海君はかっこいい。スタイルも顔も全部がかっこいい。
話す内容も面白い。
彼に抱かれたい。
本音がうずきだす。
拓海君を呼び出す。
人がほとんどいない公園だ。夫が通ることはないし、きれいな夜景が見える秘密の場所だった。
想いをぶちまげよう。
「私、別れることにする。まだ夫の同意はないけれど」
「そっか」
「女のせいで子供ができないのではないか、と世間は言うの。いつ子供を作るのかって周囲はそればかり」
拓海君がじっと見つめてくる。
「今日、一緒にホテルに行こうか」
私に迷いはなかった。離婚するいい口実になる。このまま本当の王子様と私は幸せになるんだ。
「うん」
彼と離れていた時間は長い。大学に進学して地元を離れて、疎遠になって、それっきり。
何かあったわけじゃなくて、何もないから別れた。
拓海君の照れ笑いも愛おしい。
「実は、いいホテルがあってさ。予約さっきとっておいたんだ」
「嘘、いつの間に……」
サプライズ好きなのは昔からだった。
拓海君はタイミングよくサプライズしてくれる。
このまま結婚しようという流れになるかもしれない。
浮気や不倫じゃない。これは純愛。今、祝福の鐘の音が鳴ったような気がする。
拓海君は高級感のあるホテルに予約していたようだ。
つまり――もしかして私たちはこれから本当の愛が始まるってことだよね。
胸の高鳴りが止まらない。ドキドキしながら手をつながれてホテルへ行く。
ホテルの部屋には意外な先客がいた。
夫のまさおだ。
「まさおさん……」
驚いてそれ以上何も言えない。
だって、今日はシンデレラのように素敵な彼と一緒になる日。愛を誓う日だったはず――。
それなのに、どうして相変わらず用無しのダサい夫がいるの?
私たちの愛を邪魔しに来たのね。
ストーカー夫め。
「君のシンデレラストーリーは全て録音してもらったものを転送してもらい、リアルタイムで聞いていたよ。意外とかわいいことを言うんだな。まるで女子高生みたいじゃないか」
まさおは狂気に満ちた表情をする。メガネの奥の瞳が光る。
「どういうこと? なんで夫がいるの? 私たちの愛を邪魔しに来たとか盗聴してたのかな……」
「私たちの愛ってどういう意味だよ?」
急に冷たい表情になる拓海君。突き放すようなまなざしだ。ため息すらついている。
「会社経営って言ったけれど、あの名刺は偽物の名刺なんだ。本当は探偵事務所をやっていてさ。結果的に何でも屋みたいな感じなんだけどね」
開き直った様子の拓海君はいつもと態度が違う。ビジネスモード全開といったところか。
ビジネスが終わったというところかもしれない。
「君の過去に付き合った忘れられない王子様がいるっていう話を言っていただろ。その男が誰か調べてもらおうと君の地元の探偵事務所に調査依頼したんだ。すると、探偵の拓海さんが付き合っていたのは俺ですけどっていうからさ。君がどの程度薄情なのかを調べさせてもらったんだ」
まさおの目つきは狐のように鋭く、呪縛を感じた。
「つまり、拓海君は夫のまさおさんとグルだったということ?」
「あれ? 今更気づいた? だいたい、こんな田舎で会社を経営するわけがないだろ。俺の地元の方がずっと都会だ。その話に疑いもせずに信じるなんてはじめはありえないと思ったんだけど、意外と信じるものだね。シンデレラは田舎でも偶然出会いがあるって信じてるのかな?」
あざ笑うかのように見下している拓海君。まるで今までとは別人だ。今までが演技だった――??
「最初は拓海さんが元彼かどうかも君の同級生に調査したよ。検証の結果、君は高校時代一人としか付き合っていなかった。正確に言うと、付き合ったというより、体の関係を結んだというのは自慢げに話していたと同級生何人かの女子が言っていたよ。大学時代にも彼氏がいなかったという情報も得た。君はお世辞にも美人じゃない。だから、彼氏がいたというのは意外だったけれど、彼の話を聞いて納得したよ」
まさおが見下している。なんでこいつに私が見下されなければいけないの?
拓海君が話を始める。
「最初、印象が薄くて、君と付き合っていたことを忘れていたんだ。でも、次第に思い出してね。あの時は、同時進行で複数の彼女と付き合っていたからね。正確に言うと君とは性交渉をしただけで付き合ってはいないけれどね」
拓海君は冷たい言葉を放つ。嘘だ。そんなの信じたくない。私とだけ付き合っていたんだよね。
私のことをずっと想っていてくれたんだよね。想い出は美しいほうがいい。
「シンデレラストーリーは存在しないことを本人に証明してもらうことが一番だと思ってね」
まさおは見たこともないくらい怖い顔をしていた。
「僕は、子どもができない体なんだ。でも、それを言ったら結婚してくれないだろ。だから、ずっと黙っていた。今回のことで君の浮気や不倫について証拠を得られた。全て拓海さんが快く提供してくれたよ」
「高額な依頼料だったんで、丁寧に仕事はしましたけどね」
拓海君が札束を愛しそうに愛でている。
私より札束が好きだということ??
私のシンデレラストーリーはどうなるの??
この世に王子様なんていないの??
「あと、僕は女性の体に触れるのが苦手なんだよ。極度の潔癖症でね。君の弱点を握ったから、ずっと君は僕の妻として過ごしてもらうよ。言っておくけど、君はかわいい顔だちじゃないし、体型もどうかと思うよ。服装のセンスもダサいと思うけどね。君程度ならば結婚相手になってもらえると思ってとりあえず入籍だけしたんだ。結婚しろと両親がうるさいからとりあえず入籍しただけだよ」
まさおにひどいことを言われている。
私ってかわいくないの?
私がまさおを利用して結婚したつもりだった。
でも、違った。彼が私を結婚という事実に利用しただけ。
拓海君を見ると、苦笑いしている。つまり、否定はせず同意しているということだ。
鏡を見る。
私の顔ってかわいくないかもしれない。
服装も、体型もイケてないのは私――?
まさおがダサいのではなく、私の方がダサい――?
「一回抱いたら、勘違いする女っているんだよな。抱いた後、実は吐きそうになっていたことを思い出した。当時は性欲旺盛だったからさ。君を抱いたことは友達には言えない黒歴史だ。まさおさんに依頼されてなかったら、そんなこと思い出すこともなかったけどね」
悪寒を感じたようで身震いする拓海君。
私ってそんなにブス??
かっこいい顔の拓海君と私が並んでも釣り合わない。
私、そんなことを忘れていた。
いつのまにかシンデレラのように王子様が現れると勘違いしていた。
まさおは結婚という形を私の浮気という弱みを握ることで確保でき、拓海は大金を手にした。
そして、私は――現実を突きつけられた。
自分の不細工な顔立ちとたるんだお腹。ダサい服装。そして、潔癖症の夫がいる既婚者。
わたしは、過去の思い出を忘れていたということに気づいた。
全てが嫌で、全部忘れていたのだと。