結婚したいのですが
♢結婚したいのですが 男性視点

  
「結婚したいのですが」
 美人だが、気の強そうな女が道場破りのごとく現れた。
 
「ここは結婚相談所ですから、そんなことはわかっておりますが。極秘に婚活してますから」
 俺は、婚活カウンセラーとして女性を担当している。ここは、婚活カウンセラーは基本異性と決まっているのだ。女性には男性。男性には女性。相談所に来るお客様は異性に不慣れな場合が多い。異性に慣れてもらうというためにも敢えて若いカウンセラーを設置している。
 
 俺は秘密にしているが、ここの社長の息子だ。大学を出て2年目のため、現場でカウンセラーとして働いている。仕事は結構面白い。様々なお客様とのコミュニケーションも面白いのだが、親父の会社経営の戦略もこの業界にしては珍しいことばかりだ。
 たいていの相談所というのは一般的にお見合いおばちゃんが担当するのだが、ここは若い異性というこだわりを持ち、あえてデート練習もしている。

 アドバイスもわが社ならではの的確な基準を設けている。アドバイス通りにすれば、基本、恋愛して、結婚できる。そのようなシステムになっている。もちろん仕事なので私情は挟まない。
 
「あなたみたいな若い男が担当になるってわけ?」
 気の強そうな女は、気迫で仁王立ちしている。とても結婚相手を見つけに来たとは思えない。
 
「お客様、まずはこちらのシステムを説明して納得していただいた上でご入会するかどうかを決定していただきます」
 
「細かいことはいいから、入会決定でお願いします」
 椅子に腰かけたかと思うと長い脚を組んで腕組みして、実に偉そうな態度だ。美人だが、こんな女性が結婚できるのか、少々不安である。
 
「会費のご説明をさせていただきます」
 
「会費なんていくらでも払うから、いい男紹介してよね」
 実にシンプルでわかりやすい直球型のようだ。
 
「では、相手へのご希望は? 年収、学歴などこちらへ明記してください」
 
「学歴や年収でいい男の基準が決まるわけでもないでしょ。そういった希望はないわ」
 
「じゃあ実際にお写真を見て決めていただきますか?」
 
「あなたが決めてよ」
 この客、実に厄介だ。こういった女に限って、後々文句つけてくるクレーマー系の予感がした。気が強そうで自信家でお金に困っていない、そのような女性で婚活したいという人は結構珍しい。
 
 異性と話すことが苦手な気弱な優しいタイプの女性が多く、全然自分に自信が持てないので、服装からアドバイスしてほしいなどという会員は男女問わず割といる。目の前にいるような女は、恋愛結婚型のため、あまりここで遭遇したことはない。苦手なタイプだが、将来会社を背負うためには、様々なタイプに適応できないといけないだろう。
 
「まずは、入会申込書にあなたの経歴や個人情報や趣味などをご記入くださいませ」
 女はボールペンを持つとすらすらときれいな文字を書いた。このような女は雑な字を描くような気がしていたので、正直驚いた。繊細で華奢な文字なのだった。この女、こう見えて実は繊細なのだろうか? 文字には意外性というものが付きまとうものだ。
 
「あなた結婚していないの?」
 ずいぶん直球な質問をするな。俺はたじろいだ。
 
「あいにくしてはおりませんが」
 
「結婚してもいない人がアドバイザーになるなんて笑っちゃうわね」
 たしかにこの女の言うことは正しいと思った。
 
「しかし、独身の異性と話をしたり、模擬デートをすることで、練習していただくという弊社の考えでございますから」
 
 女の瞳は大きく鋭く視線をそらさない。
 こちらのほうが視線をそらしてしまったではないか。




♢結婚したいのですが 女性視点

 
「結婚したいのですが」
 はじめての結婚相談所。声を発してみた。緊張マックスの私。落ち着け!! 目の前には端正な顔立ちのモデルのような男性がいる。正直、このような男性と話したことはないので、緊張を悟られないようにしなければ。

「ここは結婚相談所ですから、そんなことはわかっておりますが。極秘に婚活してますから」
 ここは、婚活カウンセラーは基本異性と決まっているらしい。女性には男性。男性には女性。そんな口コミをネットのサイトで読んで、ここに決めた。今まで彼氏いない歴年齢の私には、こういったところが一番いいだろう。

 たいていの相談所というのは一般的にお見合いおばちゃんが担当するのだが、ここは若い異性が担当するというこだわりを持ち、あえてデート練習もあるらしい。模擬デートだ。

 アドバイスまでしてもらえるとは!! ありがたい。アドバイス通りにすれば、基本、恋愛して、結婚できるらしい。なんてありがたいシステムなのだろう。

「あなたみたいな若い男が担当になるってわけ?」
 どうしても、このような言い方しかできない自分が歯がゆい。

「お客様、まずはこちらのシステムを説明して納得していただいた上でご入会するかどうかを決定していただきます」

「細かいことはいいから、入会決定でお願いします」
 だって、あらゆる口コミサイトで精査したうえでここを選んだのだから、入会するに決まっているでしょ。

「会費のご説明をさせていただきます」
 この人、私が収入低そうって思っているんじゃないでしょうね?

「会費なんていくらでも払うから、いい男紹介してよね」
だって、事前に入念に調べて来たのだから会費のシステムは熟知しているわ。

「では、相手へのご希望は? 年収、学歴などこちらへ明記してください」

「学歴や年収でいい男の基準が決まるわけでもないでしょ。そういった希望はないわ」
 だって今まで好きになっても学歴が高くても性格が悪いなんてことは多々あったし、年収だって同じだわ。

「じゃあ実際にお写真を見て決めていただきますか?」
 もしかして、私が顔で選ぶようなタイプの女だと思っているんじゃないの? この男、顔もいいし、きっと女を顔で決めるタイプだわ。

「あなたが決めてよ」
 結局出た言葉が、こんなぶっきらぼうな一言だなんて、私ってだめだわ。

「まずは、入会申込書にあなたの経歴や個人情報や趣味などをご記入くださいませ」
 こんなイケメンな男性の前に十分以上二人きりで会話するなんて、手が震えるわ。緊張を悟られないように、なんとか字を書かないと。震えないように……。

 そうだ、この男、既婚者かもしれない。そうすれば、私の緊張も半減するわ。
「あなた結婚していないの?」

「あいにくしてはおりませんが」
 独身イケメン男性なんて、私のストライクゾーンに直球じゃない。せめて既婚者ならば、意識しないで済んだかもしれないのに。

「結婚してもいない人がアドバイザーになるなんて笑っちゃうわね」
 私の馬鹿、ついこんなことを言ってしまったわ。私が緊張するから、せめてもう少し距離が欲しい。顔が赤くなるわ。

「しかし、独身の異性と話をしたり、模擬デートをすることで、練習していただくという弊社の考えでございますから」

 どこを見つめればいいの? 変に目をそらしたら、挙動不審とか男に慣れていないって思われそうよね。この人の瞳をじっとみつめる。むしろ、それしか私には思いつかないわ。あれ? 彼のほうが視線をそらしてしまった。まずい、見つめすぎてやばい女だと思われたのでは。

 男と女の思いは交差して絡み合うのである。




♢模擬デート 男性視点

 
「今日は一般的な喫茶店でお茶をしながら会話を楽しむ模擬デートを実践します」
 
 女の瞳は大きく鋭い。きっとたくさんの男性と経験があるのだろう。
 何をいまさら喫茶店デートなんて、馬鹿にしているの? という言葉が聞こえてきそうだった。これほど美しいのだ。彼氏なんて何人でもいただろう。
 
「映画館という手もありますが、会話が続かないという方にはお勧めしています。しかしながら、今回は会話の練習として、あえて喫茶店という場所で実践いたします」
 
 女はつまらなそうな顔をしている。きっと模擬デートなんていいから、早く相手を紹介してほしいのだろうな。

 怪訝そうな顔をする美女と俺は、静かな喫茶店に入った。
 昔からある趣のある喫茶店で、うちの会社の模擬デートはここと決まっている。色々アドバイスするのが仕事だが、きっと恋愛慣れしていそうだから、今日はアドバイスするまでもないな。ファッションセンスも抜群だし、このスタイルならどんな服も格好よく着こなせる。
 
 ファッションに疎い会員にはカラーコーディネート講座だとかファッションアドバイス講座の受講を勧めることも多々あるのだが、その必要はないよな。むしろ、こんな美人と本当のデートができたらいいのに……。
 
 彼女の髪はサラサラで、横髪をかき上げるしぐさはいい女を三割増しさせる。
 何、緊張しているのだ、俺はアドバイザーだぞ、大事なお客様なのに。
 
「飲み物何にします?」
 
「ホットコーヒーで」
 
「じゃあ俺も同じものを」
 
「このような場合は、同じものを頼んだほうが、共通の話題を産みやすかったりするのです。味を共有することは結構大事だと弊社のマニュアルでは説明されています」
 
 彼女はただ見つめるだけだ。
 それはそうだろう。デート経験のあるいい女にこんなこと説明するほうが、野暮だよな。
 
「以前、会員様でレモンティーを頼んだ方がいたのですが、レモンをお見合い中にしゃぶってそのままお皿に置いたのですが、それが相手の女性の印象を悪くしたらしく、破談となってしまいました。お見合いの席では、レモン一つが命取りになるのです」
 
 なんとなく、最近あった本当のお見合い失敗談を話してみた。すると、堅かった彼女の表情はほころんだ。
 
「私は、レモンごときで相手を計ったりしませんけど」
 少し笑いながら彼女はようやく少し心を開いてくれた。
 
「もしも、今日、レモンをあなたが頼んで、レモンを舐めても、そんなことで嫌いにはなりませんよ」
 彼女の言葉遣いがいつもより優しく感じられた。
 
「あ、そうですよね。あなたは今更デートの練習など必要のない人なのに……すみません」
 
「ここの売りは模擬デートでしょ」
 
「まぁそうですけれど、何度もデートの経験のある方に今更申し訳ないというか」
 
「そんなに経験豊富に見えますか?」
 
「いや、そういう意味じゃなくて……。あなたのような美人が結婚相談所を利用するなんて珍しいというか」
 
 彼女の表情が固まった。まずい、俺、何か悪いこといったか??
 
「私は美人ではありませんし、お世辞を言われる筋合いはございません」
 
 まずい、怒らせてしまったか? アドバイザーなのに、へっぽこな自分がどうしようもない。今日は自分らしい冷静さがないように思う。相手が美人で心を開かない、読めない女性だろうか。俺のほうが模擬デートの練習をしないとだめじゃないか?
 
「あと、模擬デートでのアドバイスを普段は行っているのですが、必要ないですよね」
 
「必要ないとなぜ言い切れるのですか?」
 
 やっぱり怒っている。特別待遇したつもりが、相手にとってはマイナスに!!
 
「アドバイス、致しましょうか」
 
「当然です。会員なのですよ」
 
「相手の話を上目使いでうなずきながら聞くという行為は、男性にとって聞いてくれる女性ということで好印象を持たれることが多いです」
 
 なんだ? この美女、メモ取り始めたじゃないか。俺がじっとメモ帳を見つめてしまった。
 
「何か? 不都合があるのなら、メモはとりません」
 
「いえ、そのようなわけではないのですが……」
 美人なのに、やけに熱心だな。この女。
 
「話が途切れた時は、無難な季節や天気の話、共通の趣味があるか探るのも一つです。音楽や好きな本の話題を振ってみると案外気が合うかもしれません。
 例えば、最近どんな本を読みましたか? 休日はどのようにお過ごしですか? というように聞くことは有効な手段です」
 
 美女は聞き入っているようだ。熱心にメモを取っている。
 
「僕があなたに質問してみますね。最近、どんな本を読みましたか?」
 
「……私、漫画を主に読んでいまして。少年漫画のバトルのある話が好きなのです」
 美女は意外な回答をしてきた。予想外だ。
 
「僕も少年漫画は好きです。例えばどんな漫画ですか?」
 
「私は、昔連載していたどんどん強敵が出てくるたびに主人公が戦いながら強くなるお話が今でも好きで……ドラゴンカードを集めています」
 
 実はオタクか? 意外だな――って俺もそのカード集めているけれど、誰にも話していない趣味なんだよな。女性に話しても、興味ないって言われるのがおちだし。オタクだと思われてひかれるのも嫌だし。
 
「僕も実はその漫画を全巻持っていて……カードも集めています」
 
「これ、あくまでセールストークですよね。リアルじゃなくて、例えばっていう話?」
 
「マジです」
 俺は少し照れながら、真顔で答えた。
 
「どのキャラクターが好きですか?」
 美女が食いつくように質問してきた。
 
「俺は、変身した後に合体したキャラクターが好きで」
 
「どの技がお好きですか?」
 
「指一本で攻撃する技が一番推しですよね」
 ダメだ、マニュアル通りにいかない。素になっているぞ、俺。
 
「私は親子で魂が一つになって攻撃した時が感動しました」
 美女は顔色一つ変えずに話す。よくわからないけれど、盛り上がっている。趣味が合うオタク同士の会話だ。婚活レッスンじゃないじゃないか。
 
「次回レアカードゲットしたので持ってきます」
 少し嬉しそうに美女が小声でささやく。
 
 俺は幻のレアカードが見てみたくて、
「絶対持ってきてください」
 なんて言ってしまった。
 これ、仕事だけれど、素で楽しんでいるじゃないか。
 
「次回絶対持ってきますね」
 
「期待しております」
 
 そんなこんなで、模擬デートは終了したのだ。
 なんだろう、この、楽しい気持ちは。
 


 
 ♢模擬デート 女性視点

  
「今日は一般的な喫茶店でお茶をしながら会話を楽しむ模擬デートを実践します」
 
 男の瞳は大きく澄んでいた。きっとたくさんの女性と経験があるのだろう。
 
「映画館という手もありますが、会話が続かないという方にはお勧めしています。しかしながら、今回は会話の練習としてあえて喫茶店という場所で実践いたします」
 
 初めてのデートだ。静かな喫茶店に入った。彼の髪はサラサラで、横髪をかき上げるしぐさはいい男を三割増しさせる。
 
「飲み物何にします?」
 
「ホットコーヒーで」
 
「じゃあ俺も同じものを」
 
「このような場合は、同じものを頼んだほうが、共通の話題を産みやすかったりするのです。味を共有することは結構大事だと弊社のマニュアルでは説明されています」
 
 私はただ見つめるだけだ。余裕がなく、他にするすべがないのだ。
 
「以前、会員様でレモンティーを頼んだ方がいたのですが、レモンをお見合い中にしゃぶってそのままお皿に置いたのですが、それが相手の女性の印象を悪くしたらしく、破談となってしまいました。お見合いの席では、レモン一つが命取りになるのです」
 
 何、その実話。
 
「私は、レモンごときで相手を計ったりしませんけど」
 少し笑ってしまった。
 
「もしも、今日、レモンをあなたが頼んで、レモンを舐めても、そんなことで嫌いにはなりませんよ」

「あ、そうですよね。あなたは今更デートの練習など必要のない人なのに……すみません」
 
「ここの売りは模擬デートでしょ」
 
「まぁそうですけれど、何度もデートの経験のある方に今更申し訳ないというか」
 
「そんなに経験豊富に見えますか?」
 もしかして、私遊び人みたく見られているのかな? 軽い女とか、思われているのかな。
 
「いや、そういう意味じゃなくて……。あなたのような美人が結婚相談所を利用するなんて珍しいというか」
 
「私は美人ではありませんし、お世辞を言われる筋合いはございません」
 ここは、毅然とした態度を取らないと。今後紹介してもらえないかもしれないし。
 
「あと、模擬デートでのアドバイスを普段は行っているのですが、必要ないですよね」
 
「必要ないとなぜ言い切れるのですか?」
 きっと、私なんかには教えてくれないのだわ。
 
 男がじっと私をみている―――
「アドバイス、致しましょうか」
 
「当然です。会員なのですよ」
 この人、私を馬鹿にしているのだわ。
 
「相手の話を上目使いでうなずきながら聞くという行為は、男性にとって聞いてくれる女性ということで好印象を持たれることが多いです」
 
 メモを取らなきゃ。重要事項だわ。イケメンがじっとメモ帳を見つめている。
 まずい、私、がめつい女と思われているのかも。
 
「何か? 不都合があるのなら、メモはとりません」
 
「いえ、そのようなわけではないのですが」
 
 ドン引きされているのかしら?
 
「話が途切れた時は、無難な季節や天気の話、共通の趣味があるか探るのも一つです。音楽や好きな本の話題を振ってみると案外気が合うかもしれません。例えば、最近どんな本を読みましたか? 休日はどのようにお過ごしですか? というように聞くことは有効な手段です」
 
 メモ、取らないと。ここは重要よね。
 
「僕があなたに質問してみますね。最近、どんな本を読みましたか?」
 
「……私、漫画を主に読んでいまして。少年漫画のバトル話が好きなのです」
 まずい、本当のことを言ってしまった。イケメンがドン引きしているわ。オタク女なんて、いらないって。
 
「僕も少年漫画は好きです。例えばどんな漫画ですか?」
 
 きっと気を遣ってくれているのね。こうなったら本当に私のオタクぶりを発揮させてもらうわよ。

「私は、昔連載していたどんどん強敵が出てくるたびに主人公が戦いながら強くなるお話が今でも好きで……ドラゴンカードを集めています」
 
 やっぱり漫画オタクって嫌なのかも。恥ずかしい……。
 
「僕も実はその漫画を全巻持っていて……カードも集めています」
 え? カードも集めているの? 私もたくさんのカードを集めているわよ。
 
「これ、あくまでセールストークですよね。リアルじゃなくて、例えばっていう話?」
 きっとそうにきまっているわ。この人プロなのだから。
 
「マジです」男は斜め上を見ながら真面目な顔で、少し照れていた。
 嘘だよね? 本当に?
 
「どのキャラクターが好きですか?」
 つい、聞きたくなるのがオタクの性。
 
「俺は、変身した後に合体したキャラクターが好きで」
 僕ではなく、俺って言っている。素なのかな?
 
「どの技がお好きですか?」
 
「指一本で攻撃する技が一番推しですよね」
 
 この人本当に好きなのかも。私も素でトークしてみようかな。
 
「私は親子で魂が一つになって攻撃した時が感動しました」
 私は、動揺を悟られぬように冷静を装う。本当はもっともっと熱く語りたいのに!!
 
 よくわからないけれど、盛り上がっている。趣味が合うオタク同士の会話だ。婚活レッスンってこんなものなの?
 
「次回、幻のレアカードをゲットしたので持ってきます」
 嬉しい、思わず本音で会話してしまう。でも、ここの静かな店で大声は出せないから、小声でささやく。
 
「絶対持ってきてください」
 この人も同じファンなのかしら? ならば、絶対見たいはずよね。
 
「次回絶対持ってきますね」
 
「期待しております」
 
 そんなこんなで、模擬デートは終了したのだ。
 イケメンとの初デート、なんだろう、このときめきは。
 


 
♢プライベート再会 男性視点

 
 今日は、あの伝説のアニメの限定復刻盤があの店限定で発売されるんだよな。
 浮足立った隠れオタクの俺が向かった先に、例の婚活美女がいたのだ。
 
 なんと今まさにお目当ての商品を2つも買ったオタク男がいる。それでは、俺の分がなくなってしまう。早めに入手するべく、仕事を定時で切り上げたというのに。
 
 背に腹は代えられない。よし、いざ乗り込むぞ。

「あら、あなたも、これを買いに来たの?」
 美女は微笑む。

「まぁ……」
 くすっと珍しく美女が笑った。
 
「あと1つしかないので、お譲りしますわ」
 
 そうか、さっきの男が2つも買ったからか。仕事中抜けだして、いや、朝一に来るべきだった。仕事を休んででも。
 
「いや、俺はいいですよ。お譲りします。でも、限定DVDは観たかったかなぁ」
 まずい、つい本音が出てしまった。
 
「一緒に観ますか? 私の家で」
 
「でも、お客様とそういったプライベートな交流は、まずいので」

「観たくないのですか?」
 
「観たいです」
 
 また本音が出てしまった。彼女は、その限定品を購入し、彼女の家で鑑賞することになった。せいぜい三十分程度だ。観たら帰ればいい。
 
 気が付くと、夕食時になっていた。彼女がいつのまにか夕食を作ってくれた。
 
「俺だけ観てしまって、すみません」
「いえいえ、私はじっくり後で見ますから。お召し上がりになってください」
 
 それは、本当にレストラン顔負けのおいしそうな料理の数々で、彼女がいかに料理に慣れているのかということを物語っていた。
 
 でも、会員とアドバイザーという垣根を越えて、オタク談義に花を咲かせている俺。――ってこの美女見かけによらず面白いな。本当に面白い。冷たい美女というのは見た目だけで、本当は天然な優しい人なのかもしれない。
 
「うまい」
 一口食べただけで、本音がでてしまった。
 美女は微笑んだ。エプロンをした彼女はまるで新妻みたいで―――独身男のハートは射抜かれっぱなしだ。

 わが社の会員同士を結婚させるのが目的なのに、アドバイザーの俺が好きになってどうするのだ。
 
 あっという間に食してしまった。
「じゃあ、僕はここで失礼します。本当にすみません、ごちそうになっちゃって」
「じゃあ私のお願い聞いてくれますか?」
「お願いって?」
「一緒にこれからDVDを見てください」
「でも、もう遅いですし、俺があなたの部屋にこれ以上いるなんて、申し訳ないですよ」
「私からのお願いです。隣に座ってください」
 
「あと、もう一つお願いがあります。私と模擬デートじゃないデートをしていただけますか?」
 
「はい?」
 俺は自分の耳を疑った。
 
「やっぱり嫌ですよね」
 彼女の表情が暗くなる。
 
「嫌、じゃないですけれど。俺なんかでいいのですか? あなた美人だし」
 
 彼女は顔を真っ赤にして
「もう少しあなたと一緒に居たいから、お誘いしているのに」
 
「俺なんかで?」
 俺は自分の人差し指を自分に向けた。
 
「手をだしてください」
 手を出すと、彼女が手を握った。
「鑑賞中は手をつないでいてください」
「―――はい」
 二度目の内容は全然頭に入ってこなかった。
 俺はそんなに女性に免疫がないから、手を握っただけで、頭は真っ白で、何も考えられなくなっていたんだ。
 
 


♢プライベート再会 女性視点

 
 今日は、あの伝説のアニメの限定復刻盤があの店限定で発売される日よ。
 なんて、浮足立った隠れオタクの私が向かった先に、例の婚活イケメンカウンセラーがいたのです。

 なんと今、まさにお目当ての商品を2つも買ったオタク男がいるじゃない。
 
「あら、あなたも、これを買いに来たの?」
 自然に微笑むことができたかな。
 
「まぁ……」
 少し照れた顔がかわいいわ。
 
「あと1つしかないので、お譲りしますわ」
 
「いや、俺はいいですよ。お譲りします。でも、限定DVDは観たかったかなぁ」

「一緒に観ますか? 私の家で」

「でも、お客様とそういったプライベートな交流は、まずいので」
「観たくないのですか?」
「観たいです」
 
 その限定品を購入し、私の家で鑑賞することになった。せいぜい三十分程度だ。

 ちょうど夕食時。彼が特典DVDを見ているうちに、いいお嫁さんアピールするんだから。こんなに集中力を酷使して夕食を作ったのはいつぶりかしら。
 
「俺だけ観てしまって、すみません」
「いえいえ、私はじっくり後で見ますから。お召し上がりになってください」
 作戦成功ね。日頃の成果を発揮できたわ。
 
 でも、会員とアドバイザーという垣根を越えて、オタク談義に花を咲かせって本当は会社としてはまずいのかしら? イケメンアドバイザーさん、本当に面白い。気取った男かと思ったけれど、全然違う。
 
「うまい」
 一口食べただけで彼が発した言葉。
 うれしい。私のハートは彼の笑顔に射抜かれっぱなしだ。こんなのダメだってことはわかっている。
 会員同士を結婚させるのが目的なのに、アドバイザーの男を好きになってどうするのよ。

「じゃあ、僕はここで失礼します。本当にすみません、ごちそうになっちゃって」

「じゃあ私のお願い聞いてくれますか? 一緒にこれからDVDを見てください」
 一世一代の勇気を振り絞る。

「でも、もう遅いですし、俺があなたの部屋にこれ以上いるなんて、申し訳ないですよ」

「私からのお願いです。隣に座ってください」
 気持ちに嘘はつけない。好きになれる人にそうそう出会えないのだから。
「あと、もう一つお願いがあります。私と模擬デートじゃないデートをしていただけますか?」
 
「はい?」
 彼はあきれているのだろう。
 
「やっぱり嫌ですよね」
 そんなことわかっていたはずなのに。
 
「嫌、じゃないですけれど。俺なんかでいいのですか? あなた美人だし」
 
 ちゃんと言わないと、一生後悔する。
「もう少しあなたと一緒に居たいから、お誘いしているのに」
 
「俺なんかで?」
 彼は自分の人差し指を自分に向けた。
 
「手をだしてください」
 手を出すと、彼の手を握った。人生初だ。
「鑑賞中は手をつないでいてください」
「―――はい」
 DVDの内容は全然頭に入ってこなかった。
 
 彼のことが好きだから。手を握っただけで、頭は真っ白で、何も考えられなくなっていたのだから。
 
 
 





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