No Title







古びた扉、ドアノブを回す。

広がる青に少しオレンジ色が滲む空。
綿あめみたいな空がぽつんとひとつだけ浮かんでいる。

扉が勝手にガチャンと閉まり、いつも通り左奥の定位置に足を進める。


私のお気に入りの場所。
ここからが一番、放課後の景色をまとめて見渡せるのだ。

運動部が頑張ってたり、体育館から聞こえる音をたまには遠くから聞いてみたり。
帰る人の後姿を見ながら、あっという間に時間は過ぎる。


決まって私が来るこの木曜日は、私の観察のBGMに軽音部の練習の音が聞こえる。
バンドの音色は、基本激しくてリズミカルだけれど、そこに微かに紛れる歌声は力強いのになぜか優しく聴こえる。

綺麗で、心地のいい声色。
私が普段スマホで聴くのはいつも女性ボーカルの音楽ばかりだけど、聴こえる低音のボーカルは、意外と嫌いじゃないのだ。



♪~

今日はアコースティックギターの音色だけが響いている。
バンドで演奏されるときに使うギターとはまた違う、ソロのシンガーソングライターとかが使っているイメージなのは、最近はやりのシンガーソングライターがアコギ一本でツアーを回っているからだろう。
ベースやドラムが合わさったバンドの音楽も好きだけど、ギター一本と歌声だけで作られる音楽は、その人らしさが見つけられる気がして好きだ。


いつもよりその音が近くに聞こえて、振り返る。
そんなに広くない屋上の反対側から聞こえるその音に惹かれるように足を進める。


ちょうど見えなかった私のお気に入りの場所の真反対側。
見覚えのある姿が、ギターと向き合っている。


「……あ、」

思わず零してしまった声に、ジャカジャカと鳴らしていた右手が止まってしまった。

真っ黒な頭が起き上がって、こっちを向く。
視線がばっちり重なった。



「…ドーモ」


そんなに気まずそうな顔をして挨拶をしないで欲しい。
おんなじクラスの、一度も会話を交わしたことのない無口なヒト。




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