No Title
「ドーモ」
そのまんまの言葉で返した。
彼と会話をしたことは、今まであっただろうか。
彼の名前は菊池蒼伊。
親友の涼子は彼のことをこの高校の軽音部期待のエース、と言っていた。
涼子が1年の頃から仲のいい男友達・剛くんのバンドメンバーで、剛くんは確かこの人を溺愛するほど『天才』らしい。
わたしの印象に‘無口’が入るほど、この人が教室で誰かと話しているイメージは殆どなく、唯一たくさん話しかけにいく剛くんとは仲いいんだろうなと見える。
―――あの優しい歌声が、彼のものだとは本当に信じがたい。
だって、無口で、表情も全然変わらない。笑ってるとこだって、あんま見たことないし。
溺愛されてるらしい剛くんの前でだって、笑ってるの見たことあるかな。意識して彼を見たことがないからわからないけれど。
でも、今目の前で彼のうたを聴いて、本当に菊池蒼伊の声だったんだと思った。
変な感じ。
校内じゃ割と有名で、先輩たちも勝ち目はないと諦めるほどの腕前。
地元の小さなライブハウスでライブをするくらいには、しっかりと活動をしているらしい。
剛くんは、本気で有名になるんだって、目指してるんだ、って言っていたっけ。
わたしの屋上のお気に入り場所、指定席の下の階。
軽音部が活動する部屋がある場所。
放課後まとめて見渡せて、その音楽が一番聞こえる場所だから、わたしはあそこを選んだ。
なんて、彼には言わないけれど。