【1話だけ大賞】騙されそうになった私を救ってくれた人の正体。
騙されそうになった私。
「あ、あなたは……何者、ですか?」
「俺? 俺は名乗る程の者じゃない」
私はその時、その人が何者なのか知りたくなってしまったーーー。
* * *
「話って、なに?」
私は婚約者の前に座ると、ホットコーヒーを注文した。
「実は、母さんが倒れてさ……そしたら病気が見つかって、入院することになったんだ」
「入院……そうなん、だね」
彼は私の婚約者の舘原郁。
郁とは交際して四ヶ月ほどになる。 そんな中、私は郁から「話がある」と呼び出されていた。
「でさ、くるみに……頼みがあるんだけど」
「……頼み? なに?」
郁は私に「頼む。……金を貸してくれないか」とお願いしてきた。
「え? お金……?」
「母さんが、手術することになったんだ。……でもどうしても、金が足りなくて」
「足りないって……いくら足りないの?」
郁にそう聞くと、郁は「100万……」と小さく答えた。
「100万……!?」
「その手術が、結構難易度高い手術みたいでさ……費用が高額になるんだ。なんとかお金を工面したけど、どうしても後100万足りなくて……。頼むくるみ、俺に100万……貸してくれないか」
郁からの頼みを聞いた私は答えに渋ってしまう。
「でも、100万なんて貸せないよ。 私だってそんなお金ないし……」
急にお金を貸してくれと言われても、金額が金額だから困る。
「頼むよ、くるみ。俺にとってはたった一人の、家族なんだよ……。たった一人の、母親なんだ」
泣きそうな顔でお願いされるから、相当困っているのだと感じてしまった。
「頼む、くるみ……頼むよ。母さんを、助けたいんだ」
郁から「頼む」と頭を下げられた私は、「郁、顔上げて」と伝える。
「母さんには、生きててほしいんだ。……頼む、くるみ。100万がダメなら、50万でもいいから、貸してくれないか」
郁がこんなに必死で私に何かを頼んでくるなんて……。
「……わかった。とりあえず、30万だけなら」
「えっ……本当か?」
「お母さんのこと、助けたいんだよね。……郁の気持ちは伝わってきた。 必ず返してくれることを約束してくれるなら、お金を貸す」
「くるみ……本当にありがとう。本当に、ありがとう」
郁にお金を貸すことを躊躇ってはいたけど、郁が母親に生きていてほしいという気持ちが伝わった。
「お母さん、助かるといいね」
「ああ……」
そう思ったその時だったーーー。
「コイツに金を貸す必要なんてないぜ」
という声が聞こえた。
「……え?」
「な、なんだお前!?」
「聞こえなかったのか?コイツに金を貸す必要なんてないって言ったんだ」
その人は私にそう言ってきた。
「それ、どういう意味……ですか?」
「そのままの意味だけど」
そこにいる男性は私たちに向かって「アンタ、本当にこの男に金を貸すつもりか?」と聞いてくる。
「おい、何なんだよアンタ!俺たちの話の邪魔をするな」
郁がそう口にすると、その人は「お前、この女を騙して金を奪うつもりだったよな?」と郁に向かって言ってきた。
「な、何バカなことを言ってるんだよ!そんな訳ないだろ!?」
郁はそう声を荒らげるが「お前、女を騙すのは何人目だっけ? えーっと、二人?三人? あ、五人目か」と目の前のその人が口にする。
「えっと……どういうこと、郁?」
「おいくるみ。コイツの話なんて鵜呑みにするなよ!」
郁の顔を見ると、先程までの泣きそうな顔とは違って、眉間にシワを寄せている。
「アンタ、可哀想だな。 コイツのターゲットにされたのか」
「……ターゲット?」
ターゲットって……なに?
「アンタ本気で、コイツの話信じたのか?バカだな。 アンタ、この男に騙されてるぞ」
「郁……私のこと騙そうとしたの?」
郁は私がそう聞いた途端に「だから違うって言ってるだろ!」と声を荒らげる。
「やっぱり……そうなんだ。 私のこと……騙そうとしたんだ」
「……チッ」
観念したのか、舌打ちした郁は「なんだよ。いいカモ見つけたと思ったのに、邪魔しやがって」と私の隣にいる男性を睨みつけている。
「郁……ウソだよね?」
「コイツの言うとおりだ。 俺はお前を騙そうとした」
「どうして……?」
「どうして? お前なら金持ってるかと思ったけど、俺の期待はずれだったみたいだな」
郁は私にそう言い放つと、「金ねえ女には興味ないわ。……じゃあな、くるみ」とお店を出ていってしまった。
「ちょっと待ってよ!郁……!」
そのうち、郁の姿は見えなくなった。
「良かったな。騙されなくて」
「……あなた、どうして郁が私を騙そうとしてることがわかったの?」
「まあ、アイツのことは前々から調べてたからな」
「調べてた……?」
何?なんなの? 意味がわからない。
わかるのは、私が郁に騙された挙句、お金を奪われそうになったということだ。
「良かったな。一生懸命働いて稼いだ金を奪われなくて」
そしてこの人は、郁のことを調べていたと言ったけど、この人は何者なんだろうか。
「あ、あなたは……何者、ですか?」
「俺? 俺は名乗る程の者じゃない」
そしてその人は、「くれぐれも悪い男には、気をつけろよ」と私の肩を叩いてお店を出て行ってしまった。
「あの人……本当に何者なの?」
しまった。名前……聞いてなかった。
【1話だけ大賞完】