スキー教室なんて行きたくない! 風邪をひいてサボると決めたわたしの奮闘記!
風邪をひく! しかも、明日の朝までに!
 そんな決意をしたのはいいけど、今のわたしはいたって健康。ついでに言うと、数年間全く風邪をひいたことがないっていう、無駄に頑丈な健康優良児だ。

 念のため体温計で測ってみたけど、今のわたしの体温は36.6度。めちゃめちゃ平熱だ。
 念のため、ゴシゴシ擦って摩擦熱で温度を上げようとしたけど、結果は36.8度。誤差の範囲だった。
 やっぱり、こんな姑息な手じゃダメだ。それに、これよりほんの少し高かったとしても、これくらいなら大丈夫って言われかねない。
 つまり、もっとガツンと体温が上がるくらい、本格的な風邪をひかなきゃダメってこと。

 けど風邪なんて、ひこうと思ってひけるもんじゃない。
 なんて思うのは素人だ。いや、風邪をひくのに素人やプロや達人があるのかは知らないけど、風邪をひきやすくなる条件ってのはある。

「しっかり温まらないと風邪ひくよ」「そんな薄着でいると風邪ひくよ」「きちんと布団で寝ないと風邪ひくよ」。みんなはそんなことを言われた経験はないだろうか。
 そう。つまりこれらを意図的に引き起こせば、風邪をひくことができるかもしれない。

 そこに一縷の望みをかけたわたしは、勝負に出た。
 決行は、その日の夜。
 一日の予定を全て終え、明日のスキー教室の準備をして、後は寝るだけ。だけど何度も言ってる通り、スキー教室になんて行く気はない。わざわざ準備をしたのは、ダミーだ。
 こうすることで、ちゃんとスキー教室に行く気はあったんですよ。風邪をひいたのは偶然なんですよってアピールができる。
 しっかり準備をしておいて、サボるためにわざと風邪をひくなんて誰も思うまい。
 けどわたしはやる。なんとしても、スキー教室をサボるんだ!

「さあ、始めよう! 名付けて、『寒くて風邪をひこう大作戦!』」

 まずわたしは、部屋のエアコンのスイッチを切った。それまでエアコンから出ていた、暖かい空気が止まる。

 風邪をひくには、とにかく体を冷やせばいい。そのためには、暖房なんていらないの。

 だけど、エアコンを切ったくらいじゃまだ風邪をひくとは限らない。この程度でわたしの無駄に頑丈な体がどうにかなるとは思えない。

 ならばと、次に窓を開ける。外から冷たい空気が入ってきて、部屋の中の温度が一気に下がり始める。

「これこれ。一晩で風邪をひこうっていうんだから、せめてこれくらいはやらなくちゃね」

 もちろんわたしだって寒いのは嫌だけど、風邪をひくためなら仕方ない。我慢だ我慢。

 だけど、これでもまだ不安だ。これでなんともなかったら、ただ無駄に寒い思いをするだけの、骨折り損になる。
 より確実に風邪をひくため、やるならもっと徹底的にやろう。

 エアコンを切った。窓を開けた。なら、次にやるのはこれだ。

「よし、脱ごう!」

 パジャマのボタンを全部外して上の部分をとっぱらい、ズボンを一気に下げる。必要最低限の、ちょい下くらいのものしか身につけない。
 ちょうどそのタイミングで窓から夜の冷たい風が差し込んできて、素肌に当たった。

「ひゃあ! こ、これは、かなり効果あるかも」

 みんな、服を脱いだ状態で冬の夜の冷たい風に当たったことってある?
 あっという間に、全身がブルリと震えるんだよ。
 こんな状態で一晩過ごせば、いくらなんでもさすがに風邪をひくでしょう。

 というわけで、その格好のまま部屋の電気を消して、寝る。
 ただし寝るのはベッドじゃなくて、床の上だ。だってそうでしょ。せっかく服を脱いだのに、ベッドで寝たんじゃ、無意識のうちに布団にくるまるかもしれない。それじゃ意味が無いから、床の上に寝転がるの。

「つ、冷たーい!」

 わたしの部屋の床にはカーペットみたいなのは敷いてなくて、木でできたフローリング。
 そのからの風ですっかり冷たくなった板が直接素肌に触れるから、すっごく冷たいの。

 もちろん、外からの風はさらに入ってきて、部屋の温度はどんどん下がっていく。

「あれ? これって、思ってたよりキツいかも」

 いつの間にか体は丸まり、手足がガタガタと震える。
 寒い! 寒い! 寒い!

 そりゃ寒くするためにやったことだけど、だからって平気かって言われたら、そんなことない。
 めちゃめちゃ寒くて、めちゃめちゃ大変!

「って言うかこれって、下手すりゃ死ぬんじゃないの!?」

 ここでわたしは、ようやくある可能性に思い当たった。凍死である。
 雪山で遭難した人がなる、アレだ。

「どうしよう。スキー教室は嫌だけど、さすがに死ぬのはもっと嫌かも」

 もしこのまま死んじゃったら、明日お母さんが起こしに来て、服を着てないまま床で倒れてるわたしを発見ってことになるわけか。
 そんな姿で死ぬのは、いくらなんでも嫌すぎる。

『真冬の怪異。女子中学生が服を脱いで自宅で凍死!?』なんて感じでニュースになったらどうしよう。
 さらに、もしもそれが友沢くんに知られたら、スキーの失態以上に恥ずかしいかも。

 あっ。でも、雪山で凍死した人が裸や下着姿で見つかることってあるんだって。矛盾脱衣って言うの。
 あまりに寒いと正気を失って脳が暑い錯覚して、暑さから逃れようと服を脱ぐ。みたいな理由だったかな。
 だからわたしが凍死しても、服を着てないことに辻褄は合いそう。
 まあ、実際は正気を失って服を脱いだわけじゃないんだけど。
 いや、自分から風邪をひこうとこんなことしている時点で、既に正気は失われているのかも。

「ハークション!」

 寒さはさらに増していって、ひときわ大きなクシャミをする。
 この調子でいくと、望み通り風邪をひくことはできそうだ。だけど、やりすぎて死んじゃう可能性も出てきた。

 どうしよう。死ぬリスクを負ってまで、この『寒くて風邪をひこう大作戦!』を続けるかどうか。

 さすがに死ぬのは嫌だな。けどやっぱり、スキー教室はサボりたい。風邪はひくけど、死にはしない。そんな絶妙なラインの寒さにできればいいんだけど。

 とりあえず、全開にしていた窓はちょっとだけ閉めて、入ってくるのはすきま風くらいになった。
 それでも、まだ寒さの方が上かも。このままだと、ギリ凍死しそうな気もする。

 それじゃあ、服はちゃんと着ておく? けどやりすぎると今度は風邪をひかずに終わるかもしれないし、バランスが難しい。

 どうすればいい? どうすればいい?
 悩みに悩んで、それでも答えは出ず、途方に暮れる。その時だった。

 部屋の扉がほんの少しだけ開いて、何かが入ってくる。
 ミケだ。

「ミケ、どうしたの? ここは寒いから、出ていった方がいいよ」

 わたしには風邪をひくって目的があるけど、ミケまでそれに付き合う必要はない。
 ミケだって寒いのは嫌だろうし、早く暖かいところに行きなよ。
 そう思ったんだけど……

「ニャン」

 ミケは、わたしにベッタリとくっついて離れようとしなかった。
 猫の体温は、人間より高い。フカフカの毛がついているのもあって、まるでカイロみたいに暖かかった。

「ミケ。もしかして、わたしを暖めようとしてくれてるの?」
「ニャーン」
「ありがとう、ミケ」

 暖かいミケの体を抱きしめながら、わたしは思った。
 風邪をひいて、だけど凍死はしない。そんなギリギリのラインはどこかと探していたけど、きっとこれが正解なんだ。ミケは、それを教えるためにこうしてやってきたんだ。

 ニャとかニャーとかしか言えなくて、言葉の通じないミケだけど、長年一緒にいる相棒。言いたくことや考えてることは、なんとなくわかるんだ。
 ありがとう、ミケ。おかげで、明日はちょうどいい感じに風邪をひけそうだよ。

 そうしてわたしは、ミケと一緒に眠りについていった。



 〜翌日〜


「体温、36.9度! 全然風邪ひいてないじゃなーい!」
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