【1話だけ大賞】追放された大聖女はどこだって輝けますから〜新しい国で溺愛生活を送っていますが、私の力で支えていた国は破滅したようです〜
第一話
───タリスリア王国
聖女の力によって、守られている国があった。
魔獣に襲われないように結界を張ることで、安寧の地を築き上げて血を見ることもなく平和な国を築き上げたのだ。
はじまりの聖女……後に大聖女と呼ばれたのは一人の少女だった。
タリスリア王国を救い、不思議な力で国の人々を救いつづけたそうだ。
そこから脈々と聖女の力はは受け継がれていた。
彼女の隣には金色に輝く聖なる獅子がいたそうだ。
そして聖女達の中でも群を抜いて力を持つ者に与えられる特別な肩書きがあった。
タリスリアと同じ『大聖女』と呼ばれて、皆に慕われ敬われていた。
しかし時が経つにつれて、聖女達の力は年々薄れていき、魔獣の侵入を許してしまい民は疲弊していた。
皆は魔物の恐怖に怯えていた。
長年、聖女の力によって守られていた国では他国とは違い、魔物に対抗する術を持たなかった。
国王は国の未来を憂いていた。
しかし、そんな時に現れた一人の幼い少女が全ての問題を解決してくれた。
国王はその少女と王子を結婚させて、再び国に聖女の力を行き渡らせようとする為に、その少女が七歳の時に『大聖女』という称号を与え、王太子の婚約者になるように頼んだ。
その聖女の名は───。
「ロゼッタ・レドウィル、貴様との不当な婚約を破棄する」
「…………」
「そして、新たな婚約者として、本物の大聖女であるペイシャンス・フィールを迎え入れることとする!」
「…………」
「おい……!聞いているのか、ロゼッタ」
「あっ…………ごめんなさい。もう一度いいですか?」
この国の王太子であるハビエル・ゴレフ・タリスリアが何かを大声で言っていたような気がしたが、欠伸をするのを我慢して聞いていなかった。
今日も完徹である。
「ゴホンッ……いいか、ロゼッタ!貴様との婚約を破棄すると言ったんだ」
「はい、わかりました」
「は…………?」
「謹んでお受けいたします。どうぞお二人でお幸せに」
「……ッ」
「婚約を破棄してくれ」そう言われたら答えは「イエス」以外ありえない。
悔しそうに唇を噛みながら顔を真っ赤にしているハビエルと、予想とは違う展開に静まり返る周囲の人々。
申し訳ないがハビエルに今まで婚約者として扱われたこともなく、ロゼッタ自身も婚約者だと思ったことは一度もない。
ただ、黙って言うことを聞いていたので『ロゼッタはハビエル殿下を愛している』と、不名誉な噂だけは否定したかった。
名ばかりの婚約者であるロゼッタには、ハビエルに対する愛情も執着もなかった。
国王の願いによって強制的に結ばれた婚約。
後ろ盾もなく、両親もおらず、幼かったロゼッタには拒否権など最初からなかっただけだ。
国王は考えなしにこの婚約を決めた訳ではない。
ロゼッタの持つ『聖女の力』を大きく買っていて、再びこの国を魔獣から守るためには必要だった。
国王だけは、幼いロゼッタにもそのことをキチンと説明してくれた。
己の役割を受け入れていたからこそ、ハビエルの婚約者として、国の為に尽くしてきたつもりだったが、まさかのまさか。
ハビエルの方から婚約を破棄されてしまった。
しかし正直言って傲慢な王太子の婚約者などこちらから願い下げである。
こうして万年働きっぱなしのロゼッタには貴族の感覚は一生かかっても理解できそうになかった。
(勝手にどうぞ……はぁ、眠い)
今日も朝まで徹夜で結界を張る為と、国王の病を止める為に祈りを捧げていたのに突然、呼び出されたと思いきや、こうして婚約破棄を告げられる始末である。
ハビエルの隣で嬉しそうにしている王妃は、いつものようにロゼッタを見下している。
前王妃を蹴落として、その子供すら殺めたどころか王妃まで殺害したと黒い噂の絶えない現王妃は、人のいい国王の懐にうまく潜り込んいった。
国王の病が酷くなり寝たきりになってからは、更に酷くなり、我が物顔で国のことに口を出している。
ハビエルを溺愛している王妃は、昔からロゼッタを毛嫌いしていた。
『……汚らしい』
『可愛いハビエルの婚約者には相応しくない』
『何が大聖女よ……下らない』
毎日毎日、吐きかけられる暴言は幼心に傷を残したが、今ではそんな感覚も麻痺してしまった。
こちらは教会に引き取られた時からずっと働きっぱなしで国を守るために駆け回っていたのにも関わらず、今では豪華なパーティーが夜通し開かれているようだった。
国王が病に臥せているというのに不謹慎だとは思わないのだろうかとロゼッタは思っていた。
容赦なく襲ってくる眠気、視界も歪んでいてフラフラと足元が覚束ない。
国王陛下の症状が少しでも食い止めるためにと祈り続けていたため、お腹も空いているし、髪も肌も服もボロボロで隈もすごいことだろう。
豪華なドレスを着て綺麗に着飾っている皆に比べれば悪目立ちしているかもしれないと思いつつ、うつらうつらしていた。
それでも国王だけは救おうと再び教会に戻ろうとするロゼッタに告げられたのは信じられない言葉だった。
「それから貴様を国外に追放する」
「え……?」
「我々を騙し、傷付けた罪を償うのだ……!」
ロゼッタは耳を疑った。
今、ロゼッタに向かって『国外追放』と言われなかっただろうか。
流石に驚いてポカンとしていると、後ろから大声で叫ぶ声が聞こえた。
教会に結界を管理している司祭と、国王の側近達だった。
「ハビエル殿下ッ!そんな勝手は許されませんぞ!それにこんな時にパーティーなど開いている場合ではありません」
「チッ……」
「国王陛下の容態がやっと安定してきたのです!今、ロゼッタ様がいなくなってしまえば国王陛下は……っ!」
「ふん、その偽物の聖女が父上を病にしたのではないのか!?」
「なっ……!ありえません!聖女にそのような力があるはずありませんから」
「ロゼッタ様は十年以上も国のために尽くしていたのですよ!?それに聖獣ユニ様がお側に居ることが何よりの証です!」
「黙れッ!父が病に伏せた今、オレがこの国のトップだ」
「なりませんぞ!陛下を見殺しにするおつもりですか!?」
「ふんっ……これ以上、口を出すようならば首を斬るぞ?」
「ハビエルの言う通りだわ。死にたいのかしら」
「なんですと!?」
「な、なんと……」
ハビエルは国王の椅子に座り踏ん反り返っている。
その後ろには真っ赤に唇を歪めた王妃が高笑いしている。
もう自分が『国王』だと言わんばかりの態度だ。
背後にいるのは王妃と今の国王のやり方や教会に不満を持っていると噂の貴族達が揃いも揃ってニヤニヤとしながら此方を見ている。
世代交代を狙い、ハビエルを傀儡として自分達の地位の確立するつもりなのだろう。
そしてハビエルは上手い具合に絆されて、煽てられてこうしているのだろうと安易に想像できた。
そこには、先程婚約すると言ったペイシャンスの父であるフィール公爵の姿があった。
「お前は元子爵の娘で教会に引き取られたほぼ平民のような女だ……父をたぶらかして〝大聖女〟という称号を我が物顔で使い、俺の婚約者に居座り続けた……!大した仕事もしていなくせにな」
「あの、お言葉ですが私は引き取られてから仕事しかしておりませんけど」
「偽物の分際で、父上を騙した罪を償うのだ」
残念ながらロゼッタの声は全く届かないのか完全無視である。
何を吹き込まれたかは知らないが、どうやら十年以上大聖女として国を守り、それを側で見ていたのにも関わらず『偽物』になってしまったようだ。
しかも風邪を引いたり、怪我をする度に「今直ぐに力を使え」と煩かったくせに随分と都合のいい脳である。
しかし国王を慕っている側近達は、反対するように声を上げる。
「ですが国王陛下を……!」
「黙れ……!ペイシャンスこそ、大聖女として相応しいと言っているんだッ!父のことはペイシャンスが引き継ぐから何も問題はない」
「ウフフ、そうですわ!わたくしならば国王陛下を直ぐに治して差し上げますわ」
「ペイシャンスもそう言っている。お前は用済みなんだよ」
吐き捨てるように言ったハビエルに同意するようにペイシャンスは頷いた。
そしてこちらを指差しながら、まるで汚いものを見るように呟いた。
「それに……こんなボロ雑巾のような女が大聖女なんて信じられないでしょう?」
「あぁ、その通りだ。美しい君こそ大聖女の称号に相応しい」
「ハビエル殿下に選んでいただけるなんて光栄ですわ!どう見たって大聖女様は……ねぇ?」
クスクスと笑う声が周囲から聞こえた。
それと此方を馬鹿にするような言葉が四方八方から聞こえてくる。
「汚いわ……あんなのが大聖女なんてタリスリ王国の恥よ」
「美しいペイシャンス様こそ大聖女に相応しいのよ!」
「あの姿、ありえない……!国の恥だ」
これが十年以上国を守ってきた自分に対する扱いなのかと思うと腹立たしいことこの上ない。
あまりの疲労感と眠気にロゼッタは反論する気も起きなかったが、今まで溜め込んでいた憎しみや怒りは腹の奥でぐらぐらと煮えている。
(もう、自分の不幸を嘆くのも疲れてしまった)
屈辱に慣れて、涙も枯れ果てた。
急に何もかもが虚しくなってしまい、ロゼッタは顔を伏せた。
どうせ出ていくのなら、言いたいことを言ってやろうと思ったが、自分で声を出す前にロゼッタを擁護する声も上がった。
あとは見て見ぬ振りと言ったところか。
しかし、この場所でハビエルに歯向かえるものなどいないなが現実だ。
多勢に無勢……この空気では同調するものもいなかった。
「そして一番の罪は本物の大聖女である公爵令嬢、ペイシャンス・フィールを脅し、文句を言い、その座を奪い続けて虐げたことだ」
「…………何をおっしゃっているのかわかりかねますわ」
「知らないフリをしても無駄だぞ?複数の目撃証言がある……。それにペイシャンスは勇気を出して俺に助けを求めてくれたんだ」
「はい、ハビエル殿下……!その通りですわ。ハビエル殿下がわたくしを地獄から救い出して下さったのです」
「はは……!そうだろう?」
ピタリとハビエルに寄り添うようにして豊満な胸を擦り寄せるペイシャンスに鼻の下を伸ばしている。
そしてペイシャンスが言っている複数の目撃証言も作り上げたものだろう。
実際に「汚い」「相応しくない」「お前なんて国に必要ない」と脅され、文句を言われ続けてきたのはこちらの方である。
やはり出生もさることながら、ロゼッタが自分より上にいるのが気に入らないのだろう。
ロゼッタは孤児院で育った。
それでも赤ん坊の頃だから何も覚えていないが。
しかし孤児院が火事になった際にロゼッタだけは生き残った。
ロゼッタには聖獣がついていたため、何もかもが焼け果てた後でも無傷で泣いていたのだそうだ。
聖獣がつくのは大聖女の証だと昔から言われるらしく、ロゼッタは大聖女の素質があるからと城の隣にある一番大きな教会に引き取られた。
ロゼッタはそこで伝説級の記録を次々と打ち立てていく。
史上最年少で聖女になり、史上最年少で大聖女になり、通年ならば大聖女の仕事はハード過ぎて数年持てばいい方だと言われているにも関わらず、今も十年以上も続けていた。
ロゼッタが大聖女になって結界から魔獣の侵入は一度もなく、それは異例の事態だった。
しかしすっかり危機感は薄れて平和ボケしてしまった国と腐敗した国の内部。
でなければ、国を守るロゼッタを追い出そうなどという言葉が出てくるはずもない。
国王が病に伏せた今、チャンスだと思ったのだろう。
それに治されては困るのだ。
国王を支持する穏健派は現状維持、公爵を支持する過激派は虎視眈々と支配する機会を狙ってきた。
「その通りですわ……!ハビエル殿下のお陰でわたくしは、あの意地悪な大聖女にずっとずっと虐げられていたところを救われたのです」
「…………」
「当然だ……!俺はもうこの小汚い女に頼ったりしない!よって処刑すると言いたいところではあるが、仕方なく国外へ追放という温情をかけているのだ」
「……はぁ」
「くそっ!俺を馬鹿にすると痛い目にあうぞ」
「そうですか」
「そうだ!今すぐにロゼッタを〝ヘルブ帝国〟へと追放するっ」
「───ヘルブ、帝国!?」
「なりませんぞ!ハビエル殿下……!ヘルブ帝国は極悪非道の国!あんな血生臭い国など他国の人間が生きられる場所ではありませんっ」
「これだけ言っても、まだ分からないのか?はぁ……煩いアイツらをここから追い出してくれ」
「………っ」
「俺の命令が聞けないのか?お前もヘルブ帝国に送ってやる。噂によれば領地に少し立ち入っただけで首を斬られるそうだからな」
ハビエルの脅すような声に、騎士は唇を噛んで俯いた後に国王の側近達を無理矢理、外に出すように連れて行く。
「十年以上、国を守り続けた聖女など他におりません!」
「国が滅んでしまいます」
「後悔しますよッ」
「ハビエル殿下、目を覚まして下さいっ」
そう言って必死に訴えかける言葉を無視したハビエルは鼻で鼻で笑いながら、その背中を見送った。
「愛想も可愛げもない力もない……何故、父上の側近達はこんな奴を庇うのか」
「きっと偽物の聖女と聖獣に洗脳されているのですわ!」
「あぁ、そうかもしれないな」
「目が腐っているのよ。ハビエル殿下こそ王に相応しいというのに」
「さすがペイシャンス、そこの愛想なしとは違って君は本当に素晴らしい女性だ!」
『愛想なし』と、ロゼッタはハビエルにそう言われ続けていた。
ロゼッタの感情は全て抜け落ちてしまったように何もない。
喜びも、怒りも、哀しさも、楽しさも何もない『無』だった。
感受性を殺さなければ、気が狂ってしまうからだろう。
聖女タリスリアは女王となり国を収めて、その血筋は貴族達の中にも受け継がれた。
しかし次第に内部は腐敗していき、最近では貴族の令嬢達で構成されている聖女で、中には金でその地位を買う人も居るそうだ。
それだけ聖女という称号が結婚に有利になるという理由だけで、だ。
祭司達はいつもそれを嘆いていた。
実際、内部は腐っており信仰心を持って国を守ろうとしている聖女など、どこにもいなかった。
少し聖女として働くだけでいい場所に嫁げるのだ。
しかし実際はこの過酷な環境に悲鳴を上げて、聖女の称号を自ら捨ててしまう令嬢達も多い。
そもそも蝶よ花よと育てられた令嬢達に一晩中祈ることも、結界を張るために毎日力を使うことなどできる訳もない。
聖女とは名ばかりで実際は朝から晩まで働き続けなければならず拘束時間も長い。
過酷な労働も国のためだとといって無償で行うのだから。
そんな貴族の令嬢達に祭司達は無理に指図することはできなかった。
面倒になることがわかっていたからだ。
「お父様に言いつけるわよ?」
貴族達の権力が大きくなった今では、それで黙るしかなくなってしまうのだ。
中には信仰心を持ち、教会に尽くす人間もいたがごく少数だった。
彼女達が欲しいのは『聖女』としての称号だけで、国のために働く気も力を使う気も全くないのだから。
ロゼッタが現れる前、聖女を好むはずの聖獣も全く現れなくなったために衰退の一途を辿っていたタリスリア王国。
治癒の力も落ち、結界もなくなり、いよいよ本格的にやばいという時に現れたのがロゼッタだったのだ。
すぐに大聖女の称号を与えられて、祭司達に唆されるまま力を使っていた。
両親もおらず、後ろ盾もなく、都合のいい存在で、尚且つ一人で十分な程に力を持っていたからか、祭司達も他の聖女に無理強いをしなかった。
ただ一人の少女を囲っておけば国も安泰という訳だ。
そんな環境で育ったにも関わらず、何故悪い方向に洗脳されなかったのか。
それは間違いなく聖獣であるユニがいてくれたからだろう。
いつも小型犬並みに小さく姿を変えて片時も側を離れないユニは自分の半身のようだった。
ロゼッタにしか聞こえないユニの声は大きな助けとなった。
『アイツらを信じ過ぎるなよ、ロゼッタ』
「……うん、分かっているよ。ユニ」
『オレだけは、ロゼッタを守ってみせる』
「ありがとう」
わからないことはユニに聞くと何でも答えてくれた。
だからどれが嘘なのか、正しいことなのかいけないことなのか……。
外の世界に出して貰えず、自由な時間も殆どなかったロゼッタにとってユニは唯一の救いで信頼できる人物だった。
『ここから逃げ出そう、ロゼッタ……』
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、ユニ」
『だか、こんな奴らのためにロゼッタが尽くすことはない!ロゼッタはもっと幸せになるべきなんだッ』
「でもね、私に感謝してくれる人もたくさんいるんだよ?街の人ふいつも私に美味しいものをくれたり感謝してくれるんだ。そんな人達を守るために私は頑張るの」
『ロゼッタ……』
「ごめんね、ユニ……」
『辛いことがあっても俺がいるからな!』
「うん!ユニが側にいてくれるなら、私は大丈夫」
『ま、まぁな!だが、国王と教会の奴等に抗議してくる!』
「あっ、待って……!」
ユニがいたお陰で教会の祭司達や国王とその周辺は、ロゼッタをずっと大切にしてきたが、それを見て面白くないのは周囲にいる貴族達だ。
自分よりも身分の低いロゼッタに頭を下げることは己のプライドが許さないのだろう。
「直ぐに駄目になる」
そんな予想とは裏腹にユニの支えやサポートがあってか、普通ならば数年どころか数日も保たない激務をは物心ついた頃から十年以上ずっと勤め上げていた。
メンタルも強くなり体力もついて、ユニが隠れて持ってきてくれる本のお陰で知識もたっぷりとついた。
誰が仕事をしているのか、聖獣がどれだけ大切なのか国を守っているのか理解している一部の人達は良くしてくれたが、こんな少女が一人でできる仕事を何故敬うのかと聖女の力を軽視する貴族も増えてきた。
それはロゼッタが普通ならば聖女何十人か分の仕事を一人で十年以上引き受けていたことと、ロゼッタの強すぎる力が原因だった。
それが続いたせいか、聖女達は己の力を高めることなくだらけきっていた。
それはロゼッタの超特別な聖女の力と超特別な聖獣ユニのお陰であったのだが、両親が亡くなり尚且つ子爵家の出身の聖女が『大聖女』という称号を持っていることが気に入らない令嬢達がロゼッタを攻撃してくるようになった。
仕事は大変だったが温かい食事もふかふかなベッドも用意されていたからだ。
だが、その食事も祭司の中でもかなり信仰心の強い人達のせいで、肉などを食べることは禁止されていたのは不満だったがお腹を鳴らしていると、毎日どんなに忙しくともロゼッタの様子を見に来ていた国王が食べてはいけないと禁止されているものを、こっそりと食べさせてくれた。
今は亡き王妃も大聖女だったらしいが、食べ物は聖女の力とは関係なく、むしろ体力勝負なところもあるため、できればしっかりと食べた方がいいと教えてくれた。
公務や雑務などで多忙ななか、なんとか時間を作ってこちらを気に掛けてくれた。
頭を撫でる手が本当に優しくて「辛いことがあったらすぐに言いなさい」と言って父親のように接してくれる国王が大好きだった。
その反面、次期国王として厳しく育てられたハビエルからは嫉妬もあったのかロゼッタに辛く当たったのかもしれない。
そして聖女として働き十歳の頃、この国である王太子であるハビエルとの婚約を提案された。
いつもこちらを馬鹿にしたように見るハビエルが大嫌いだったので、もちろん断った。
ユニも嫌がっていたが、とりあえず形だけでということで納得した。
国王も「ハビエルがこのまま変わらなければロゼッタに選択権を預けるので断っていい」と言われて、国王の側近達しか知らなかったが、ロゼッタは仮の婚約者だったのだ。
しかしロゼッタのお陰か、ハビエルの婚約者になった途端、民からの王家の支持は爆上がりしたようだ。
国王はハビエルを変えようと必死で頑張っており、徐々に変わりつつあった彼はこの国でも美人で社交界の華であるペイシャンスのハニートラップか、誘惑に見事に引っ掛かりこのような惨状を招いたようだった。
(期待しただけ無駄だったかな……)
そんな時、ユニが肩に乗って低い声で呟いた。
『そろそろあのバカ王子と偉そうでムカつく女の顔、ぐちゃぐちゃに踏み潰して角で突いてやろうか?そしたら馬鹿もマシになるだろう』
「ダメだよ、ユニ」
『それよりもあの女、聖女としての力もなく、聖獣も居ないのによく大聖女を名乗れるよな』
「確かに……」
ペイシャンスが聖獣と契約したとはユニは言っていなかったし、もし近くに聖獣がいたら気づくはずだ。
「はぁ……またその得体の知れない生き物と会話しているのか。人形遊びなら家でやれ」
「…………」
聖獣に向かって得体の知れない生き物と言い放ったハビエルに、流石に周囲も凍りついていた。
ユニはハビエルが大嫌いが故、一度も体を触らせたことがないのも勿論、常にないいものとして接している。
ユニと話しているとペイシャンスは一瞬だけであるが顔を歪めた。
その後に直ぐに余裕たっぷりの笑顔を浮かべて口を開いた。
「ウフフ、わたくしにも勿論、聖獣がいますのよ?」
「……!」
「アレを持ってきて頂戴」
そして目の前に持ってきた籠を見てユニと共に愕然とした。
「なんてひどいことを……!」
「あら、わたくしが羨ましいからといって妬まないでね?」
妬むも何も聖獣を籠の中に閉じ込めていることに大きなショックを受けていた。
尾が綺麗な鳥が閉じ込められている。
力の弱い聖獣ではあるが、恐らく無理矢理捉えたのだろう。
「契約は……したのですか?していませんよね?」
「負け惜しみはやめて頂戴」
「今すぐにその子を解放して下さいっ!」
「うるさいわ……!わたくしに指図しないで。もうこの子を追い出した方がいいんじゃないかしら?」
ペイシャンスはロゼッタが余計なことを言う前に会話を遮ろうと必死のようだ。
そんな時、ユニが必死にロゼッタにアピールしている。
『あの女……契約してないよ』
「やっぱり」
『…………アイツら最悪だよ。あんな風に聖獣を捕えるなんて』
聖獣は聖なる森に住んでいて、踏み入れることは禁忌とされている。
聖獣は契約したい人間がいると森から出て、互いに望むなら契約を行うそうだ。
ユニは怒りを滲ませたのが分かったのか、逃げるように籠を持って去っていく人を追い掛けようとするが、目の前に騎士が立ち塞がる。
「これでペイシャンスが大聖女としての証明となった。そして最近は魔獣の出没も増えている。ついにロゼッタの力も寿命なのだ」
「それは……」
今回、国王の病気を抑える為に力を使っていたが、結界を張るためと両方の力を使うのは流石のロゼッタにも不可能だった。
そもそも普通は数十人の聖女が力を合わせて行う作業を一人でやっていた上に、治癒の祈りを捧げて国王の元に通ってと手が回らなかったのだ。
柱ともいえる王城にある為の教会に三日。
街の端にある四つの教会を一日ずつ巡って祈りを捧げて結界を強化する。
そんな日を大聖女としてずっと続けていた。
国王の治療のために街の教会に行けずに結界の力は弱まっていたが、治療を優先するように言われたのだ。
他の聖女達に街の教会で祈りを捧げてくれるように祭司達が頼んだのだが「どうしてわたくしが?」「街に降りるなんて嫌」と断られたために街の結界が緩んだのだろう。
あとは祭司達に頼んだのだが、どうやら聖女達は誰も教会で祈りを捧げてはくれなかったようだ。
『バカには言っても無駄だよ』
「ユニ……でもこのままにしておけない」
「いつもいつも俺の話を遮りやがって……!皆、分かっただろう?役立たずのロゼッタを追い出すことに賛成の者は拍手をしてくれ」
盛大な拍手が辺りから煩い程に響いていた。
そして此処から出て行けとばかりに扉までの道が開かれる。
どうやら満場一致という形でロゼッタは追い出されることとなるようだ。
「さぁ、この国から出て行け!皆を偽り続けた偽物の聖女めっ」
「それは構いませんが、この国は大丈夫ですか?引き継ぎもしてませんし、皆様やり方を……」
「大丈夫に決まっている!お前が居なくとも新たな大聖女となるペイシャンスと、その周囲には優秀な聖女はいくらでもいるからな」
「へぇ……それは初耳ですわ」
同じ聖女ならばわかるが、ペイシャンスの聖女としての力は弱い。
金で聖女の名前を買った典型的な例と言ってもいいだろう。
そしてそのペイシャンスの家柄に惹かれて取り巻きともいえる聖女達も似たり寄ったりだ。
祭司達は己の仕事をサボってだらけきっている。
そしてハビエルとロゼッタを結婚させて安寧を得るつもりだったのだが、それももう無理だろう。
先程祭司達はこの地位にしがみつこうと必死にロゼッタを守ろうとしていたが、会場から全員追い出されてしまったようだ。
誰もロゼッタを国に留めようとする者はいなくなった。
パートナーの聖獣ユニと共に、何十年も国を守っていたロゼッタに訪れたのは『終わり』の予兆。
それでも黙って成り行きを見つめていたのは、この展開に期待感があったからだ。
「……そんな余裕な顔をしていられるのは今のうちだけだぞ?今から向かうのは地味で愛想のないお前にピッタリの場所だ」
「…………」
「死の森へと送ってやれ」
「ふふっ……でも可哀想ね?ロゼッタ様、死んじゃいますよ」
「あぁ、ペイシャンスは優しいな。だがこの女にはあの場所が相応しいのだ」
「あはは、確かに!ハビエル殿下の言う通りですわね」
ペイシャンスとハビエル、そして甘い蜜を啜っていた聖女達はロゼッタを見下しながら笑っている。
クスクスと嘲笑うような声。
馬鹿にするように吐き出される暴言。
それを聞き流しながら、隣にいるユニに小声で話しかける。
「ユニ、私がこの国から出されたら、あの可哀想な聖獣を解放してあげて」
『……!』
「お願い」
『オレはロゼッタから離れたくない……ッ!それに死の森に投げ込まれるって時に、何言ってるんだよ!』
「あの子はまだ子供でしょう?ここににいてカゴに閉じ込められてアイツらに利用されるなんて絶対にダメだよ。聖なる森に返してあげなくちゃ」
『だが、ロゼッタが……!』
「お願い、ユニ……!後で死の森の外で必ず合流しよう?それにね、なんだか追放って言葉にとても良い予感がするの」
これが正しい選択なのか、否か……何となくではあるが、理解することが出来るのだ。
(新しい道が開ける……そんな気がする)
ロゼッタはユニに向かって微笑んだ。
『…………!分かった』
「あとこれをあの人に渡して」
ポケットに入っていたくしゃくしゃの紙に手に取った。
それをユニに預けた後に耳打ちする。
「それからこの人達がパーティーをしている間に街の人たちに危険を知らせて。逃げられるように祭司長に教会に伝達するように……」
『ああ、わかった』
「祭司長ならユニの声が届くと思う」
『オレが戻るまで気をつけるんだぞ』
「うん。ユニ、ありがとう」
そう言ってユニはロゼッタの方を心配そうに姿を消した。
「ほら見ろ!唯一の味方である聖獣もどきにも見捨てられたではないか……!ロゼッタはやはり偽物なのだ」
「ウフフ、惨めね……あのロゼッタに付き従っていた聖獣もどきはわたくしが引き取って可愛がってあげますから安心してね」
「…………」
それを見て嬉しそうにしているハビエルとペイシャンスはユニに見捨てられたと勘違いして腹を抱えて笑っている。
「こちらへ」と呼ばれて今にも泣き出しそうな騎士の後に続く。
会場には笑い声が響いている。
しかしロゼッタにはそれが可哀想で仕方がなかった。
後悔はすぐに訪れることはわかっていたからだ。
一人の力ある聖女が今日、タリスリア王国から消える。
そしてこの選択をきっかけに、此処にいる人々は転げ落ちるように落ちていく。
皆、大切なことを忘れていたのだ。
この国は、どれだけロゼッタの力に支えられていたのかを。
そしてハビエルの息が掛かった騎士達に引き摺られるようにして連れられるがまま王家の馬車に乗り込んだ。
後ろからは「絶対に死の森へと投げ込め!いいな」と念を押すようなハビエルの声が聞こえた。
恐らく奴隷や隣国などに売るなということだろう。
「あの、すみません」
「なんだ?絶対に逃さないぞ」
「それは構いませんが、眠いので着いたら起こして下さい」
先程から眠くて堪らなかった。
しかし人前では聖女として振る舞わなければならない為、一応気を張っていたのだ。
「はっ……呑気な聖女様だぜ」
「今から死ぬっていうのにな」
「死の森に踏み入れて、帰ってきた者は居ない……」
「ぐぅ……」
「うわっ、本当に寝やがった」
「本当に偽物の聖女なんだな……」
そんな言葉を聞きながら数秒で眠りについた。
今から追放される場所はタリスリア王国の領土の三分の一もある『死の森』と呼ばれる場所だった。
その森は年々広がりを見せていた。
まるで助けを求めるように……。
森をどうにかしなければと何度か森の調査をしようと調査隊を送ったらしいが、誰一人生きて帰ってはこれなかった。
これ以上、被害を出さない為に国王は調査を中断して、森に手を出すなと命令を出したが、いつ自分の領土が飲み込まれるのかと気が気でない貴族達は、国がどうにかしろと抗議していたのを聞いた事がある。
実際、何人もの貴族達がその森を燃やそうとしたり木を切ろうとするものの、その罰とでもいうように木が倒れて命を失ったり、大怪我を負ったりと散々だった。
その森からは魔獣が溢れているようだといった。
一番の問題は結界を関係なく押し進んでいるという事だった。
魔獣は現れないものの、真っ黒で不気味な森だけは侵食していた。
森は徐々に徐々に、王都へと手を伸ばすように広がっていた。
しかしどうも森のことが気になり、国王に何度か打診をしてみても「ロゼッタを失ったら、我が国は終わってしまう」と許可が出なかったのだ。
国王は他の聖女達が力がないのを知っていた。
ロゼッタが仕事を一手に引き受けていたことも確かに要因の一つになってしまったが、聖女とは名ばかりの彼女達には信仰心もなければ力も殆どない。
それでも体裁を保つ為には致し方ないのだと語った。
「すまない……ロゼッタ」
それには色々な意味が込められていた気がした。
「起きろ!おいっ、偽物……!起きろッ」
「ん……?」
「着いたぞ」
「っ、早く降りろ」
「何だこの不気味な場所は!クソッ、行くぞ……!」
馬車から放り投げられるように降ろされて、目を擦っていた。
もう少し横になりたい気分だったが欠伸をして目の前にある死の森を見上げていた。
不思議と嫌な感じはしなかった。
ーーーー早く来い
誰か助けてーーー
「え……?」
誰かに呼ばれた気がして後ろを振り返ると、先程の騎士達はもう居なくなっていた。
ユニが帰ってきてくれたのかとも思ったが、それも違うようだ。
(…………気のせい?)
此処にいても仕方ないと足を一歩踏み入れると、ヘドロのような土にピタリと足を止めた。
中に進んで行くと酷い匂いに顔を顰めた。
右を見れば怪しい雰囲気の木が生い茂り、左を見ればネチョネチョとした液体が上から垂れてくる。
森の奥はモヤモヤとした霧があり怪しい雰囲気の中、ロゼッタは足を進めていった。
第一話 end
聖女の力によって、守られている国があった。
魔獣に襲われないように結界を張ることで、安寧の地を築き上げて血を見ることもなく平和な国を築き上げたのだ。
はじまりの聖女……後に大聖女と呼ばれたのは一人の少女だった。
タリスリア王国を救い、不思議な力で国の人々を救いつづけたそうだ。
そこから脈々と聖女の力はは受け継がれていた。
彼女の隣には金色に輝く聖なる獅子がいたそうだ。
そして聖女達の中でも群を抜いて力を持つ者に与えられる特別な肩書きがあった。
タリスリアと同じ『大聖女』と呼ばれて、皆に慕われ敬われていた。
しかし時が経つにつれて、聖女達の力は年々薄れていき、魔獣の侵入を許してしまい民は疲弊していた。
皆は魔物の恐怖に怯えていた。
長年、聖女の力によって守られていた国では他国とは違い、魔物に対抗する術を持たなかった。
国王は国の未来を憂いていた。
しかし、そんな時に現れた一人の幼い少女が全ての問題を解決してくれた。
国王はその少女と王子を結婚させて、再び国に聖女の力を行き渡らせようとする為に、その少女が七歳の時に『大聖女』という称号を与え、王太子の婚約者になるように頼んだ。
その聖女の名は───。
「ロゼッタ・レドウィル、貴様との不当な婚約を破棄する」
「…………」
「そして、新たな婚約者として、本物の大聖女であるペイシャンス・フィールを迎え入れることとする!」
「…………」
「おい……!聞いているのか、ロゼッタ」
「あっ…………ごめんなさい。もう一度いいですか?」
この国の王太子であるハビエル・ゴレフ・タリスリアが何かを大声で言っていたような気がしたが、欠伸をするのを我慢して聞いていなかった。
今日も完徹である。
「ゴホンッ……いいか、ロゼッタ!貴様との婚約を破棄すると言ったんだ」
「はい、わかりました」
「は…………?」
「謹んでお受けいたします。どうぞお二人でお幸せに」
「……ッ」
「婚約を破棄してくれ」そう言われたら答えは「イエス」以外ありえない。
悔しそうに唇を噛みながら顔を真っ赤にしているハビエルと、予想とは違う展開に静まり返る周囲の人々。
申し訳ないがハビエルに今まで婚約者として扱われたこともなく、ロゼッタ自身も婚約者だと思ったことは一度もない。
ただ、黙って言うことを聞いていたので『ロゼッタはハビエル殿下を愛している』と、不名誉な噂だけは否定したかった。
名ばかりの婚約者であるロゼッタには、ハビエルに対する愛情も執着もなかった。
国王の願いによって強制的に結ばれた婚約。
後ろ盾もなく、両親もおらず、幼かったロゼッタには拒否権など最初からなかっただけだ。
国王は考えなしにこの婚約を決めた訳ではない。
ロゼッタの持つ『聖女の力』を大きく買っていて、再びこの国を魔獣から守るためには必要だった。
国王だけは、幼いロゼッタにもそのことをキチンと説明してくれた。
己の役割を受け入れていたからこそ、ハビエルの婚約者として、国の為に尽くしてきたつもりだったが、まさかのまさか。
ハビエルの方から婚約を破棄されてしまった。
しかし正直言って傲慢な王太子の婚約者などこちらから願い下げである。
こうして万年働きっぱなしのロゼッタには貴族の感覚は一生かかっても理解できそうになかった。
(勝手にどうぞ……はぁ、眠い)
今日も朝まで徹夜で結界を張る為と、国王の病を止める為に祈りを捧げていたのに突然、呼び出されたと思いきや、こうして婚約破棄を告げられる始末である。
ハビエルの隣で嬉しそうにしている王妃は、いつものようにロゼッタを見下している。
前王妃を蹴落として、その子供すら殺めたどころか王妃まで殺害したと黒い噂の絶えない現王妃は、人のいい国王の懐にうまく潜り込んいった。
国王の病が酷くなり寝たきりになってからは、更に酷くなり、我が物顔で国のことに口を出している。
ハビエルを溺愛している王妃は、昔からロゼッタを毛嫌いしていた。
『……汚らしい』
『可愛いハビエルの婚約者には相応しくない』
『何が大聖女よ……下らない』
毎日毎日、吐きかけられる暴言は幼心に傷を残したが、今ではそんな感覚も麻痺してしまった。
こちらは教会に引き取られた時からずっと働きっぱなしで国を守るために駆け回っていたのにも関わらず、今では豪華なパーティーが夜通し開かれているようだった。
国王が病に臥せているというのに不謹慎だとは思わないのだろうかとロゼッタは思っていた。
容赦なく襲ってくる眠気、視界も歪んでいてフラフラと足元が覚束ない。
国王陛下の症状が少しでも食い止めるためにと祈り続けていたため、お腹も空いているし、髪も肌も服もボロボロで隈もすごいことだろう。
豪華なドレスを着て綺麗に着飾っている皆に比べれば悪目立ちしているかもしれないと思いつつ、うつらうつらしていた。
それでも国王だけは救おうと再び教会に戻ろうとするロゼッタに告げられたのは信じられない言葉だった。
「それから貴様を国外に追放する」
「え……?」
「我々を騙し、傷付けた罪を償うのだ……!」
ロゼッタは耳を疑った。
今、ロゼッタに向かって『国外追放』と言われなかっただろうか。
流石に驚いてポカンとしていると、後ろから大声で叫ぶ声が聞こえた。
教会に結界を管理している司祭と、国王の側近達だった。
「ハビエル殿下ッ!そんな勝手は許されませんぞ!それにこんな時にパーティーなど開いている場合ではありません」
「チッ……」
「国王陛下の容態がやっと安定してきたのです!今、ロゼッタ様がいなくなってしまえば国王陛下は……っ!」
「ふん、その偽物の聖女が父上を病にしたのではないのか!?」
「なっ……!ありえません!聖女にそのような力があるはずありませんから」
「ロゼッタ様は十年以上も国のために尽くしていたのですよ!?それに聖獣ユニ様がお側に居ることが何よりの証です!」
「黙れッ!父が病に伏せた今、オレがこの国のトップだ」
「なりませんぞ!陛下を見殺しにするおつもりですか!?」
「ふんっ……これ以上、口を出すようならば首を斬るぞ?」
「ハビエルの言う通りだわ。死にたいのかしら」
「なんですと!?」
「な、なんと……」
ハビエルは国王の椅子に座り踏ん反り返っている。
その後ろには真っ赤に唇を歪めた王妃が高笑いしている。
もう自分が『国王』だと言わんばかりの態度だ。
背後にいるのは王妃と今の国王のやり方や教会に不満を持っていると噂の貴族達が揃いも揃ってニヤニヤとしながら此方を見ている。
世代交代を狙い、ハビエルを傀儡として自分達の地位の確立するつもりなのだろう。
そしてハビエルは上手い具合に絆されて、煽てられてこうしているのだろうと安易に想像できた。
そこには、先程婚約すると言ったペイシャンスの父であるフィール公爵の姿があった。
「お前は元子爵の娘で教会に引き取られたほぼ平民のような女だ……父をたぶらかして〝大聖女〟という称号を我が物顔で使い、俺の婚約者に居座り続けた……!大した仕事もしていなくせにな」
「あの、お言葉ですが私は引き取られてから仕事しかしておりませんけど」
「偽物の分際で、父上を騙した罪を償うのだ」
残念ながらロゼッタの声は全く届かないのか完全無視である。
何を吹き込まれたかは知らないが、どうやら十年以上大聖女として国を守り、それを側で見ていたのにも関わらず『偽物』になってしまったようだ。
しかも風邪を引いたり、怪我をする度に「今直ぐに力を使え」と煩かったくせに随分と都合のいい脳である。
しかし国王を慕っている側近達は、反対するように声を上げる。
「ですが国王陛下を……!」
「黙れ……!ペイシャンスこそ、大聖女として相応しいと言っているんだッ!父のことはペイシャンスが引き継ぐから何も問題はない」
「ウフフ、そうですわ!わたくしならば国王陛下を直ぐに治して差し上げますわ」
「ペイシャンスもそう言っている。お前は用済みなんだよ」
吐き捨てるように言ったハビエルに同意するようにペイシャンスは頷いた。
そしてこちらを指差しながら、まるで汚いものを見るように呟いた。
「それに……こんなボロ雑巾のような女が大聖女なんて信じられないでしょう?」
「あぁ、その通りだ。美しい君こそ大聖女の称号に相応しい」
「ハビエル殿下に選んでいただけるなんて光栄ですわ!どう見たって大聖女様は……ねぇ?」
クスクスと笑う声が周囲から聞こえた。
それと此方を馬鹿にするような言葉が四方八方から聞こえてくる。
「汚いわ……あんなのが大聖女なんてタリスリ王国の恥よ」
「美しいペイシャンス様こそ大聖女に相応しいのよ!」
「あの姿、ありえない……!国の恥だ」
これが十年以上国を守ってきた自分に対する扱いなのかと思うと腹立たしいことこの上ない。
あまりの疲労感と眠気にロゼッタは反論する気も起きなかったが、今まで溜め込んでいた憎しみや怒りは腹の奥でぐらぐらと煮えている。
(もう、自分の不幸を嘆くのも疲れてしまった)
屈辱に慣れて、涙も枯れ果てた。
急に何もかもが虚しくなってしまい、ロゼッタは顔を伏せた。
どうせ出ていくのなら、言いたいことを言ってやろうと思ったが、自分で声を出す前にロゼッタを擁護する声も上がった。
あとは見て見ぬ振りと言ったところか。
しかし、この場所でハビエルに歯向かえるものなどいないなが現実だ。
多勢に無勢……この空気では同調するものもいなかった。
「そして一番の罪は本物の大聖女である公爵令嬢、ペイシャンス・フィールを脅し、文句を言い、その座を奪い続けて虐げたことだ」
「…………何をおっしゃっているのかわかりかねますわ」
「知らないフリをしても無駄だぞ?複数の目撃証言がある……。それにペイシャンスは勇気を出して俺に助けを求めてくれたんだ」
「はい、ハビエル殿下……!その通りですわ。ハビエル殿下がわたくしを地獄から救い出して下さったのです」
「はは……!そうだろう?」
ピタリとハビエルに寄り添うようにして豊満な胸を擦り寄せるペイシャンスに鼻の下を伸ばしている。
そしてペイシャンスが言っている複数の目撃証言も作り上げたものだろう。
実際に「汚い」「相応しくない」「お前なんて国に必要ない」と脅され、文句を言われ続けてきたのはこちらの方である。
やはり出生もさることながら、ロゼッタが自分より上にいるのが気に入らないのだろう。
ロゼッタは孤児院で育った。
それでも赤ん坊の頃だから何も覚えていないが。
しかし孤児院が火事になった際にロゼッタだけは生き残った。
ロゼッタには聖獣がついていたため、何もかもが焼け果てた後でも無傷で泣いていたのだそうだ。
聖獣がつくのは大聖女の証だと昔から言われるらしく、ロゼッタは大聖女の素質があるからと城の隣にある一番大きな教会に引き取られた。
ロゼッタはそこで伝説級の記録を次々と打ち立てていく。
史上最年少で聖女になり、史上最年少で大聖女になり、通年ならば大聖女の仕事はハード過ぎて数年持てばいい方だと言われているにも関わらず、今も十年以上も続けていた。
ロゼッタが大聖女になって結界から魔獣の侵入は一度もなく、それは異例の事態だった。
しかしすっかり危機感は薄れて平和ボケしてしまった国と腐敗した国の内部。
でなければ、国を守るロゼッタを追い出そうなどという言葉が出てくるはずもない。
国王が病に伏せた今、チャンスだと思ったのだろう。
それに治されては困るのだ。
国王を支持する穏健派は現状維持、公爵を支持する過激派は虎視眈々と支配する機会を狙ってきた。
「その通りですわ……!ハビエル殿下のお陰でわたくしは、あの意地悪な大聖女にずっとずっと虐げられていたところを救われたのです」
「…………」
「当然だ……!俺はもうこの小汚い女に頼ったりしない!よって処刑すると言いたいところではあるが、仕方なく国外へ追放という温情をかけているのだ」
「……はぁ」
「くそっ!俺を馬鹿にすると痛い目にあうぞ」
「そうですか」
「そうだ!今すぐにロゼッタを〝ヘルブ帝国〟へと追放するっ」
「───ヘルブ、帝国!?」
「なりませんぞ!ハビエル殿下……!ヘルブ帝国は極悪非道の国!あんな血生臭い国など他国の人間が生きられる場所ではありませんっ」
「これだけ言っても、まだ分からないのか?はぁ……煩いアイツらをここから追い出してくれ」
「………っ」
「俺の命令が聞けないのか?お前もヘルブ帝国に送ってやる。噂によれば領地に少し立ち入っただけで首を斬られるそうだからな」
ハビエルの脅すような声に、騎士は唇を噛んで俯いた後に国王の側近達を無理矢理、外に出すように連れて行く。
「十年以上、国を守り続けた聖女など他におりません!」
「国が滅んでしまいます」
「後悔しますよッ」
「ハビエル殿下、目を覚まして下さいっ」
そう言って必死に訴えかける言葉を無視したハビエルは鼻で鼻で笑いながら、その背中を見送った。
「愛想も可愛げもない力もない……何故、父上の側近達はこんな奴を庇うのか」
「きっと偽物の聖女と聖獣に洗脳されているのですわ!」
「あぁ、そうかもしれないな」
「目が腐っているのよ。ハビエル殿下こそ王に相応しいというのに」
「さすがペイシャンス、そこの愛想なしとは違って君は本当に素晴らしい女性だ!」
『愛想なし』と、ロゼッタはハビエルにそう言われ続けていた。
ロゼッタの感情は全て抜け落ちてしまったように何もない。
喜びも、怒りも、哀しさも、楽しさも何もない『無』だった。
感受性を殺さなければ、気が狂ってしまうからだろう。
聖女タリスリアは女王となり国を収めて、その血筋は貴族達の中にも受け継がれた。
しかし次第に内部は腐敗していき、最近では貴族の令嬢達で構成されている聖女で、中には金でその地位を買う人も居るそうだ。
それだけ聖女という称号が結婚に有利になるという理由だけで、だ。
祭司達はいつもそれを嘆いていた。
実際、内部は腐っており信仰心を持って国を守ろうとしている聖女など、どこにもいなかった。
少し聖女として働くだけでいい場所に嫁げるのだ。
しかし実際はこの過酷な環境に悲鳴を上げて、聖女の称号を自ら捨ててしまう令嬢達も多い。
そもそも蝶よ花よと育てられた令嬢達に一晩中祈ることも、結界を張るために毎日力を使うことなどできる訳もない。
聖女とは名ばかりで実際は朝から晩まで働き続けなければならず拘束時間も長い。
過酷な労働も国のためだとといって無償で行うのだから。
そんな貴族の令嬢達に祭司達は無理に指図することはできなかった。
面倒になることがわかっていたからだ。
「お父様に言いつけるわよ?」
貴族達の権力が大きくなった今では、それで黙るしかなくなってしまうのだ。
中には信仰心を持ち、教会に尽くす人間もいたがごく少数だった。
彼女達が欲しいのは『聖女』としての称号だけで、国のために働く気も力を使う気も全くないのだから。
ロゼッタが現れる前、聖女を好むはずの聖獣も全く現れなくなったために衰退の一途を辿っていたタリスリア王国。
治癒の力も落ち、結界もなくなり、いよいよ本格的にやばいという時に現れたのがロゼッタだったのだ。
すぐに大聖女の称号を与えられて、祭司達に唆されるまま力を使っていた。
両親もおらず、後ろ盾もなく、都合のいい存在で、尚且つ一人で十分な程に力を持っていたからか、祭司達も他の聖女に無理強いをしなかった。
ただ一人の少女を囲っておけば国も安泰という訳だ。
そんな環境で育ったにも関わらず、何故悪い方向に洗脳されなかったのか。
それは間違いなく聖獣であるユニがいてくれたからだろう。
いつも小型犬並みに小さく姿を変えて片時も側を離れないユニは自分の半身のようだった。
ロゼッタにしか聞こえないユニの声は大きな助けとなった。
『アイツらを信じ過ぎるなよ、ロゼッタ』
「……うん、分かっているよ。ユニ」
『オレだけは、ロゼッタを守ってみせる』
「ありがとう」
わからないことはユニに聞くと何でも答えてくれた。
だからどれが嘘なのか、正しいことなのかいけないことなのか……。
外の世界に出して貰えず、自由な時間も殆どなかったロゼッタにとってユニは唯一の救いで信頼できる人物だった。
『ここから逃げ出そう、ロゼッタ……』
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、ユニ」
『だか、こんな奴らのためにロゼッタが尽くすことはない!ロゼッタはもっと幸せになるべきなんだッ』
「でもね、私に感謝してくれる人もたくさんいるんだよ?街の人ふいつも私に美味しいものをくれたり感謝してくれるんだ。そんな人達を守るために私は頑張るの」
『ロゼッタ……』
「ごめんね、ユニ……」
『辛いことがあっても俺がいるからな!』
「うん!ユニが側にいてくれるなら、私は大丈夫」
『ま、まぁな!だが、国王と教会の奴等に抗議してくる!』
「あっ、待って……!」
ユニがいたお陰で教会の祭司達や国王とその周辺は、ロゼッタをずっと大切にしてきたが、それを見て面白くないのは周囲にいる貴族達だ。
自分よりも身分の低いロゼッタに頭を下げることは己のプライドが許さないのだろう。
「直ぐに駄目になる」
そんな予想とは裏腹にユニの支えやサポートがあってか、普通ならば数年どころか数日も保たない激務をは物心ついた頃から十年以上ずっと勤め上げていた。
メンタルも強くなり体力もついて、ユニが隠れて持ってきてくれる本のお陰で知識もたっぷりとついた。
誰が仕事をしているのか、聖獣がどれだけ大切なのか国を守っているのか理解している一部の人達は良くしてくれたが、こんな少女が一人でできる仕事を何故敬うのかと聖女の力を軽視する貴族も増えてきた。
それはロゼッタが普通ならば聖女何十人か分の仕事を一人で十年以上引き受けていたことと、ロゼッタの強すぎる力が原因だった。
それが続いたせいか、聖女達は己の力を高めることなくだらけきっていた。
それはロゼッタの超特別な聖女の力と超特別な聖獣ユニのお陰であったのだが、両親が亡くなり尚且つ子爵家の出身の聖女が『大聖女』という称号を持っていることが気に入らない令嬢達がロゼッタを攻撃してくるようになった。
仕事は大変だったが温かい食事もふかふかなベッドも用意されていたからだ。
だが、その食事も祭司の中でもかなり信仰心の強い人達のせいで、肉などを食べることは禁止されていたのは不満だったがお腹を鳴らしていると、毎日どんなに忙しくともロゼッタの様子を見に来ていた国王が食べてはいけないと禁止されているものを、こっそりと食べさせてくれた。
今は亡き王妃も大聖女だったらしいが、食べ物は聖女の力とは関係なく、むしろ体力勝負なところもあるため、できればしっかりと食べた方がいいと教えてくれた。
公務や雑務などで多忙ななか、なんとか時間を作ってこちらを気に掛けてくれた。
頭を撫でる手が本当に優しくて「辛いことがあったらすぐに言いなさい」と言って父親のように接してくれる国王が大好きだった。
その反面、次期国王として厳しく育てられたハビエルからは嫉妬もあったのかロゼッタに辛く当たったのかもしれない。
そして聖女として働き十歳の頃、この国である王太子であるハビエルとの婚約を提案された。
いつもこちらを馬鹿にしたように見るハビエルが大嫌いだったので、もちろん断った。
ユニも嫌がっていたが、とりあえず形だけでということで納得した。
国王も「ハビエルがこのまま変わらなければロゼッタに選択権を預けるので断っていい」と言われて、国王の側近達しか知らなかったが、ロゼッタは仮の婚約者だったのだ。
しかしロゼッタのお陰か、ハビエルの婚約者になった途端、民からの王家の支持は爆上がりしたようだ。
国王はハビエルを変えようと必死で頑張っており、徐々に変わりつつあった彼はこの国でも美人で社交界の華であるペイシャンスのハニートラップか、誘惑に見事に引っ掛かりこのような惨状を招いたようだった。
(期待しただけ無駄だったかな……)
そんな時、ユニが肩に乗って低い声で呟いた。
『そろそろあのバカ王子と偉そうでムカつく女の顔、ぐちゃぐちゃに踏み潰して角で突いてやろうか?そしたら馬鹿もマシになるだろう』
「ダメだよ、ユニ」
『それよりもあの女、聖女としての力もなく、聖獣も居ないのによく大聖女を名乗れるよな』
「確かに……」
ペイシャンスが聖獣と契約したとはユニは言っていなかったし、もし近くに聖獣がいたら気づくはずだ。
「はぁ……またその得体の知れない生き物と会話しているのか。人形遊びなら家でやれ」
「…………」
聖獣に向かって得体の知れない生き物と言い放ったハビエルに、流石に周囲も凍りついていた。
ユニはハビエルが大嫌いが故、一度も体を触らせたことがないのも勿論、常にないいものとして接している。
ユニと話しているとペイシャンスは一瞬だけであるが顔を歪めた。
その後に直ぐに余裕たっぷりの笑顔を浮かべて口を開いた。
「ウフフ、わたくしにも勿論、聖獣がいますのよ?」
「……!」
「アレを持ってきて頂戴」
そして目の前に持ってきた籠を見てユニと共に愕然とした。
「なんてひどいことを……!」
「あら、わたくしが羨ましいからといって妬まないでね?」
妬むも何も聖獣を籠の中に閉じ込めていることに大きなショックを受けていた。
尾が綺麗な鳥が閉じ込められている。
力の弱い聖獣ではあるが、恐らく無理矢理捉えたのだろう。
「契約は……したのですか?していませんよね?」
「負け惜しみはやめて頂戴」
「今すぐにその子を解放して下さいっ!」
「うるさいわ……!わたくしに指図しないで。もうこの子を追い出した方がいいんじゃないかしら?」
ペイシャンスはロゼッタが余計なことを言う前に会話を遮ろうと必死のようだ。
そんな時、ユニが必死にロゼッタにアピールしている。
『あの女……契約してないよ』
「やっぱり」
『…………アイツら最悪だよ。あんな風に聖獣を捕えるなんて』
聖獣は聖なる森に住んでいて、踏み入れることは禁忌とされている。
聖獣は契約したい人間がいると森から出て、互いに望むなら契約を行うそうだ。
ユニは怒りを滲ませたのが分かったのか、逃げるように籠を持って去っていく人を追い掛けようとするが、目の前に騎士が立ち塞がる。
「これでペイシャンスが大聖女としての証明となった。そして最近は魔獣の出没も増えている。ついにロゼッタの力も寿命なのだ」
「それは……」
今回、国王の病気を抑える為に力を使っていたが、結界を張るためと両方の力を使うのは流石のロゼッタにも不可能だった。
そもそも普通は数十人の聖女が力を合わせて行う作業を一人でやっていた上に、治癒の祈りを捧げて国王の元に通ってと手が回らなかったのだ。
柱ともいえる王城にある為の教会に三日。
街の端にある四つの教会を一日ずつ巡って祈りを捧げて結界を強化する。
そんな日を大聖女としてずっと続けていた。
国王の治療のために街の教会に行けずに結界の力は弱まっていたが、治療を優先するように言われたのだ。
他の聖女達に街の教会で祈りを捧げてくれるように祭司達が頼んだのだが「どうしてわたくしが?」「街に降りるなんて嫌」と断られたために街の結界が緩んだのだろう。
あとは祭司達に頼んだのだが、どうやら聖女達は誰も教会で祈りを捧げてはくれなかったようだ。
『バカには言っても無駄だよ』
「ユニ……でもこのままにしておけない」
「いつもいつも俺の話を遮りやがって……!皆、分かっただろう?役立たずのロゼッタを追い出すことに賛成の者は拍手をしてくれ」
盛大な拍手が辺りから煩い程に響いていた。
そして此処から出て行けとばかりに扉までの道が開かれる。
どうやら満場一致という形でロゼッタは追い出されることとなるようだ。
「さぁ、この国から出て行け!皆を偽り続けた偽物の聖女めっ」
「それは構いませんが、この国は大丈夫ですか?引き継ぎもしてませんし、皆様やり方を……」
「大丈夫に決まっている!お前が居なくとも新たな大聖女となるペイシャンスと、その周囲には優秀な聖女はいくらでもいるからな」
「へぇ……それは初耳ですわ」
同じ聖女ならばわかるが、ペイシャンスの聖女としての力は弱い。
金で聖女の名前を買った典型的な例と言ってもいいだろう。
そしてそのペイシャンスの家柄に惹かれて取り巻きともいえる聖女達も似たり寄ったりだ。
祭司達は己の仕事をサボってだらけきっている。
そしてハビエルとロゼッタを結婚させて安寧を得るつもりだったのだが、それももう無理だろう。
先程祭司達はこの地位にしがみつこうと必死にロゼッタを守ろうとしていたが、会場から全員追い出されてしまったようだ。
誰もロゼッタを国に留めようとする者はいなくなった。
パートナーの聖獣ユニと共に、何十年も国を守っていたロゼッタに訪れたのは『終わり』の予兆。
それでも黙って成り行きを見つめていたのは、この展開に期待感があったからだ。
「……そんな余裕な顔をしていられるのは今のうちだけだぞ?今から向かうのは地味で愛想のないお前にピッタリの場所だ」
「…………」
「死の森へと送ってやれ」
「ふふっ……でも可哀想ね?ロゼッタ様、死んじゃいますよ」
「あぁ、ペイシャンスは優しいな。だがこの女にはあの場所が相応しいのだ」
「あはは、確かに!ハビエル殿下の言う通りですわね」
ペイシャンスとハビエル、そして甘い蜜を啜っていた聖女達はロゼッタを見下しながら笑っている。
クスクスと嘲笑うような声。
馬鹿にするように吐き出される暴言。
それを聞き流しながら、隣にいるユニに小声で話しかける。
「ユニ、私がこの国から出されたら、あの可哀想な聖獣を解放してあげて」
『……!』
「お願い」
『オレはロゼッタから離れたくない……ッ!それに死の森に投げ込まれるって時に、何言ってるんだよ!』
「あの子はまだ子供でしょう?ここににいてカゴに閉じ込められてアイツらに利用されるなんて絶対にダメだよ。聖なる森に返してあげなくちゃ」
『だが、ロゼッタが……!』
「お願い、ユニ……!後で死の森の外で必ず合流しよう?それにね、なんだか追放って言葉にとても良い予感がするの」
これが正しい選択なのか、否か……何となくではあるが、理解することが出来るのだ。
(新しい道が開ける……そんな気がする)
ロゼッタはユニに向かって微笑んだ。
『…………!分かった』
「あとこれをあの人に渡して」
ポケットに入っていたくしゃくしゃの紙に手に取った。
それをユニに預けた後に耳打ちする。
「それからこの人達がパーティーをしている間に街の人たちに危険を知らせて。逃げられるように祭司長に教会に伝達するように……」
『ああ、わかった』
「祭司長ならユニの声が届くと思う」
『オレが戻るまで気をつけるんだぞ』
「うん。ユニ、ありがとう」
そう言ってユニはロゼッタの方を心配そうに姿を消した。
「ほら見ろ!唯一の味方である聖獣もどきにも見捨てられたではないか……!ロゼッタはやはり偽物なのだ」
「ウフフ、惨めね……あのロゼッタに付き従っていた聖獣もどきはわたくしが引き取って可愛がってあげますから安心してね」
「…………」
それを見て嬉しそうにしているハビエルとペイシャンスはユニに見捨てられたと勘違いして腹を抱えて笑っている。
「こちらへ」と呼ばれて今にも泣き出しそうな騎士の後に続く。
会場には笑い声が響いている。
しかしロゼッタにはそれが可哀想で仕方がなかった。
後悔はすぐに訪れることはわかっていたからだ。
一人の力ある聖女が今日、タリスリア王国から消える。
そしてこの選択をきっかけに、此処にいる人々は転げ落ちるように落ちていく。
皆、大切なことを忘れていたのだ。
この国は、どれだけロゼッタの力に支えられていたのかを。
そしてハビエルの息が掛かった騎士達に引き摺られるようにして連れられるがまま王家の馬車に乗り込んだ。
後ろからは「絶対に死の森へと投げ込め!いいな」と念を押すようなハビエルの声が聞こえた。
恐らく奴隷や隣国などに売るなということだろう。
「あの、すみません」
「なんだ?絶対に逃さないぞ」
「それは構いませんが、眠いので着いたら起こして下さい」
先程から眠くて堪らなかった。
しかし人前では聖女として振る舞わなければならない為、一応気を張っていたのだ。
「はっ……呑気な聖女様だぜ」
「今から死ぬっていうのにな」
「死の森に踏み入れて、帰ってきた者は居ない……」
「ぐぅ……」
「うわっ、本当に寝やがった」
「本当に偽物の聖女なんだな……」
そんな言葉を聞きながら数秒で眠りについた。
今から追放される場所はタリスリア王国の領土の三分の一もある『死の森』と呼ばれる場所だった。
その森は年々広がりを見せていた。
まるで助けを求めるように……。
森をどうにかしなければと何度か森の調査をしようと調査隊を送ったらしいが、誰一人生きて帰ってはこれなかった。
これ以上、被害を出さない為に国王は調査を中断して、森に手を出すなと命令を出したが、いつ自分の領土が飲み込まれるのかと気が気でない貴族達は、国がどうにかしろと抗議していたのを聞いた事がある。
実際、何人もの貴族達がその森を燃やそうとしたり木を切ろうとするものの、その罰とでもいうように木が倒れて命を失ったり、大怪我を負ったりと散々だった。
その森からは魔獣が溢れているようだといった。
一番の問題は結界を関係なく押し進んでいるという事だった。
魔獣は現れないものの、真っ黒で不気味な森だけは侵食していた。
森は徐々に徐々に、王都へと手を伸ばすように広がっていた。
しかしどうも森のことが気になり、国王に何度か打診をしてみても「ロゼッタを失ったら、我が国は終わってしまう」と許可が出なかったのだ。
国王は他の聖女達が力がないのを知っていた。
ロゼッタが仕事を一手に引き受けていたことも確かに要因の一つになってしまったが、聖女とは名ばかりの彼女達には信仰心もなければ力も殆どない。
それでも体裁を保つ為には致し方ないのだと語った。
「すまない……ロゼッタ」
それには色々な意味が込められていた気がした。
「起きろ!おいっ、偽物……!起きろッ」
「ん……?」
「着いたぞ」
「っ、早く降りろ」
「何だこの不気味な場所は!クソッ、行くぞ……!」
馬車から放り投げられるように降ろされて、目を擦っていた。
もう少し横になりたい気分だったが欠伸をして目の前にある死の森を見上げていた。
不思議と嫌な感じはしなかった。
ーーーー早く来い
誰か助けてーーー
「え……?」
誰かに呼ばれた気がして後ろを振り返ると、先程の騎士達はもう居なくなっていた。
ユニが帰ってきてくれたのかとも思ったが、それも違うようだ。
(…………気のせい?)
此処にいても仕方ないと足を一歩踏み入れると、ヘドロのような土にピタリと足を止めた。
中に進んで行くと酷い匂いに顔を顰めた。
右を見れば怪しい雰囲気の木が生い茂り、左を見ればネチョネチョとした液体が上から垂れてくる。
森の奥はモヤモヤとした霧があり怪しい雰囲気の中、ロゼッタは足を進めていった。
第一話 end