偽物で似せ者な僕だからホンモノの言葉を
偽物で似せ者な僕だからホンモノの言葉を    


第一章「僕は幸せな日々だった」
僕、智也は、どこにでもいる普通の大学生だった。特別な目標もなく、日々を無理に変化させようともせず、平穏無事な日常が続いていた。特に不満もなく、けれどどこか空虚さを感じる日々。未来への漠然とした不安が、時折僕を包み込む。そんなある日、ふとしたきっかけでトウカと出会った。それが、すべての始まりだった。
トウカとの初めてのデートは、まるで映画のワンシーンのように感じられた。彼女は落ち着いていて、それでいてどこか華やかな雰囲気を持つ女の子で、その笑顔は一瞬で僕の心を掴んだ。彼女と過ごす時間は、いつもどこか夢のようで、手をつなぐと、心がふわりと軽くなるような、そんな感覚に包まれた。それが「恋」だと感じる瞬間だったのかもしれない。けれど、そんな幸せなひとときの中で、ふとした違和感があった。彼女は僕と目を合わせることが少なく、視線を交わすと、すぐに逸らしてしまう。それが何故なのか、無意識なのか、それとも意図的なのか。そのことが気になり、僕はますますトウカのことを知りたくなった。
ある日、街の噂で耳にした男の名前――「スギサ」――その名前が、どこか引っかかるように僕の頭を占め始めた。トウカと関係があると思われるその名前。少しずつ、それが僕の胸に重くのしかかるようになっていた。


第二章「彼はコーヒーを飲めない」
つきあってから2週間が経った。僕たちはカフェに向かっていた。店内は平日にも関わらず賑やかで、しばらく順番を待っている間、思い切って僕はトウカに問いかけた。
「スギサさんって、トウカの知り合い?」
トウカは少し戸惑ったように、笑顔浮かべた。
「うん、友達かな。」
彼女はそれ以上何も言わなかったが、その言葉の中に、微かな震えが含まれていることに、僕は気づいた。だが、トウカはそのまま話題を変えてしまう。僕はそれ以上追求することなく、心の中でその違和感を覚えていた。その後、僕たちは注文を済ませ、いつものようにカフェラテを頼むトウカに、僕はふと気分を変えたくなり、コーヒーを頼んだ。その瞬間、何かが僕の腕にぶつかった。

「わっ。」
トウカが、コーヒーをこぼしてしまったようだ。僕が慌てて拭こうとすると、トウカはすぐに顔を背けて謝った。
「ごめん…ほんとに、慌ててて…」
その瞬間、彼女の手のひらがわずかに震えていたことに気づいた。慌てすぎてこぼしてしまったのだろうか。それとも、何か他に理由があるのだろうか。


第三章「先輩のコンビニ」
「昨日は、その…ごめん。」
「気にしなくていいよ。わざとじゃないんだよね?」
トウカは、無言で縦に首を振った。

「あの…智也くん。」
「どうした?」
「コンビニ寄ってもいい?」
彼女が入ってから、すでに二十分が経っていた。さすがに遅くないか。僕は不安になり、中へ入ってみた。すると、入ると同時に店内からは、怒鳴り声が響いていた。
「お前が死なせたんだろ!?スギサを!」僕は、その声にびくっと反応した。目の前には、トウカが静かに立っていた。何が起こったのか、理解できなかった。
「スギサをお前が殺したんだろ!?どうなんだよ!!」
店員の男は、息を荒げながらトウカを責め続けた。トウカはただ、無言で一点を見つめていた。周りの客たちは、ひそひそと話し始めていた。
「やっぱり、彼女…おかしいと思ってた。」
「スギサくん、真面目だったのにね…」
「かわいそうだわ。スギサくん。」
僕はその言葉を耳にして、驚愕し、恐怖が胸を締め付けた。スギサって、あの「スギサ」なのか?そしてトウカがーー殺した?本当にトウカがやったのか?その疑念が僕を包み込み、嘘かもしれない噂に僕は初めてトウカに対して恐怖を感じてしまった。
その後、トウカとの関係は続き、しかし彼女の行動は日に日に不安定さを増していった。時折僕に触れようとするけれど、その手はいつもぎこちなく、そして時々見せるあの遠くを見つめるような表情。彼女が本当にスギサを殺したのなら、早く別れなければーーそう思う気持ちと、どうしても彼女から離れられない自分がいる。
来てしまった、例のコンビニに。ここに来れば何か得られるのではないかと思った。
「あ!にいちゃん、トウカの彼氏さんやろ?」
「まあ、はい。」
「丁度いい。にいちゃんに言いたいことあったから。」
前とは違って、にこにことした親戚と会ったような笑顔だ。
「言いたいこと…?」
「にいちゃん、気ぃつけたほうがいい。あいつはスギサがいなくなってから、おかしくなってしまった。狂ってしまったんだよ。」
おかしくなった‥?トウカがコーヒーを意図的にこぼしたように見えたのも‥。
「あいつはスギサがいなくなってから、次々と男を作った。スギサのこと好いてたからな。みな全員、スギサに似てたわ。にいちゃんもよう似てる。」
「それ、本当ですか?」
「おーそうだけど。」
似てた‥。つまり‥スギサの代わりにしようとしたってことだよな。そうなると、僕はスギサの代わりで、トウカが好きなのはスギサってことになるよな‥?それに「次々と」ってことは彼氏が複数いたってことになるよな。その人たちはなぜトウカと別れたんだ‥?僕は一人でいつもの薄暗い道を歩きながら、考えたくもないことを考えていた。


第四章「感情まかせは怖い」
トウカが次第に僕に対して不審な態度を取るようになった。彼女は、意図的にコーヒーをこぼすことを繰り返していた。それは僕に拭かせるためではなく、どこかに彼女の心の動きが反映されているように感じられた。
ある日の夜、別れを告げようと決心し、いつもの公園に来た。その時、トウカが静かに口を開いた。
「智也くん、私は…スギサくんを失ったことが、どうしても受け入れられない。あなたが私の中で、スギサくんそのものであってくれれば、私はもう、あの痛みを感じずにすむと思った。」
「え……?」
「だーかーら!あなたがスギサとして人生を歩めばいいの!私のこと好きなんでしょ?だったら協力してよ!」
その言葉に、僕は愕然とした。僕はスギサの代わりにはなれない。それは、耐えられないことだった。ただ気持ちのままに言葉が走った。
「なんなんだよ!僕はスギサじゃない!代わりにはなれない!僕には僕の人生があるんだ!勝手に他人を押しつけないでくれ。君が殺したのなら、どうして悲しむんだ?君の気持ちがわからない。お願いだから、もう僕の前に現れないでくれ!」
今のがトウカに刺さったのか、彼女は袖で目元あたりを隠していた。隙間から涙が数粒落ちていくのが見えた。
「だって…私はもう、スギサくんを失いたくない。あの人が私の一部だったんだよ。」
その言葉を最後に、僕はその場を離れた。


第五章「そばに居てね」
「にいちゃん、あいつと別れたって?」
「まあ。少しきつく言い過ぎた気がしますけど。」
「きつくていい。『事故』って言葉で上手に逃れたあいつにはこれぐらいが言っとかないと!」
事故‥。初めて聞いたな。
「にいちゃん知らんみたいやな。四年前のちょうどこの時期に、すぐ隣のでっかい交差点でスギサが車に跳ねられた。でもな、その前日に、今俺たちがいるここで、トウカがスギサに対して怒ってた。ぜったいこれ、あいつが犯人やろ。」
僕は店員の話を静かに聞いていた。
トウカは僕を殺すかもしれない。僕はあの一瞬、ものすごく恐怖に包まれた。トウカから離れよう。
その日の帰り道だった。トウカとよく行く公園に訪れた。その時、誰かが泣きながら呟く声を耳にした。
「スギサくん…本当に、もう会えないんだよね。」
トウカか‥!早く逃げなきゃ。
「私って本当にダメダメだ。スギサくんに似ている人を彼氏にして、騙してきた。スギサくんも騙したことになるよね。どうして私‥」
その言葉が僕の足を止めた。本当にトウカが殺したのか。僕は自分の目で見ていない。もしあれがただの噂だったら‥。彼女の気持ちと向き合わせることは避けるべきではないーそう考えた。でも、どうやって彼女と話すべきか‥。
よし、スギサになろう。
スギサがどんな人だったのか、トウカとどんな関係だったのかを知ることで、彼の言葉をトウカにあげる。僕はこんな馬鹿げた方法しか思いつかなかったのだ。
数週間後、あの店員や街の人々の協力で、スギサがトウカに与えていた幸せと、彼女がどれほど深く愛していたかを知った。(あの店員の説得には時間がかかったなぁ‥)彼の死は、どれほど深い傷をトウカに残したのか、それも知った。


第六章「ポケットの中はホンモノ」
ついにこの日が来た。コンビニで買った「にいちゃんの逃げる場所あるからな」とペンで雑に書かれたミルクティーを飲みながら、彼女がくるのを待った。数分後、彼女は一瞬僕の方を見て、下を見ながら近づいた。
ちなみにナイフは‥。よし‥!ないな。
「僕は、スギサくんを知ったよ。いい人だね、スギサくんは。」
その言葉が意外だったのか、トウカは驚き、肩をぴくっとした。僕はこのまま言葉を続ける。
「スギサくんは最期まで君のことを愛してた。違う?」
彼女から微かであるが、鼻を啜るような音が聞こえた。
「た‥他人のあなたに‥何がわかるっていうの!どうせあなたもみんなみたいに怒るんでしょ私を。」
「事故、だったんでしょ。君は彼のことを殺してない。」
きっとそうだ。聞き込みの時に数々の二人の思い出話を聞いた。彼女が小さな喧嘩で彼を殺すはずがない。
「‥んで」
彼女が小さく何かを呟いた。
「なんで‥!他人のあんたにそんなこと、言われないといけないの!」
「他人なんかじゃない。僕はスギサだ!」
ああ、言ってしまった。「僕はスギサだ」なんて。絶対、更に怒らせてしまう。頼む。聞き逃してくれ。
「‥。」
彼女も僕の予想外の言葉に驚いて、何も言えない状態のようだ。‥チャンスか、これ。このまま畳み掛ければ彼女に響くはず。
「トウカ、スギサくんは君のことを今でも愛している。その事実は変わりないはずだよ。スギサくんはトウカを隣で幸せにしたかった。スギサくんの願いは君にしか叶えられない。だから僕は君に『好きに生きてほしい』」
気づくと、トウカは涙を流しながら、僕の肩に顔を埋めた。僕は自分のコートの右側にあるポケットを強く握った。それと同時に、智也はトウカが抱えていた痛みが少しでも癒されることを願った。


番外編「大切な後輩」
冬の夜、コンビニの自動ドアが開くと、冷たい風が一瞬店内に流れ込む。外の冷たい空気が、一気に温かな店内をかき混ぜるような感覚がしたが、その風もすぐにドアが閉まることで静まる。店内の明かりは、外の雪を照らす街灯の光を柔らかく包み込み、雪が静かにぽろぽろと降り落ちてくる様子がガラス越しに映し出される。棚の上には温かい飲み物やスナックが整然と並んでいる。
「先輩!ついに指輪、買えました!」
後輩の声が、静かな空気を打ち破るように響いた。彼は嬉しそうに、両手でしっかりと握った小さな箱を見せてきた。その顔は、まるで世界で一番大切なものを手に入れたかのように輝いていた。
「マジか!今日までの三ヶ月間、誰よりも頑張ってたもんな。よかったなぁ。」
「はい!」
後輩が満面の笑顔で答える。
「なんでこの指輪を選んだのか、先輩、わかりますか?」
後輩が少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべながら問いかける。その目がどこか楽しげで、でも少し照れくさそうでもあった。
「んぉー‥」
思わず考えてしまうが、正直なところ、全くわからない。
「先輩にはわからないでしょうね!」
後輩が笑いながらそう言った。
「おい、先輩だぞ。」
「はいはい、わかってますよ。正解は花言葉です、花言葉。」
後輩が得意げに答えるが、どうしても花言葉がピンとこない。最近の若者は、ほんと洒落たことを考えるな、と内心で思ってしまう自分が少し恥ずかしくなる。
「花言葉って、先輩には無縁ですよね。」
後輩が少し茶化すように言うが、その言葉には嫌味は全くない。慣れ、というものだろうか。
「おい、先輩だぞ。」
思わず繰り返してみるが、やっぱり自分がいじられているのは心地よくない。
「そういえば、今日、大切な日だーって前言ってなかったか?」
「はっ!そうなんです!そうなんです!二年記念日なんです!付き合ってから、二年経ったので!」
後輩の顔が、突然輝きを放ったように感じた。
「おい待てよ。それなら早く帰らないといけなくないか?」
「いいんです!明日は半日休みを取るつもりなので。だから明日の午後からは、先輩ひとりだけですね!」
「世話のかかる後輩だな‥。」
本当に世話がかかる後輩だよ、こいつは。
「‥ちなみ、休みってことは明日も何かあるのか?」
「何にもないですよ?」
期待と違った答えが光の速度で返ってきた。
「今日は確かに特別な日だけど、僕は自分たちにとって特別な日をたくさん作りたいんです。だから明日は指輪を渡して特別な日にするんです!文句ないですよね!もう、これだから最近のおじさんは‥」
その言葉に、思わず息を呑んだ。あまりにも大人で、あまりにも優しすぎて。彼が言う通り、たくさんの特別な日を作ることこそが、真の幸せなのかもしれないと、今になって気づかされるような気がした。
そのとき、店のドアが開く音がした。びしょびしょに濡れた真っ白なダウンジャケットを着た女性が店に入ってくる。腕には二本の傘をぶら下げていた。
「トウカ‥!」
後輩の声で、その女性が彼の彼女だとすぐにわかった。
「見に来てくれたの?ありが‥」
「ふざけないでよ!なんで帰ってこないの!!」
突然、彼女が高く、彼氏に向けるにはあまりにも激しい声で叫んだ。その声が、店内に響き渡り、周りの空気が一気に張り詰める。彼女の目の下には涙が溜まっていて、振動ひとつでその涙が落ちてしまいそうだった。その様子を見て、後輩は少し戸惑ったように言った。
「トウカさん、スギサくんは明日の‥」
「部外者は黙っててくれませんか!」
「トウカ…」
胸が締め付けられるようだった。言葉には感情がこもりすぎていて、ただ事ではないことを感じさせる。
「はぁーホント嫌いだわー!彼女さん!」
彼女が店から飛び出した後、俺たちは事務室に入って、窓に近い隅の方の席に座っていた。窓は白く曇っていて,冬を実感させる。後輩は手をごそごそと擦っていた。俺は自分の持っているコーヒーを後輩の手に置いたが、すぐ床に落とされた。
「相変わらずのコーヒー嫌いだな、そろそ…」
「いつもはあんな感じじゃないですよ。今日はたまたま気分が悪かっただけです。」
後輩が必死にそう答えた。
「指輪渡すの、もう少し後にした方がいいんじゃないか。」
今渡したら、取り返しがつかないかもしれない。
「もう!もしかして、先輩。」
また意地悪なことを言いそうだ。
「もしかして、この指輪、欲しいんですか!そういうことかー。あげませんよ?」
やっぱりこの後輩、先輩を舐めすぎている。
午前十一時四十二分。
「先輩!先に失礼します!この店、頼みますよ!」
「うん、任せた。」
後輩は自分の背中を通り過ぎると、出口に向かう途中で一瞬立ち止まり、「任せましたよ」という感じで敬礼のポーズを取った。俺もそれに応えるように、軽く敬礼を返す。
その後、仕事を続けながら店内を見渡すと、時間が経ち、周りは静かになった。人通りも少なくなり、やがて店内は完全に静まり返った。外はすっかり暗く、雪が降り続けている。しんとした冷気がガラス越しに感じられ、時折、車の音や歩く人の足音が遠くから聞こえる。まるで時間がゆっくりと流れているような気がした。そろそろ後輩から嬉しげな報告が来ると思い、隙を見てスマホを取りに行こうと事務室へ向かった。すると後輩のロッカーの扉がしっかりと大きく開いているのが見えた。
すぐに通り過ぎようとしたが、自分の足が止まる。普段なら気にも留めないようなことだが、なぜか今日はそれが妙に気になる。やっぱり、後輩は不注意だな、と心の中で呟きながら、扉を閉めようとロッカーの前へ向かう。その途中で、何かがきらりと光った。直感的に、それが何かを感じ取った俺は、ロッカーの中を覗き込んだ。そこにあったのは、きらきらと光る指輪だった。
「……え?」
心臓が一瞬、止まるような感覚に襲われた。手が震える。あの指輪、後輩が大事に握っていたはずの指輪。どうしてこんなところに…?
「くそ…こういう時どうすれば…、ああ…、とりあえず無事でいてくれ…。」
「俺は知らんぞぉ…、巻き込むなよスギサ…!」
その名前を呟いた瞬間、急に携帯の振動が鳴った。慌ててスマホを取って開くと、スギサからのメールが目に入る。
『戻ります!』『先輩、僕のロッカーに指輪ありますか?』
そのメッセージが約十二分前に届いていた。あの公園に行ったなら、もうそろそろ戻ってくるはずだ。俺は後輩の大切なものを手に握り持ち、カウンターへ戻った。カウンター近くの椅子に深く座った。その数秒後、タイヤの擦れる音が聞こえた。続いて大きな衝撃音が響き渡る。店の中にまで響くような大きな音だった。
「またか…。」
店の隣のガードレールには、もう何度もぶつかってきた車があり、俺もその度に給料を引かれてきた。もう今年で四十二回目だぞ。俺は恐る恐る、外に出た。
目の前の光景に俺は息を呑んだ。近くにあった車両の前方は大きく凹み、煙が立ち上る中、車内のエアバッグが膨らんだまま残っていた。運転手はシートに沈み込み、動けない様子で、周囲の人々が慌てて車から降りてきて、助けを呼び、状況を確認しようとする。歩道に立っていた数人も足を止め、事故の衝撃に顔をしかめながら、車両の周囲に集まる。遠くからサイレンの音が響き、救急車とパトカーが現場に向かって急行する音が近づいてくる。誰かが跳ねられたってことだ。ゆっくり下の方に目線をずらすと、二時間前までいつものように一緒にいた後輩がうつ伏せに、体を捻りながら倒れていた。そのすべてが一瞬の出来事であり、時が止まったかのように感じた。

「スギサはいいやつだから、俺より先に死んだんだよ。それか、先輩をいじったからバチが当たったのかもな。」
店員は大きく息を吸い、軽い冗談を言って笑っているけれど、相当辛いんだろうな、と思った。
「ほい。これ、お前に託すよ。」
店員はズボンのポケットから、何かをこそこそと探して、見つけたものを僕の手に置いた。手の上を見てみると、きらきらと輝く、カスミソウの形をした宝石が飾られている指輪があった。店員がなぜこれを‥。
店員が軽く息を吸い込みながら言った。
「トウカに伝えたいんだろ、スギサの言葉。違うか?」
この言葉を最後に店員は奥の扉から中へ入って行った。僕は買ったミルクティーをレジから取り、店員からもらったものをコートの右側に落とさないように、奥へ奥へと入れた。

カスミソウの花言葉は確か‥。そうか。これは伝えないとだね。僕が彼女に代弁するよ、スギサくんの言葉を。

そう心の中で呟きながら、深い雪の中を歩き出した。



《あとがき》トウカは「今」という意味の「当下」、スギサは「過ぎ去る(過去)」から引っ張ってきました。この話のテーマは《戻れない「過去」のことだけを考えると、生きている「今」が生きづらくなる。「今」のことだけを見ても、大好きな「過去」はいずれ忘れられてしまう》です。ぜひ、それぞれの「 」にトウカとスギサを当てはめて考えていただきたいです。読んでいただき、ありがとうございました。
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