私がヤンキー校の勝利の女神!?

3

 帰宅前、初日に対応してくれた先生に今後のことを相談していた。
 親身になって聞いてくれる先生に思わず学校のことと関係のない話までしてしまい、気がつけば外はもう真っ暗になっていた。
 
 まだ帰れないので送れないと先生に申し訳なさそうに言われた。
 私がしゃべりすぎたのだから、先生のせいではない。私が先生の時間を奪ってしまったのだから、送ってもらうなど忍びない。
 
 1人で帰ると言えば、先生は「夜は危険だから誰かと一緒に帰りなさい」と。
 初日のヤンキー学校で友達などできるわけもないし、話しかけられそうな雰囲気の良い生徒など皆無に近いというのに無茶を言う。
 
 渋々家で仕事をしている兄に電話をかけ、迎えに来てもらうことになった。
 そこまでは良かった。
 校門で待っていたところで学年が上だろうヤンキーに絡まれたのだ。
 
 相手は何故か武勇伝を語り出し、取り巻きと思われる2人はそれを褒め称えている。
 私もとりあえず一緒になって適当に褒めるとさらに調子に乗って話し始める。
 「俺が少し殴れば相手は恐怖して従う」など物騒なことを言っている。
 私も殴られるのかとびくびくしていると、校門から同じクラスの赤髪の人と目が合った。
 誰でもいいから助けて欲しいと思った私はその人へ目で訴えてみる。

「先輩、そこで何をしてるんですか?」

 赤髪の人はにっこりと笑顔で言う。でも、とてつもなく圧を感じる。
 私に絡んでいたヤンキー達は私と距離を取り言う。

「げっ、裏正眞大(うらまさまひろ)!」
「こいつと絡むとロクなことがねぇ! 行くぞ、お前ら」

 そそくさと逃げていく姿を見送った後、私はすかさず赤髪の人へ頭を下げた。

「ありがとうございました!」
「どういたしまして。それで、夢咲さんはこんな夜遅くまで何故学校にいたの?」
「先生に聞きたいことがあったので。今は兄を待ってるんです。……あ、来ました」

 赤色の車が校門で止まり、窓から顔を出した兄が手を振っている。私も振り返す。

「あれがお兄さん?」
「はい。ここの卒業生だと聞いてます」
「へぇ、そうなんだ」

 その時に一瞬だけ寒気がしたのはどうか気のせいだと思わせて欲しい。


 ◇


「なぁ、聞いたか? 昨日、校門前にいた女に絡んでた奴がボコボコにされたらしいぞ」

 教室に入るとその話で持ちきりだった。
 昨日校門で待っていたが、まさかそれのことではないだろう。
 裏正という赤髪の人は、圧であの人たちを追い払ってくれたのだから。
 きっと違う時間帯だと私は気にせずいたが、視線はこちらに向いている。
 まだ私の存在が珍しいのだろうと目を合わせないようにしていたが、視線は一向に外れない。
 
「なんか、"俺の妹に手を出した奴は殺す。"とか言ってたらしい」

 その言葉を聞いて、シスコンの兄しか思い浮かばず、昨日、男子に絡まれた話を兄へしたことを後悔した。
 いやでもまだ私だとは決まっていない。
 私には無関係だと頭の中で唱えながら黙って窓の外を見た。

 このままやり過ごそうと窓の外をずっと眺めていたが、「夢咲!」という声に思わず振り返る。
 そこには昨日私に絡んで来たヤンキーがいたのだ。もちろん後ろには取り巻きの2人もいる。
 3人とも顔も体もボロボロで、包帯や湿布などで処置されているが、血が滲んでいて痛々しい。

「夢咲……いや、夢咲さま」
「さま!?」
「無礼をお許しください」

 90度いってるんじゃないかと思うほどのお辞儀。
 そして敬語や敬称からして、兄が手を下したのは間違いないだろうと大きくため息を吐いた。
 
 年の差が離れていることもあって、兄は私を過分なほどに可愛がっている。
 何かあればすぐに飛んで来て、すべて無理矢理解決させてしまうのだ。
 基本、相手へ圧力をかけて黙らせたり謝らせるものだったが、今回は手まで出している。
 流石に暴力はやりすぎだ。兄には干渉しすぎないように言っておかないと……。

「気にしてませんから頭を上げてください」
「ありがとうございます! まさか伝説の男の妹だったとは」
「で、伝説?」
「知らないんすか? 夢咲はじめは――」
「あー、いいですいいです。説明は結構です」

 伝説という話に耳を傾ける男子たちに慌てて言葉を遮る。
 といってもすでに察しがついている男子たちは目を輝かせていた。
 これでもうひっそり学校生活を送ることは叶わないだろう。

 戻るように先輩たちを追いやった後、すぐにバタバタと廊下を勢いよく走る音がした。
 
「ここに夢咲一華はいるか!?」

 扉を大きく開け放った男子。それは私を職員室まで連れていってくれた一矢さんだった。

「い、一矢さん、私に用が?」
「やっぱりお前だったのか」

 大股でこちらまで寄って来て手首を掴まれた。

「夢咲はじめに会わせろ」
「む、無理です!」

 兄のため一矢さんのため。
 私は力強くそう言い放った。すると、一矢さんは仏頂面。

「なんで無理なんだよ」

 顔を近づけて凄まれて。私の手首を掴んでいる右手に力が入る。

「兄は容赦がありません。ボロボロな人をさっき見ませんでしたか?」
「関係ねー。会わせろ」
「嫌です!」

 手を離してもらおうと空いていた手で引っ張るがびくともしない。

「お前が頷くまで離すもんか」

 一矢さんには助けてもらった恩はあるが、こればっかりは困る。
 兄に教え込まれた背負い投げでもするかと思っていると、裏正さんが一矢さんの肩に手を置いた。
 
「女子相手にやめなよ」
「んだよ。邪魔すんな」
「君、僕にも勝てないくせに伝説の男と会ってどうするの? 強くなる秘訣でも教えてもらうの?」

 笑顔で言う裏正さん。それに対して一夜さんは苦虫を噛み潰したような顔。
 裏正さんって喧嘩に強いんだ。優しそうなのに……なんて思ったが、そもそもこの学校がそういう人の集まりなのだから強くても違和感はないか。

「秘訣なんて聞かなくても俺は強い」
「僕に勝ってから言ってね」

 今から喧嘩を始めそうな雰囲気のタイミングでチャイムが鳴った。
 先生がやって来て、なんとか一矢さんを教室から追い出してもらえた。
 裏正さんが割って入っていなかったら私の手首には痣ができていただろう。
 そんなことになったらきっと兄がまた黙ってはいない。
 
 裏正さんには授業が終わり次第お礼を言おう――。

 
 滞りなく授業を終え、私は早速裏正さんの席へと足を運ぶ。

「裏正さん、さっきはありがとうございました」
「気にしないで」

 先ほどの授業で使ったノートを片付けながら裏正さんは笑顔で対応してくれた。
 
「昨日助けてもらったばかりなのに、本当にすみません。何かお礼をしたいんですけど、裏正さんの趣味とか何もわからなくて」
「お礼なんて、大層なことはしてないよ」
「でも……」
「そこまで言うのなら、お願いを聞いてもらってもいいかな?」
「はい! 私ができることならなんでも!」
「今日から君を勝利の女神としたいんだ」
「……はい?」
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