天邪鬼さんの上手くいかない恋

　2月14日。

　バレンタインデー。

　世間一般では家族や恋人、友達などに日頃伝えられない気持ちを込めてお菓子などを贈る日。


　そんな日の午後、とある高校の空き教室に一組の男女がいた。

　恥じらうように頬を染める女の子の手には、可愛くラッピングされた袋が握られている。

　丁寧に包装されたのだろうそれには、ハート型のシールが貼られていた。

　静かな教室に降りかかる沈黙と、その緊迫した雰囲気からも、誰が見ても告白シーンだと思うような場面。


　その二人のうちの片方である女子生徒――相田 光希（あいだ みつき）の脳内は既にキャパオーバーしかけていた。

　（今日こそは素直に言うんだから！行け光希！）

　心の中でそう己を鼓舞する光希。

　目の前に立つ大好きな人――奥山 大地（おくやま だいち）にバレンタインのお菓子を渡すため、この場に呼び出した光希だが、光希には越えなければならない大きな壁があった。


　「これ、あげる」
　「もしかしてバレンタインの？光希がくれるなんて嬉しいな」
　「は？勘違いしないでよね！捨てるのもったいないからに決まってるじゃん」


　その大きな壁とは、この天邪鬼さ。
　人によってはツンデレとも言うのかもしれない。

　（何で素直になれないの私のばかあ！）

　当然、捨てるのもったいないからなど嘘である。

　本当は1ヶ月も前から練習を繰り返し、かなりの仕上がりの物を今日持ってきているつもりだ。

　練習で大量生産されたチョコは全て父行きとなり、血糖値の急上昇に血相を変えていたのは記憶に新しい。


　「理由はどうであれ光希から貰えるってだけで俺は嬉しいんだけどね」
　「あっそ、良かったね」


　（……大地の嘘つき。本当はいっぱい他の女の子からも貰ってるくせに）

　光希が放課後のこのタイミングに渡すことになったのも、朝イチに渡そうと試みたが、他の子にチョコを貰う大地の笑う姿に心が折られて……の結果である。

　学年に関係なく人気者の大地。

　どうせ自分のチョコなんてあってもなくても変わらないしっ……といじけていたところを友達に蹴飛ばされて今に至る。

　（やばい、泣いちゃいそう……）

　またもや他の子に笑顔を向ける大地の姿が脳裏を過った。

　それに加え、可愛げのあるセリフ一つも言えない自分の不甲斐なさが余計に光希の涙腺を刺激する。

　本人は絶対に泣いてたまるものか、と無表情を貫いている。

　まあその実、無表情のつもりでしかなく、既に瞳はうるうるとしているのだが。

　下唇を軽く噛みしめ、プルプルと震える様は小動物を彷彿とさせる。

　
　さてさて。


　対する男子生徒――大地は……

　この男、人畜無害な人当たりのよい微笑みを浮かべているが、その心の内は悪い顔で舌なめずりをしていた。

　その様は、とびきりの獲物を前にした肉食獣そのものである。

　（光希可愛い……。ツンツンしちゃうの可愛すぎる。朝、俺が他の女から貰ってるの見てモヤモヤしてるんだよね可愛い）

　これがこの男の正体であった。

　というのも、大地がこんな性格の持ち主だと知らないのは、光希だけなのである。

　大地は、自分の使える手はすべて使って徐々に光希の外堀を埋めていった。

　この学校の生徒だけでなく、光希の家族も。
　光希の家族を落としにかかった際、光希の父は血の涙を流していたが、母と姉は大歓喜で、大地は静かにほくそ笑んでいた。

　（……光希が作ってくれたもの以外を俺が食べるわけないのにね？）

　今朝、大地にチョコを手渡した女子生徒ももちろん前もって大地が全て仕組んだもので。


　「お菓子くれたお礼に今からどこか行かない？」
　「べ、別にお礼なんていらないっ……！」
　「うーん。猫カフェ行こうと思ってたんだけど……」
　「っ！それって駅前の？」
　「そう、前行きたいって言ってたでしょう？」
　「大地がそこまで言うなら？し、仕方なく行ってあげてもいいよ」
　「やった」


　というわけで。

　天邪鬼ツンデレヒロインと人畜無害モテ男ヒーロー。

　改め

　鈍感ヒロインと腹黒ヒーローの5年間に渡る恋のバトルはまだまだ続きそうである。

　光希が勇気を出して素直に思いを伝えるのが先か、はたまた痺れを切らした大地が伝えるのが先か。

　二人の未来を知るのは神のみぞ。

　けれど、きっとその結末は幸せに満ち溢れているものだろう。