僕は彼女をこよなく愛している
父と母
それからも、充実した夏休みを過ごしている実陽と霞月。

そんなある日。

「――――は?嫌だっつってんじゃん!
なんで、あんな奴に会わないとならないの!?」

朝から実陽が電話越しに声を荒らげていた。
ベランダで話しているのだが、中にいる霞月にも聞こえる程の声だ。

「………」

「は?
裏切り者だろ!?」

「………絶対、相手はお義母さんなんだろうな…」
ベランダの実陽を見ながら呟く、霞月。

母親相手以外、こんな言葉遣いをしないからだ。

実陽の声がほとんど聞こえてくるので、なんとなく話の内容を察すると……

実陽の母親が、父親と会ってほしいと言われているのだろうということがわかる。
おそらくだが、三人で食事をしようと言われたのだろう。

「だからぁ!!!
――――――――」

本当に、別人のような実陽。

琢三や乃庵のような親友相手でも、こんな乱暴な言い方はしない。

それとも“これが”本当の実陽なのだろうか?

霞月は切なく瞳を揺らし、ベランダに向かった。

「み、実陽」

霞月の知ってる実陽は、甘えん坊の優しい男性。
言葉遣い、声色、口調の全てが柔らかくて優しく、甘い。
そのためか、こんな別人のような実陽相手にすると、怖くて恐縮してしまう。
恐る恐る声をかけた。

すると………

「ん?
るなちゃん、ごめんね!寂しい思いさせて!」

一瞬で柔らかく、優しい口調や声色に戻った。

「電話、お義母さんなんでしょ?
そんな言い方しないで、ちゃんと聞いてあげよ?」

「あ…うん…」
実陽は、大きく息を吐いて「わかった」と告げたのだった。


そして………

「―――――じゃあ…るなちゃん。
行って…くる、ね…?」
この世の別れをしているような、実陽。

「うん」
霞月は、至って普通だ。
(たった、数時間離れるだけじゃん…(笑))

小さく手を振る霞月に、心底切なそうに出ていく実陽。

ガシャン…とドアが閉まり、霞月は部屋に戻った。

「よし…」

着替えて、外に出た霞月。
街にショッピングに出掛けた。

その表情は、心なしか晴れやかだった。


< 59 / 72 >

この作品をシェア

pagetop