あやめお嬢様はガンコ者
帰り道
由香里ちゃんと薬事部のフロアに上がり、自分の席に着くと、私は小さくため息をついた。

(久瀬くん、本当に帰りも?)

今朝も半信半疑だったところに久瀬くんが現れて驚いたが、どうやら19時にエントランスで待っているという言葉も本当なのだろう。
まさかこのまま毎日?
それはないと思いつつ、久瀬くんの様子からすると本気かもしれないとも思う。

(改めてきちんとお断りしなくては)

私が実家に戻れば解決するのだろうが、それだけはしたくなかった。
両親がひとり暮らしを渋々認めてくれた時、通勤にはハイヤーをつけると言われたが、頑なに断っていた。

由香里ちゃんだって、ひとり暮らしをしながら満員電車で会社に通っている。
私もそうするのが当然だ。
でなければこうして他の社員と肩を並べて同じ仕事をする権利はない。
私だけ特別扱いは許されない、そう思っていた。

そもそも私がこの会社に入社したのも、本当に望んでのことだった。
幼い頃から祖父の言葉を聞き、父の背中を見て育った私は、この会社がいかに社会に貢献しているかを知っている。
大学生になり就職活動をする時、身内の目からではなく客観的に他の企業と比較してもここに入社したいと思い、一般応募した。
他の応募者と同じように筆記試験や面接に臨んだが、やはり社長の娘だという事実は幹部役員には隠しようがなく、私は採用された。
コネ入社と言われても仕方がない。
その覚悟で入社を決めた。

その上で父や役員達には、私が社長の娘であることはくれぐれも口外しないで欲しいと頼んだ。
コネで入ったと言われるのは構わないが、社長の娘だからと特別扱いされるのだけは嫌だった。
あくまで他の社員と同じように、同じ目線で仕事をさせて欲しいと。
そこから先は自分の努力次第だと、私なりに懸命に仕事に向き合ってきた。

父から打診されたグローバルライセンス部の部長の件も、謹んで引き受けようと思っている。
この会社の為になるなら、私はもっともっとがんばってみせる。
祖父の想い、父の願いを引き継ぎ、この会社を更に良い方向へと伸ばしていきたい。
ここで働く社員みんなと力を合わせて。
私はそう意気込んでいた。
< 13 / 84 >

この作品をシェア

pagetop